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対象スレッド 件名: お兄ちゃん事件
名前: 餅ぬ。
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お兄ちゃん事件
日時: 2012/12/04 18:07
名前: 餅ぬ。

(前編)





 お昼休みのチャイムが鳴った。今日の授業はよく寝れたと満足しながら、私はうーんと背伸びをした。そしてはしたないが大きな欠伸を一つ。
 そしてだいぶ体も目覚めて楽になった時、生理的な涙で滲んだ視界の先にはいつものように笑顔の泉の姿があった。クスクスと笑っているその姿から、私の欠伸を見ていたことが分かる。

「見てたな、泉」
「だって、ちょうどこっち来た時に欠伸してるんだもん。いやいや、立派なものでした」
「お粗末さまで。見物料払ってくれ」
「えー」

 美希ちゃんのケチー、と文句を垂れて笑いながら、泉は私の机の上に弁当を置いた。新しいお弁当袋の水玉模様がなんとも可愛らしいこと。

「袋、泉っぽくて可愛いな」
「えへへ、可愛いでしょ。虎鉄君が選んでくれたんだよ」

 そう言って嬉しそうに微笑む泉。救いようのない変態とはいえ、さすが泉の執事兼双子の兄であるだけあって、彼女の趣味をよく理解しているらしい。
 あの変態性を除けば意外と良い兄に分類されるんじゃないかと、本当に時々思うことがある。

「……ねえねえ、美希ちゃん。なんか、理沙ちんが……」

 私が虎鉄の意外な兄っぷりに驚いていると、泉の震える声が耳に入った。顔を上げると、泉は何とも言えない顔で私の後方……場所的に理沙の席を指差していた。
 また理沙が変なことをしているのかと思い、小さくため息をつきながら振り向く。けれどそこには、思いがけない光景が広がっていた。

「……理沙が、落ち込んでいる……!」

 誰よりも昼休みを愛し、誰よりも弁当を美味しそうに食べるあの理沙が、弁当箱を机の上に置き、頭を抱えてうなだれている。
 よく見るとなんだか妙に弁当箱が大きい。なんだあれ、重箱か?

「理沙ちん! どうしたの!?」

 理沙の異常事態に居ても立ってもいられなくなった泉が、うなだれたまま動かない彼女の元へ駆け寄った。私も自分と泉の弁当をちゃっかり持ってから理沙の元へ小走った。

「どうした、理沙! 何があった!」

 声をかけるが、理沙は大きな弁当場を虚ろな瞳で見つめるばかり。

「……やばい」

 ポツリと、らしくもない小さな声で理沙が呟いた。尋常じゃないその様子に、私と泉は理沙の肩を揺すって彼女の覚醒を促した。
 それが功を制したのか、それとも何かを伝えなくてはと思ったのか。理沙は絞り出すような声でこう言った。


「今日の弁当がやばい」

 
 その言葉を聞いて、私と泉は顔を見合わせた。見たところ、ただ大きいだけで格別変なところは見当たらない。

「やばいって、何が? 変なとこは別にないよ?」

 泉がそう言うと、理沙は無言で弁当を包んでいた風呂敷を広げた。
 その瞬間、弁当からするはずのない香りが我々の鼻を刺激した。
 恋する乙女を連想させるような、ふわりとした甘酸っぱい香りはまさに――。



「「ショートケーキ……?」」



 私たちの導き出した答えを聞いて、理沙は目を伏せて俯いた。
 ああ、やっぱりそうなのか。







【苺の呪い】







 理沙の弁当がショートケーキだった。
 それは確かにとんでもない衝撃だったが、あんなにも落ち込むようなことだろうか。甘いもの好きの女子であれば、むしろ喜びそうなものである。
 泉も私と同じようなことを思ったようで、暫し目を丸くして驚いた後、理沙を慰めるように笑いながら言った。
 
「確かにお弁当がケーキなのはびっくりだけど、私はちょっと羨ましいなぁ。学校って頭使うから甘いもの食べたくなるし……」

 泉の言葉を聞いた理沙が何やら希望を見出したようで、ぱっと顔を上げた。目をキラキラと輝かせ、縋るように泉の手を掴んだ。

「じゃあ、泉。弁当交換してくれ」
「うん、やだ」

 笑顔で理沙の頼みを一蹴した泉に、一抹の恐怖を覚えた。しかしよく考えれば当然の答えである。ケーキはおやつであって、弁当ではない。
 再びうな垂れた理沙を無視し、私と泉はケーキの入っているらしい巨大な弁当箱へと群がった。ふわふわと鼻をくすぐるクリームと苺の香りが心地よい。
 この大きさからすると、多分ワンホール丸々入っているのだろう。

「お弁当はあげられないけど、食べるのお手伝いはしてあげるからね! だから元気出して! 理沙ちん!」
「私も手伝いならしてあげよう。見た感じワンホールはあるみたいだし、一人じゃ食べきれないだろ?」

 理沙には悪いが、思わぬデザートを手に入れたことにより我々は浮かれていた。しかし、次に理沙が放った言葉によって、私たちの浮かれた心は地に落ちた。



「……これな、兄が作ったんだよ」



 理沙の兄。あまり会ったことはないが、話だけなら聞いている。理沙に負けず劣らずの変人であるらしい。
 そして何より理沙が語る兄列伝の中で最も恐ろしいとされているのが、兄の創作料理である。
 理沙曰く、下手なわけではないらしい。普通に作れば普通に美味いらしいのだが、何故だか妙なアレンジをしたがるらしい。
 そのアレンジセンスは壊滅的で、一般的な肉じゃがを作り終えた後、たった数分間の兄アレンジによって爆発物へと進化するのは珍しいことではないらしい。
 そんな素敵に危険な兄料理が、今まさに私たちの目の前にあるわけで。

「……まじか!」

 私は思わず叫んだ。だって爆発とかするんだぞ。危険物じゃないか、テロ行為じゃないか!

「なんで持って来たの! 理沙ちん!」

 危機感を感じているのは私だけではないようで、泉も青ざめた顔で理沙と危険物(弁当箱)を見つめる。
 私たちの反応に理沙は再びへこんだようで、私は悪くないんだ……と小声で繰り返した。そして、ぽつりぽつりと涙声で真相を語りだした。

「昨日な、兄が何を思い立ったのか、料理を作り始めたんだ。爆発とかされても困るから、変なアレンジはするなよって、家族中で口うるさく注意したんだ。
 でもそれが兄の闘争心に火をつけたみたいでな……。爆発音とかはしなかったが、なんかお経というか呪文みたいな言葉が台所から漏れてきてな……。
 うちってさ、神社だろ? だから兄も呪いの呪文とか結構知ってるみたいでさ……」
「お前……止めろよ……」
「止めようとしたけどさ、お祖父ちゃんが言うにはあの呪文は呪いの類のやつじゃないから大丈夫だろうって。でもさあ、その時に気付くべきだったんだよなぁ」

 理沙が遠い目をしたので、なんとなく嫌な予感はした。そしてその嫌な予感はすぐに的中した。

「まさか……」
「ああ。その呪文もアレンジされてた」

 ああ……と、たまらず私も泉もため息を漏らす。

「兄曰く、おいしくなーれ☆的なお呪いをアレンジして唱えてたつもりらしいが、もう完全に呪詛だよな。
 そんな呪いを一身に受けて出来上がったのがこれです」

 そう言って理沙は机の上に鎮座するケーキを指差した。最初はその甘酸っぱい香りが何とも愛おしかったが、今となっては禍々しさ以外何も感じない。

「呪いのショートケーキか……」

 そう呟くと、理沙は何故かふるふると首を振った。
 
「え? ショートケーキじゃないの?」
「タルトとか? もしかして苺プリン?」

 この匂い的に考えて、生クリームと苺は確実に使ってあるはずである。けれど理沙はどの答えを聞いても首を振るばかり。
 そして理沙の口から語られたこの甘酸っぱい香りの正体に、私たちは絶句した。



「兄は餃子とカレーうどんを作ったらしい」




 もう突然変異とかのレベルではなかった。