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対象スレッド 件名: Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【第8話】
名前: どうふん
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Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【第8話】
日時: 2019/09/16 20:38
名前: どうふん



第9話 : 別れをもう一つだけ


翌朝 − ゲゲゲハウスの下が騒がしかった。
「鬼太郎!起きとるのか?一大事じゃ」砂かけババアの声が響いた。
「ん・・・・。どうした」ゲゲゲハウスの窓から鬼太郎が眼を擦りながら裸の上半身を見せたが、すぐに後ろに引き戻されて姿が消えた。
中から押し殺した声が聞こえ、続いて大慌てでごそごそしている気配があった。
改めて衣服を羽織った鬼太郎が顔を見せたとき、顔を赤らめている砂かけババアが「一大事」を口にするまで間があった。
だがその中身は鬼太郎を愕然とさせるものだった。
「おやじが消えそうじゃ」
「父さん!?」飛び降りた鬼太郎が駆け寄ると、砂かけババアの掌の中で横になっている目玉おやじの手足が次第に薄れ、今にも消え入りそうになっているのが見えた。「父さん、どうしたんです」
目玉が鬼太郎に向いた・・・ように思えた。「わしの役目は終わったようじゃ、鬼太郎」


今から七十年ほど前−
最後の幽霊族として人間の世界で生き延びていた夫婦がいた。だが二人は病に侵され、明日とも知れぬ命だった。
幽霊族はわれわれで滅びるのか・・・。だが二人には最後の希望があった。妻は妊娠していた。
生きているのが不思議なほどの重症であったが、この子だけでも、という執念が二人を支えた。
そして生まれたのが鬼太郎だった。生れ落ちる直前に息を引き取った妻は母親となったことに気づいただろうか。おそらくは知っていたはずだ。臨月となりもう大丈夫だと思った時に、張り詰めていた気持ちが尽きたのではなかったか。父親はそう思っている。
自分もすぐ妻の後を追う存在であることはわかっていたが、それはできない、と足掻いた。溶けるように滅びゆく体に包帯を巻きつけていた。もう少し・・・もう少しだけ・・・持ってくれ。この子を、妻が命を授けた最後の一族を何としても生き延びさせなければ・・・。
死にたくない、まだ死ねない。父親の最期は苦悶に満ちたものとなった。

その思いが奇跡を生んだ。父親の魂は自身の骸から溶け堕ちた目玉に宿ることとなった。
以来ずっと目玉に胴体と手足がついた状態で鬼太郎を見守り、育ててきた。
そして最後の心残りがなくなった今、もう自分の役割は終わったのではないか。
そして・・・ほとんど時を同じくして死んだ妻にずっと寂しい思いをさせた、との想いもある。鬼太郎とヒナギクの睦まじい姿を見て思い出した。


目玉おやじは、鬼太郎と、その後ろにいるヒナギクをもう一度見た。
「ヒナギク、ありがとう。わしが鬼太郎に与えてやれなかったものを、あんたが教えてくれた。あんたのお陰じゃよ」
わしの役割はもう終わった、いつのまにかヒナギクを呼び捨てにしている目玉おやじは繰り返した。
「おやじ、何を言っとるんじゃ。気が早すぎるぞ。せめて孫の顔くらい見てから逝かんかい」
「見るまでもない。わかっとるよ。花婿も花嫁も美男美女でこれ以上ない良い子なんじゃからな・・・」

目玉おやじから胴体も手足も消えた。それでも目玉は蚊の鳴くような声で語り続けていた。延々と続く息子自慢にその嫁自慢、そして自分の妻自慢をみんなが耳をそばだてて聞いていた。ネズミ男さえあくび一つせず、聞き入っている。
「鬼太郎、ヒナギクを・・・大切に・・・するんじゃぞ。ヒナギク、鬼太郎を・・・たの・・・む」もうはっきりとは聞き取ることもできない。
「妻よ・・・待たせてすまなんだ。今から・・・行く・・・ぞい」
それが最後の言葉になった。動かなくなった目玉を前に号泣やすすり泣く声が響いた。

一番泣いていたのがヒナギクだった。アデルに続き目玉おやじまでも。なぜ自分に感謝しながら死んでいくのだろうか。ある意味、原因の一部は自分にあるのに。アニエスから姉を、今度は鬼太郎から父親を奪ってしまった。いや、それは言い過ぎかもしれないが。
昨晩、鬼太郎と繰り返し父親を巡る話をして初めてケンカした。一度は険悪な空気さえ漂った。それでも「鬼太郎はヒナギクと二人きりの時間を尊重する」「ヒナギクは普段から目玉おやじを本当の父親と思って大事にする」というあたりで手を打った。
曖昧さの残る玉虫色の決着であることは否定できないが、最後は鬼太郎の胸にヒナギクは顔を埋めた。
だが、その間に目玉おやじの寿命は徐々に削られていたということか。
何とか死に目には間に合ったが、最後の貴重な時間の大半を目玉おやじと鬼太郎から奪ってしまった。


そんなヒナギクの肩を鬼太郎は抱いた。「やっとわかったよ、ヒナギクの言うことが。親離れ、子離れってこういうことなんだな。そして僕は会ったことはないけど・・・母さんのものでもあったんだ、父さんは」
ヒナギクは鬼太郎を見上げた。
「これで良かったんだ、きっと」鬼太郎の顔は涙に濡れてはいたが、見たことがないほど優しかった。
無表情やぼんやりした顔が多かった鬼太郎だが、ヒナギクが初めて見る表情が次第に増えている。