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対象スレッド 件名: Re: 迷走! 闇鍋劇場!(完結・ひなゆめより再掲)
名前: 餅ぬ。
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Re: 迷走! 闇鍋劇場!(完結・ひなゆめより再掲)
日時: 2013/06/02 17:53
名前: 餅ぬ。



【そして、今に至る】


「……な、なんですか? この臭い……?」

 和室に一歩足を踏み入れた瞬間、マリアさんの口から放たれたこの疑問。僕たちは答えることができず、ただ苦笑いで誤魔化すしかなかった。
 そんな僕たちをマリアさんは不思議そうな眼で眺めながら、こちらへ歩みよってくる。一歩一歩、ゆっくりと。
 実際はいつもとかわらぬ歩幅なのだろうが、なぜだか僕には酷くゆっくりに見えた。死ぬ前に視る映像はスローモーションになるというのは、本当のことらしい。
 そんな新しい発見を感じているうちに、マリアさんはすでに鍋まで後十歩というところまで迫っていた。
 ヒナギクさんとお嬢様が観念したかのように、目を閉じた。三人組は顔面蒼白。先生はすでに酔い倒れている。先生、なんて羨ましいんだ。
 とうとうマリアさんが鍋の中身を覗ける位置まで近づいた。ああ、とうとう聖母の雷が落ちる……。

 しかし、神様はどうも焦らしプレイがお好きらしい。

「あ! 忘れてました! お野菜、切ってこないとだめですよね。私としたことが……。闇鍋、初めてなので、少し舞い上がってしまって……」

 照れくさそうにそういうマリアさん。頬を染めながら恥ずかしそうに笑う彼女は、とても可愛らしく見えた。……このまま、可愛らしいマリアさんのままでいてほしかった。
 もし、先ほどまで振り返っていた後悔たちが起こっていなかったら、マリアさんはこの優しい笑顔で僕たちと鍋を囲っていたのだろう。
 楽しくて少しスリルのある闇鍋。美味しいものと奇妙なものがいい感じに混ざりあった、安全な闇鍋。僕の夢見たそんな闇鍋の原型は、もう残っていない。
 あるのは混沌、そして恐怖を呼ぶ割れた土鍋。食材を溶かす、安全性皆無の闇鍋。
 ああ、こんな鍋を見たら、マリアさんはきっと――。

「それじゃ、私はちょっと野菜を切ってきますね」

 どこか弾んだ声でそう言い残し、マリアさんは軽い足取りで和室を出ようとした。
 それをなぜか呼び止めるお嬢様。

「マリアっ!」
「はい? どうしたんですか、ナギ?」
「こ、この臭いに、何か違和感を覚えないのか?」

 そう言うお嬢様の声は少し震えていた。溢れだしそうな恐怖心を我慢しながらも、マリアさんにさりげなく鍋の異変を伝えようとする。
 そのお嬢様の優しさを見て、僕はマリアさんを恐れてばかりいた自分を戒めた。
 そうだ、マリアさんはこの闇鍋パーティでの一番の被害者なのだ。買いだしに出ている間に、楽しみにしていた鍋をこんなわけわからん状態にされ、大切な鍋までも割られた。
 そんな可哀そうなマリアさんを、まるで化け物のように恐れていた僕は、なんて冷たい人間なんだ……! ごめんなさい、マリアさん! そしてお嬢様っ!

「うーん……確かに臭いは気になりますが……。闇鍋ってこういう、不思議なものなんでしょう? だったら仕方ないですわ」

 マリアさん! 違う! 違うんです! もう不思議とかのレベルじゃないんです! 混沌……まさに危険しか孕んでいないカオスの状態なんです!
 気がついて下さい! これ以上、あなたの期待を裏切りたくないんです!

「マリアさんっ! 実はっ……!」

 ――話そう。真実を。
どうせ、結末は同じなのだ。だが、黙っているよりはここで素直に謝ってしまった方が、きっとマリアさんの逆鱗も小さなものですむだろう。
 だから、僕はこの場で……土下座をする!

「マリアさん、じつはこの鍋……」
「なーんでもないぞぉぉっ!? マリア、鍋は何ともないぞっ! この臭いもちょっと闇鍋にありがちなすこーし奇妙なものを入れたからなんだ!
 マリアが嫌だったら取り出そうかと思って、聞いただけなんだ! ホント、この鍋はなんでもないぞ!! ハッハッハ! あー、超楽しみだなぁぁぁ!!」

 お嬢様ぁぁぁぁっ!? 何言ってるんですかアンタはぁぁぁ!!

「あら、そうなの? ……気を使ってくれてありがとう、ナギ……」

 そう言ってほほ笑むマリアさんを見て、僕はとてつもなく切なくなった。お嬢様、あんたは鬼だ。
 自分の危険を顧みず、マリアさんにこの鍋の危険性を伝えようとしたあなたは、虚像だったんですね。あなたの執事として、とても悲しいです。
 でも! 僕は言わなくちゃいけない! 言うなら、今しかないじゃないか!
 もう、僕は後悔なんてしたくない!

「違うんです! 本当はこの闇鍋……」
「割ったんですか?」
「……え?」
「土鍋、あれほど言ったのに割ったんですか?」

 なぜだろうか、マリアさんの背後に巨大なドラゴンが映っている。いやぁ、ヒナギクさんといいマリアさんといい、レベルの高い人のオーラは凄い。
 渦巻く黒い空気、そしてその空気に酷く不釣り合いな聖母の笑み。この威圧感だけで、僕は死にそうです。

「割ったんですか? ハヤテ君……?」

 笑顔のまま、僕に一歩歩み寄ったマリアさん。そのわずかな動きだけで、和室の空気に衝撃が走る。
 そんな空気に包まれたまま、僕は口を開いた。


「……割れて、ないです……。鍋も無事……です、はい……」


 ごめんなさい、お嬢様。僕も臆病者でした。見損なったとか思ってしまって本当にすいませんでした。
 感じたこともないような、こんな威圧感をお嬢様は知っていたのですね。今、あなたの気持が痛いほどわかりました。
 この威圧感の中、真実を告げるなんてこと恐ろしすぎてできやしない。

「だったらいいんですよ。では、私は野菜を切ってきますから、電気を消して待っていてくださいね♪」

 語尾の音符が、僕たちの恐怖心を掻き立てた。もう、絶対に逃げられない。今から起ころうとしている、この惨劇から逃れることはできないのだ。
 僕の描いていたエンディングの中で、一番最悪なエンディングを超越した状態で迎えたこの闇鍋パーティ。
 この先のことは考えるだけ無駄だろう。すべてを諦め、受け入れようじゃないか。

「……ハヤ太君……。電気、消すか?」
「ええ、お願いします、花菱さん……」
「ハヤ太君っ! 私思ったんだけど、この鍋の底に沈んでいるであろう、美希ちゃんのクッキーを取り除けば、少しはまともになるんじゃないかな?
 ほら、菜箸でこうやって鍋をかき回して……ってうわぁ! お箸の先っぽ溶けたぁぁぁ!?」
「それ、もう硫酸とかの類よね……。お姉ちゃん! いい加減起きなさい!」
「起きないわよ! 私はもう死んだ! お酒の手によって殺されたっていう設定なのよ! 巻き込まないで!」
「残念、お姉ちゃんも道連れよ。姉妹仲良く、逝きましょ?」
「うわーん! ヒナがツンデレからヤンデレにぃぃっ!」

 崩壊する桂姉妹のやり取りを眺めている途中で、和室の電気が花菱さんによって落とされた。その瞬間、ヒナギクさんと桂先生の会話はおさまり、また静寂が訪れた。
 静寂の中に響く、鍋のぼこぼこと泡立つ音。もちろん、火はついていない。
 溶岩を彷彿とさせるようなその音に耳を傾けながら、僕たちはマリアさんを待った。
 暗闇に目が慣れてきたのか、僕の正面に座っている朝風さんと瀬川さんの姿が微かに見えた。
 二人とも、先ほどの溶けた菜箸を触りながら震えている。その震えは、鍋そのものに対しての恐怖なのか、マリアさんに対しての恐怖なのかは僕にはわからない。

「……なぁ、ハヤ太君」
「なんですか、朝風さん」
「薬、もう一瓶あるんだが、入れていい? もう、どうなっても同じじゃないか」

 自暴自棄になった朝風さんがまたいらんことをしようと立ち上がった。どんだけパクって来たんだ、といつもならツッコミをいれるところだが、生憎僕にそんな元気は残っていない。
 そのかわりに、瀬川さんが制裁を加えてくれた。
 先ほど鍋に突っ込んで先っぽが溶けた菜箸で、朝風さんをつつきまくる。これでもかというほど、つっつく。

「理沙ちんのばかちんー!!」
「あつっ! なんで菜箸の先っぽ……あっつ!! ちょ、泉! ストップ! 痛熱い! 痛熱い!!
 ごめんなさい! 入れませんから! 入れないからつつかないで! いいんちょさん! ごめんなさい!」

 騒ぐ朝風さんを見て、お嬢様と花菱さんが少しだけ笑った。被害を被った朝風さんには申し訳ないが、いい働きをしてくれたと思う。
 わずかに和んだこの雰囲気。だが、お約束通りこういったいい雰囲気は長続きしない。

 マリアさんが帰ってきたのだ。

「うふふっ、楽しそうですねぇ」

 暗闇に足を踏み入れたマリアさんは、穏やかな口調で騒ぐ朝風さんたちにそう言った。
 けっして、僕たちは楽しくて騒いでるわけではないんです。これはどちらかと言えば、パニックなんです。なんて言えるはずもない。
 マリアさんは机の開いているところに野菜が大量にのっている大皿を置いた。
 そして、持参してきた新しい菜箸で野菜を入れる。
 野菜が鍋に入った瞬間、野菜は音もなく白濁の鍋の中に消えていった。消えたというより、溶けた。だが、マリアさんはそんなことには気づかず、どんどん野菜を入れていく。

「……さて、と。野菜も全部入れましたから、始めましょうか」

 そう言った後、マリアさんはお待たせしてごめんなさい、と少しすまなそうに付け足した。できることなら、ずっとお待たせしてほしかった。


 マリアさんの「始めましょうか」宣言により、開始されてしまった恐怖の闇鍋。もちろんのごとく、だれも鍋に手を伸ばそうとしない。
 そりゃそうだろう。だって、菜箸さえも溶かす驚異の鍋だ。だれだって、自分から食べるという命を粗末にするような行為はしたくない。
 だが、それを知らないマリアさんはどうだろうか。誰も手を伸ばさないことを気にして、自分から手をつけてしまうかもしれない。
 マリアさんだって、普通の人間だ。こんなもの、口に入れれば無事ではすまないだろう。
 だが、みんな自分の命は惜しい。だから、手を伸ばさない。

(どうしたものやら……)

 暗闇の中で、僕はひとり腕を組む。うーん、と唸っていると、隣に座っていたお嬢様が僕の肩をトントンと叩いた。
 そして、そっと耳打ちをしてきた。

(今、ヒナギクたちと相談して、満場一致で決定したんだが……。
 逝け、ハヤテ)
(はあぁぁぁっ!!? 僕に死ねと!?)
(大丈夫だ! お前はガン○ムの生まれ変わりだろ? きっと大丈夫!)
(こんなもん中に入れれば、ガン○ムだって溶けますよ!)
「……? ハヤテ君、ナギ。何をヒソヒソ話してるんですか? 闇鍋が食べづらいなら、私が先に……」

 あああっ! なんてこったい! 僕とお嬢様が討論をしているうちにいつの間にやらマリアさんが自分の皿に、あの液体をよそっている!
 「ネバネバしてますね……」って、そのネバネバの時点で何か変だと気がついて下さい! そんな鈍感なキャラでしたかあなたは!
 鈍感なのは僕だけでじゅうぶんなんです! 
 
「ストーーップ! マリアさぁぁぁん!!」

 僕は立ち上がり、マリアさんの手にあった小皿を奪った。あっ、というマリアさんの短い悲鳴が耳に残った。
 そして、不機嫌そうな口調で「何するんですか?」と聞いてくるマリアさんに、僕は優しく語りかけた。

「さようなら、マリアさん。そして、ごめんなさい」

 僕はそう言い残し、小皿の中に入っている鍋の汁もとい劇薬を飲みほした。喉に入った瞬間、血液が逆流してくるような感覚に陥る。
 四肢が痺れ始め、僕は床に倒れた。僕が倒れたことに気づいたマリアさんが、悲鳴を上げた。
 その悲鳴を合図に、和室の電気がつけられた。そして、照らし出される闇鍋の真実の姿。

「…………これは? いったいなんですか………?」
「闇鍋だ」
「どう見ても悪い魔女がかき混ぜてる毒薬じゃないですか! なんでこんなことに……、あっ! それより、ハヤテ君!」

 マリアさんが僕に駆け寄ってきた。その姿も、今の僕には霞んで見える。

「ハヤテ君……」
「マリ、アさん……。ごめんなさい、ホント、に……ごめんなさい……」
「なんで謝るんですか? 鍋があんなことになっても、私は別に怒りませんよ……? 言ってくれれば、もう一度作り直したのに……。
 わざわざ、あなたが体をはって私を守る必要なんて……!」

 マリアさんは今にも泣き出しそうな声でそう言いながら、僕の手を強く握った。僕も、握り返したかったが、もう力が入らない。
 僕はマリアさんを虚ろな眼差しで見つめたまま、もう一度「ごめんなさい」と呟いた。
 その声を聞いたマリアさんが、一層強く僕の手を握る。……よくよく考えれば、このちょっと感動的なシーンは鍋からきてるんだよなぁ。
 このシーンの原因が、お嬢様やマリアさんをマフィアとかから守った的な原因だったら、本当に感動的なシーンだろうなぁ。
 はっはっは……。まさか、まさか……鍋で死ぬとはなぁぁあ!! ちくしょおおぉぉ!! なんかすっごい嫌だ! こんなんで死ぬの絶対に嫌だ!!
 せめて、死に方くらいカッコよくしてくれてもいいじゃないか! 神様のドアホ!!


「マリアっ! ハヤテ!!」

 お嬢様が叫んだのを皮切りに、みんなが僕とマリアさんに駆け寄ってきた瞬間だった。
 酔っぱらいの足が、机にひっかかった。その衝撃をもろに衝撃を受ける土鍋。そして、ヒビの入った部分から綺麗に真っ二つ。
 ああ、ごめんなさい。ほんとごめんなさい神様。さっきのドアホは取り消します。だからあの土鍋を元に戻してください。マリアさんの顔が、怖すぎます。
 二つに割れた土鍋から、僕をこのような状態にした憎きドロドロが流れ出ている。床に落ちたドロドロが、じゅわっと音を立てながら畳を溶かしている。
 僕はあんなものを飲んだのか。そりゃ死ぬよな。ガン○ムも解けるよ。

「……ナギ……? なんで土鍋がこんな綺麗に真っ二つに割れてるのかしら……?」
「……ヒナギクが……」
「ちょっ……! 確かに私がヒビを入れたけど……! もとあといえば、理沙の変な化学薬品が……」
「いや、もしかしたら美希のクッキーが……」
「いやいや、まさかのまさかで泉の激辛カレーが……」
「でも、鍋を真っ二つにしたのは桂ちゃん……」
「なっ! 私はただ躓いただけよ! そう……すべてはナギちゃんよ! パーティを企画した、ナギちゃんなのよ!」
「違う! 私は企画をしただけだ! 闇鍋の発案者は、ハヤテだ!!」

 人間とはなんと醜いものか。こんな状況を見たら、そう感じざるをえない。前にあったかばい合いの精神はどこへやら。
 そんなやりとりを見ているマリアさんの顔は、常に満面の笑顔。恐ろしいことこの上ない。
 そして、ゆっくりとマリアさんの口が開かれた。口調は、まさに聖母を彷彿とさせる穏やかなもの。


「わかりましたわ。ここにいる全員が平等に悪いんですね?」


 そう言った瞬間、マリアさんの僕の手を握っていた手の力が倍以上に増した。
 ……痛い! やばい、これ折れる! マリアさん! なんかミシミシいってる! ヤバイヤバイヤバイ!! 粉々になるっ!!

「……ハヤテ君は、あとからお仕置きですからね♪」

 僕にその言葉を言い残し、マリアさんは立ち上がった。その横顔に、いつもの笑顔はなくはじめて見るような無機質な表情が浮かんでいた。

 これが、マリアさんの本気か――。

 薄れゆく意識の中、僕は暗黒のオーラを背負いふらふらと歩くマリアさんの後ろ姿と、それから逃げ惑うお嬢様たちの姿を見た。
 まさに地獄絵図。次に僕が目を開けた時には、きっとこの白かった和室の壁は赤く染まっているだろう。
 さっき、こんな無様な死に方はしたくないと言ったけど、このまま死んでもいいかもしれない。恐れ慄き死に行くよりは、このまま穏やかに逝ったほうが……。


「ハヤテ君!」


 マリアさんの声。


「私から逃げられるなんて、思ってませんよね?」


 ……ああ、やっぱり逃げられないんだな。
 わかってたさ、わかってた。マリアさんの恐ろしさくらい。



「……ナベリストに……栄光あれ……」



 マリアさんを闇鍋将軍に、そして逃げ惑うお嬢様たちをナベリストたちに見立て、僕は彼女たちの背中にそう告げて、ゆっくりと目を閉じた。
 どんな状況になろうとも、鍋と向き合い続けた僕たち七人はまさしくこの世のナベリストだろう。
 そして、この鍋によって眠ろうとしている僕も果敢なナベリストの一人なのだ。鍋に命をかけた者すべてが、ナベリストなのだ!!


 ……ふはは、何言ってんだろ、僕。そろそろ毒が脳に回ってきたのかなぁ。
 ああ、そろそろ意識が遠のいてきた。ずっと響いていた先生と三人組の悲鳴も、あまり聞こえなくなってきた。
 次、僕が目覚めた時、僕はどうなってしまうのか。そして、どんな光景が僕を待っているのか。


 ――それは、女神(マリア)のみぞ知る。




【BAD END】