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対象スレッド 件名: Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と
名前: どうふん
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Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と
日時: 2016/02/29 21:20
名前: どうふん




第11話 憧憬は今ここに 



「何でかしらね」ヒナギクがぼそりと言った。
「え、何でしょう」
入学式の後、ハヤテとヒナギクはマリア、ナギ、千桜と別れ、ムラサキノヤカタに戻る途中だった。千桜は「買い物があるから・・・」と言っていたが、真偽の程は不明である。
「私たちの大学の名前よ」
「『東京帝都大学』のことですか」ハヤテは首を捻った。
「帝都って、皇居のある都って意味だし、昔の東京はそうも呼ばれていたんだから、この名前は二重表現になるじゃない」
「は、はあ・・・。しかしパンフレットには、開校当時からの由緒ある名前とありましたし・・・」
「由緒ねえ・・・。そんな上等なものかしら。誰かが苦し紛れに捻り出したような感じがするんだけど」


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ヒナギクは大学生活をムラサキノヤカタで過ごすことに決めていた。
「もっと大学に近いところで賃貸マンションを探したら・・・」と両親からは勧められたが、ヒナギクは頑として譲らなかった。
「それだけの思い入れがここにはあるのよ。それにもしかしたらアリスが戻って来るかもしれないじゃない」あり得ない、とは思っても、今でもヒナギクは時々空っぽの押入れを開けてはため息をついている。
それだけではなく、ムラサキノヤカタは、今まで通りハヤテが週の半分は執事を務めることになっていた。もちろんこちらの理由の方がずっと大きいだろうが。
それを聞いた千桜もそのまま残ることにした。カユラも含め、当面ムラサキノヤカタの住民は三人である。


二人がムラサキノヤカタに戻った時、中には誰もいなかった。二人はヒナギクの部屋に入り、どちらからともなく寄り添って腰を下ろした。
「やっと二人になれましたけど、これから二人だけの時間はどうしても減っちゃいますね」
「ええ。でも今の私たちは恋人同士なんだから。時間が少しぐらい減ったところで、私たちの距離は開かないわよ・・・。と、言いたいけど、どんなに忙しくても二人の時間は一生懸命作らなきゃね」
長すぎる空白の重みをはっきりと知った二人だった。
「はい。そして、社会に出たその後は、また一緒の時間は増えますよ」
「・・・それ、プロポーズと思っていいのかしら」
「あはは・・・。本番はもう一度やらせて下さい。今のは先行予約ということで」
もっとも似たような会話はしょっちゅう交わしている二人だが。
「もう借金もほとんどなくなったのよね、ハヤテ」
「全額じゃないですが。あと5百万円くらいです」


三年生になって白皇学院の五大行事は、ヒナギクとハヤテで全部優勝して1億5千万円を二人で獲得した。
※賞金総額は原作の当初設定に合わせています
二人の個人成績、というより対戦成績は2勝2敗1引き分けと全くの五分だった。引き分けというのは二人で組んだマラソン自由形である。その結果、賞金はほぼ半々となったが、ハヤテとの個人対決に勝ち越せなかったのをヒナギクはかなり悔しがっていた。
(まあ、ハヤテの顔も立てないと)とは思いつつ、いざ勝負となると、そんな意識など吹っ飛んでしまうのがヒナギクである。

前月、周囲の進路が決まっていく中、ヒナギクはハヤテに自分の賞金を全て借金返済に回すよう申し入れた。戸惑うハヤテにヒナギクは言った。
「当たり前じゃないの。ハヤテの借金は私の借金よ」最初は驚いていたハヤテだが、ヒナギクの想いと一緒に受け取ることにした。満足げに頷いたヒナギクの顔がくすり、と笑った。
「本当はね、いつかそう言える日がきっと来るって信じて手を付けなかったのよ」
顔を泣き出しそうに歪めたハヤテの両腕がヒナギクを包み込んでいた。


「ただですね、ヒナ。借金の残りはそのまま持っていたいと思います」ハヤテの脳裏には、二人分の賞金1億5千万円を返す時のナギの寂しそうな笑顔が蘇っていた。
「ナギとの繋ぎ・・・ね」
「はい。僕は恩知らずにはなれません。ヒナは不愉快かもしれないけど、これだけは目を瞑って下さい」
「いつかも言ったわね。ハヤテがそういう人だってことはわかっているわよ」ヒナギクは、ちょっと不自然にはにかんだ。

「ありがとうございます、ヒナ」
「・・・やっぱりちょっとおかしいわね」
「え、何がです」ヒナギクの瞳が妖しく光り出していた。
「私を呼び捨てにしながら、言葉遣いが敬語だとバランスが悪いわ」
「あ、あはは・・・そうでしょうか」ヒナギクの次のセリフは見当がついた。

「ええ。じゃ、ハヤテの次の課題は決まりね。敬語を直すこと」やっぱり・・・。ハヤテは軽くため息をついた。
「はあ・・・相変わらず厳しいですね、ヒナ」
「あら、その代わり甘い時間はたっぷりとあげるから」
「し、心臓に悪いですよ、そんなセリフ」むせこんだハヤテがようやく呼吸を整えて正面を向くと、ヒナギクの瞳がすぐそこにあった。え、と思う間もなくヒナギクの唇がハヤテのそれをついばんだ。

ヒナギクの顔が離れた時、ハヤテの目は焦点が定まらず口は半開きだった。
ずっと憧れていた景色が、手が届かなかった世界が今ハヤテの周りに広がっている。
正直なところ、ここまでヒナギクに心を奪われるとは思わなかった。ヒナギクがどこまで意図しているかは定かでないが、とにもかくにも翻弄されていることは間違いなかった。
(『虜になる』ってこういうことなのかな・・・)

もっともヒナギクの側からすれば、それほど余裕があるわけではない。恍惚としているハヤテから離れたヒナギクの顔は、朱く染まって上気していた。しかしその表情はハヤテの心臓を改めて直撃する。


二人が初めて唇を合わせたのは、アリスと別れてすぐのことだった。今と同じ様にヒナギクの部屋で寄り添って時間を過ごすことが日常となり、ヒナギクが甘えるように恥じらうように求めてきた。それはハヤテにとって、解読まで時間がかかる難解なものだったが。


「ホントにヒナギクさんはキスが好きですね。初めての時はすごくおずおずと遠回しでしたけど、最近は結構大胆におねだりしてくるし。そして今はいきなり、ですか」
まだ目を泳がせながらもからかうような口調のハヤテに、幾分むくれたヒナギクは、指を胸の前でもじもじさせていた。
「私よりずっと沢山ハヤテがキスしているというのは面白くないわよ。回数の差は埋まらないから、相対的な比率だけは近づけておきたいじゃない」
半ば呆れながらもそんなヒナギクが可愛くてたまらず、ハヤテはヒナギクの肩に腕を回し、もう一度唇を寄せた。
「こんなことまで勝負事にしなくても・・・。それに『ずっと沢山』ってことはないですよ」この程度ならWHITE LIEの範囲内だろう。

家族ハイキングにおける一件がヒナギクを刺激したことは間違いない。
ふと、ハヤテは思った。
(まさかとは思うけど・・・。最初からそれがあーたんの狙いだったのかな・・・。
いくら何でもそんなことは・・・ありうる・・・かも・・・しれない)


「念のため言っとくけど、差が開いたら許さないわよ」ヒナギクの左手がハヤテの首に触れてそっと喉元を包み込んだ。その声は甘えるようで、手は優しく添えるように。しかしその親指と人差し指は明らかにハヤテの頸動脈をピンポイントで押さえていた。
冷たい汗がたらりと流れた。
「は、はい。それはもう」