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対象スレッド 件名: 【第5話】鬼か人か 〜第一章 曙光のひとかけら
名前: どうふん
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【第5話】鬼か人か 〜第一章 曙光のひとかけら
日時: 2019/04/10 22:46
名前: どうふん

第4話にいきなり登場したマリアさんですが、原作(コミック版)での帰還とは時期にずれがあります。ご容赦。
とはいえ、この物語の展開上に大した意味はありません。ちょっとしたオチに使った、という程度の話です。



第5話:戦闘少女の帰還


「よく頑張ったね」
「最初はどうなるかと思ったけどね。まあ、今のあんたならすぐにでも奥さんになれるよ」
砂掛と鹿路は優しい目でナギを見ていた。どういうわけか、このところ不在がちだった砂掛は頭に包帯を巻き、利き手を三角巾で吊っていた。その理由は教えてもらえないことがわかっているので今更口にしない。
「本当にお世話になりました」
今しっかりと胸を張って二人と向き合っていたナギは丁寧に頭を下げた。お金を貯めたらさっさと出て行こう、そう思っていたアパートに結局二年住むことになった。
砂掛や鹿路の教育は厳しいけど楽しかったし、いつも何かに守られているような気がして寂しさにも耐えられた。
その間にちょっとだけ背が伸びた。この姿を早くヒナギクに見てもらいたい。その時はついでに胸の厚みも比べてみたい。多分今なら勝てるだろう。

引っ越しの積み込みも終わり、あとはハヤテにマリアまで加わって三人ですむマンションへと荷物を運ぶだけである。二人の荷物はすでに新しい部屋へと運ばれていた。
ナギの後ろにはハヤテとマリアが立ち、一緒に頭を下げていた。
「あんたがナギの彼氏かい」ハヤテは笑いながら頭を掻いた。
「なんにせよ、姉上様と彼氏が還ってきたなら良かったじゃないか。これからは三人で一緒に暮らすんだね」
「ああ、本当に良かった。もうここに戻ってくるんじゃないよ」
ナギは吹き出した。「鹿路さん。まるで刑務所を出るみたいじゃないか。私は二人と、(二人だけじゃないような気がするけど)一緒にいて楽しかったよ。今度はお土産を持って遊びに来るからな」
「そうかい、そうかい。そいつは楽しみだねえ」砂掛と鹿路が声を上げて笑った。二人の機嫌のいい笑い声を聞いて、ナギは言いにくかったことを口にした。
「ところで・・・ヒナギクのことは・・・何かご存知ありませんか」笑いが一瞬にして引っ込み、固まったような気配がした。


ナギがこのアパートに引っ越しする時に手伝ってくれたヒナギクは、その後も時々様子を見に来た。そして半年が過ぎ、ナギが初めて手料理をヒナギクに振舞った時、ヒナギクの瞳から涙が溢れてきた。
「ナギ、立派になったわね」
「な、何、泣いてるんだよ。あ、そうか。あんまり旨くて驚いたか」
「驚いたりしないわよ。あなたはきっとできると思っていたんだもの。もうこれで心残りはないわ」
「・・・なんだ、そりゃ」

後になってみれば思い当たることは幾らでもあった。だがその場では首を傾げつつもそれ以上の詮索はしなかった。
その日を最後にヒナギクが訪ねてくることはなくなった。連絡もつかなくなった。マリアやハヤテと同じだった。
ヒナギクの実家まで出向いたナギは、ヒナギクが高校を中退し、家に戻っていないことを初めて知った。もう半年近くも前、ナギが引っ越ししてそれほど時間が経っていないころ、となる。
「この前、手紙が届いて、元気にしているから心配しないで、ってあったんだけど・・・。連絡先も教えてくれないのよ」ヒナギクの義母は諦めたような口調だった。


「申し訳ないけど・・・、私たちにもわからないね」砂掛は呟いた。
「そうですか・・・」後ろでハヤテが呻くような声を絞り出したのを砂掛は聞きとがめた。「あんたもヒナギクさんの友達なのかい?」
どう答えていいのか迷っている風であったが、ハヤテは俯いたまま答えた。「すごくお世話になった人なんです」
「あの・・・私にとっても、大切な人で・・・。それだけでなく大変な迷惑をお掛けしてしまったこともありまして・・・」マリアも口を挟んだ。

砂掛が沈痛そうに顔を顰めた。「あの子はいつもそうさ。いつもいつも人助けして、そして報われることもなく貧乏くじばかり引いているんだ」
怪訝な顔をしていたナギの後ろでマリアとヒナギクの顔が苦しそうにゆがんだ。
「あ・・・、気にしないでくれよ。あんたたちのことを言ってるんじゃないんだ」
「私たちだって偉そうに言える立場じゃないんだから」口々に言う砂掛と鹿路の声がハヤテとマリアの胸に痛かった。
「それで・・・、ヒナギクさんについて砂掛さんたちは何も・・・」
暫くの沈黙の後、砂掛がぼそりと口を開いた。
「知らないよ・・・。だけど、伊澄さんがお屋敷に帰っているから、彼女に訊いたら何かわかるかもしれないね」
伊澄が帰っている?ナギ達にとってはこれも初めて聞く話だった。そもそも砂掛たちが伊澄と知り合いということも知らなかった。
行方不明となるのはいつものことだし、どこに行っても飢えもやつれもしない伊澄のことだからあまり気にしていなかったが、伊澄もまた一年ばかり姿を見ていない。そしてヒナギクの失踪と何か関係があるのでは、と噂されている。


慌ただしく去る三人の後姿を見送りながら、鹿路が小声で訊いた。
「おばば。教えて良かったのかい?」
「わからん。ヒナギクは怒るじゃろ。だが、あの子は人間なんだ。友達と縁を切って良いわけがない。あんたもわかっているだろう」
「それはそうだけどさあ・・・」
家の中に入った鹿路の首が天井に届くほどに伸びて、周囲をぐるぐると回った。
「あんたたち、しばらく不自由な思いをさせたけど。もういいよ」その声に応えて廊下に二つの影が浮かび上がった。生足が生えた古ぼけた和傘と舌を長く伸ばした全身緑色の半魚人に似た姿。妖怪「唐傘」と「あかなめ」だった。
「へへっと。お前さんもな。いつも行儀よく首をたたんでるのはしんどかっただろ。まあ、ヒナギクの頼みとあれば断れねえしな」
「あううううう」
そして管理人は「砂かけババア」。ナギに家事を教え込んでいたのは「ろくろ首」。
このアパートの本来の住人は管理人の砂かけババアを含めた妖怪四人だった。