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対象スレッド 件名: Re: 憧憬は遠く近く 第三章 〜 恋人の肖像
名前: どうふん
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Re: 憧憬は遠く近く 第三章 〜 恋人の肖像
日時: 2015/11/27 23:06
名前: どうふん

そろそろ「いい加減にしろ」という罵声が飛んできそうな気がしてます。
お互いの気持ちを知っても、すれ違いを繰り返す二人。
ハヤテから交際を求められても「無理」というヒナギクさんの真意、そしてハヤテの覚悟が問われています。



【第8話:天女を縛る鎖】


「ど、どうしてです?もう僕に愛想を尽かしちゃったんですか」
ハヤテは混乱した。
対照的にヒナギクの声と表情には抑揚がなかった。
「そんなことないわよ、ハヤテ君。私はね・・・、本当に嬉しいの。ハヤテ君の気持ちを聞いて。いや、ここに来てくれたというだけで。
だけどね、今の私にはハヤテ君とお付き合いする資格はないの」

ハヤテの方を向いたヒナギクの顔には相変わらず表情がなかった。虚ろ、とも見える眼差しには、普段の強い意志も輝きも感じられなかった。
「やあねえ。そんなにびっくりした顔をしないでよ。
いい、ハヤテ君。私には愛し合った人がいたの。
そしてその人は私を守って死んでしまった。それなのに私はその人を思い出すことさえできない最低の人間なのよ。

ハヤテ君は10年間別れた人を想い続けていた。立派だと思うわ。それに引き換え・・・私はずっと逃げ続けていたの」
「な、何を言っているんです。誰もそんなこと思いませんよ。僕とは状況が全然違います。
ヒナギクさんがその人を思い出せなくなってしまったのは、ヒナギクさんが愛情深い人でそれほどまで悲しんだという証拠です。それを資格がないとか最低なんて言わないで下さい」
「それにね、私の記憶はいつ戻るかわからないのよ。ハヤテ君とお付き合いしても、その人の記憶が蘇った時、ハヤテ君を愛せなくなるかも知れない。
その時、本当に悲しむのはハヤテ君でしょ」
「・・・それは・・・。それでもいい。構いません。僕はその人に敵わないかもしれません。だけど、最後は別れることになっても、今の僕の気持ちも、ヒナギクさんの気持ちも大切にしたいんです」
「私には許せないのよ、そんなこと。
そんないい加減な気持ちのままで・・・愛せるかどうかわからない恋人を作るなんて」
「ヒナギクさん・・・」
「あ、誤解しないでね。ハヤテ君が嫌いとか愛想尽かしとかそんなんじゃないのよ。今の私は本当にハヤテ君が好きだし、そして来てくれたことは本当に嬉しかったんだから・・・。本当にありがとう」
今まさに沈もうとする夕陽を背にヒナギクは立ち上がった。

「じゃあね、ハヤテ君。一足先に戻っているわ。ハヤテ君はまだ立てないでしょ。ゆっくりと休んでから戻っていらっしゃい」

ヒナギクが去って行く。その後ろ姿にハヤテは叫んだ。
「ヒナギクさん!」
ヒナギクは振り向かない。足を緩めない。


****************************************************************::


ここで見失ったらもうヒナギクさんを救えない、僕は思った。
だが、足と腰に力が入らない。立ち上がれない。

立つんだ、ハヤテ。何のためにここまで来たんだ。
渾身の力を腕に込めた。両手を地面に叩き付ける。反動でよろめきながらも膝と腰が伸びた。

まだ痺れている左足に力を込めた。動いた。
右足を踏み出した。
歩ける、歩けるぞ。まだ僕には力が残っている。
ヒナギクさんを追いかけられる。

足は持ち上がらない。だが、進める。砂の上を擦りながら。
遮二無二前に出た。
しかし思うようにスピードは出ない。
ヒナギクさんとの距離が縮まない。
右手を伸ばした。
「待って下さい、ヒナギクさん」
地面が揺れた。体の前半分が砂に塗れた。

*******************************************************************

「全く・・・何やってるのよ、ハヤテ君」
「ま、まあ、お約束と言いますか・・・」
「なんで・・・、なんで・・・追いかけてくるのよ。私の気持ちは言ったでしょ」
「今までの僕なら引き下がっていましたよ、ヒナギクさん」
ハヤテは砂浜に突っ伏していた顔を上げてニッと笑ったつもりだが、その顔は障害物競争でメリケン粉の中の飴を探した後のように砂に塗れている。

こちらを向いたヒナギクの顔は涙でぐっしょりと濡れていた。
その顔が吹き出した。涙に塗れた顔で笑っていた。

ハヤテは救われたような気がした。
泣き笑いではあっても、今日、初めてヒナギクが笑顔を見せてくれた。感情が伝わってきた。
「あはは・・・、結果オーライですね。ヒナギクさん、止まってくれましたね」
しかし、今度こそハヤテに立ち上がる力は残っていなかった。

ヒナギクはため息をついた。ハヤテに歩み寄って荒っぽく腕を引っ張り、体勢を起こさせ、背中と膝を持ち直して担ぎ上げた。
(やっぱりヒナギクさんは力持ちだな・・・、って。こ・・・これって、お姫様抱っこ、だよね)
「あ・・・あの、ヒナギクさん、すっごく恥ずかしいんですけど」
「我慢しなさい」ヒナギクは冷たく言い放って、ハヤテをそのまま堤防まで連れて行った。
堤防にハヤテを座らせて、ヒナギクは背中を向けた。
「ま、待って下さい、ヒナギクさん」
「待つのはハヤテ君よ。安心なさい。そんな病人放り出して行かないから」

ヒナギクは近くの自動販売機でジュースを二本買って戻ってきた。
「オレンジとアップルどっちが良いの?」
「あ、ありがとうございます。ではアップルで」
「はい」
「あの、これオレンジでは・・・」
「ワガママ言わないの。私もアップルが飲みたかったんだから」
(だったら何で聞いたんです・・・?)オレンジを希望しても同じことが起こったような気がした。