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対象スレッド 件名: 竜狐の対決 第1章
名前: 双剣士◆gm38TCsOzW.
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竜狐の対決 第1章
日時: 2013/01/29 21:23
名前: 双剣士◆gm38TCsOzW.

「シャルナちゃんシャルナちゃん、悪いけど文はもう、シャルナちゃんと一緒に帰ったり休み時間におしゃべりする暇は無くなるのですよ」
 いきなり突きつけられた決別宣言に対し、シャルナの脳裏には寂しさよりも疑問のほうが先に立った。白皇学院に入学して以来、
学内学外はおろか夏休みや海外旅行にいたるまで常に一緒に居た日比野文とシャルナ。自分と離れた日比野文が何をしようというのか、
皆目見当が付かなかったから。
「文は生徒会長になるのですよ! この学園をパラダイスにするのですよ! これから忙しくなるのですよ!」
「……あぁ、そう」
 そういえば生徒会選挙が始まるんだっけ、とシャルナは学内掲示板で見た内容を思い返していた。インドからの留学生である自分には
縁遠い話題だと思っていたけれど、親友の文ちゃんがそれに関わる気でいたとは。生徒会といえば積極性あふれる優等生たちが集まる場所
なんだろうし、放課後だけでなく日常も何かと仕事が増えることだろう。これまでのように自分と2人でおしゃべりをしたり遊びに行くような
時間は、確かに残らなくなるのかもしれない。
 ……まぁ、仕方ないわよね。文ちゃんはいろいろとアレな子だから、優秀な人たちと一緒に何かをするのはきっとプラスになる。親友だからと
いって邪魔しちゃいけない。
「頑張ってね文ちゃん。私も応援してるから」
「ふぁい! 文は頑張っちゃうのですよ!」
 高らかに拳を天に突き上げる日比野文から思わず視線をそらしたシャルナは、ようやく訪れた胸の痛みを表情に出さないよう奥歯をかみ締めるのだった。


 決別したとはいえ親友が関わる以上、生徒会選挙に無関心ではいられない。シャルナはそれとなく生徒会選挙の制度と見通しについて
情報を集め始めたのだが……その見通しは惨憺たるものだった。
 生徒会長の立候補者は2名。新人の日比野文と、現職にして2期目を目指す桂ヒナギク。だが2人の対決は一騎打ちの盛り上がりとは程遠い、
消化試合にも似た冷めた雰囲気に包まれたものだった。なにしろ桂ヒナギクといえば学年主席の特待生にして剣道部のエース、
しかも学園トップレベルの美貌と気さくな人柄で知られた有名人であり、葛葉キリカ理事長代理との抗争を含む数々の伝説を残しつつ
1年生ばかりの生徒会を無事にまとめ上げた“リア充の星”である。そんな彼女が2期目を目指すとなれば競ったところでピエロも同然、
しかも対抗馬である1年生は知名度ゼロ……事実上の信任投票、台本の決まってるプロレス選挙、2重の意味での鉄板選挙と
陰で揶揄されているような状況だったのだ(『鉄板』に秘められた2つ目の意味については誰もが黙して語らなかった)。
《まぁ、会長になった文ちゃんなんて想像もできないし……これだけ差があれば負けても諦めがつくってものよね、きっと》
 どうやら日比野文が当選しそうに無いと悟ったシャルナは、どこかホッとしている自分自身に嫌なものを感じて、激しく頭を振ったのだった。


 やがて生徒会選挙が正式に告示され、2週間の選挙戦が始まる。しかし現職の強みを生かして初日からポスターや知人ネットワークを駆使する
桂ヒナギク陣営に対して、日比野文の空回りっぷりは目を覆わんばかりだった。
「ふぁい! 学食の皆さんこんにちは、生徒会長候補の日比野文どぇす! ふーみんって呼んでくだ……」
「こら! 逃げ場のない食堂や教室での選挙活動は禁止です! 初日から何やってるんですか、あなたは!」
「え、えぇっ、そんな……」
 常識の無さがどうこうというより、その程度のことすら忠告してくれる子がいなかったのか、と話を聞いたシャルナは頭を抱えた。そして美術の授業でも、
「ふぁい! 屋外写生中の皆さんこんにちは、文が来たからにはもう安心ですよ! くそ面白くもない写生なんか放っといて、文のほうに注目……」
「授業中になにやっとんじゃゴルァ!」
「ひ、ひぃ~~ん……」
 こうして日比野文の知名度はゼロから徐々に上がっていったのだが……それは頼れる生徒会長候補としてではなく、傍迷惑な珍獣としての
それだった。そんな彼女の評判をシャルナはしばらく静観していたが、それでもなお次々と耳に飛び込んでくる彼女の武勇伝を聞いているうち、
ふと思い至ったことがあった。
《ひょっとしてあの時の文ちゃんの言葉……選挙活動で忙しくなるから空いた時間に私と遊べなくなるって、単にそれだけの意味だったんじゃ? 
もしそうなら、勝手に別れの言葉と思い込んで拗ねていた私って……》


 文ちゃんに謝ろう。でもなんて言って謝ったらいいんだろう。『文ちゃんに嫌われてると思い込んでごめんなさい』なんて言われたって困るわよね?
 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、鞄を手に提げて下校するシャルナ。だがそんな彼女の耳に、元気な親友の泣きそうな声が飛び込んできた。
「こんにちは! 文の話を聞いてください! この学園をパラダイスにするですよ! 文に力を貸してください!」
 学園の門塀の上に登って、下校する生徒たちに向かって声を張り上げる日比野文がいる。スカートを下から覗かれるのも構わずに、
通り過ぎる生徒たちに必死で訴えかける少女が目の前にいる。だが珍獣の噂ゆえかスカートのことを気にしてか、生徒たちは目を伏せたまま
足早に通り過ぎていくばかりだった。文の話を聞くために立ち止まろうとするものは誰一人としていなかった。そしてその足元では、
門塀の上から撒いたであろう文の写真入り宣伝チラシが次から次へと踏み潰されていった……。
「文ちゃん!」
 もう言葉なんて選んでいられない。考える前に唇と身体が勝手に動いた。シャルナは鞄を放り出すと、一目散に文のもとに駆け寄っていた。
「なんですかシャルナちゃん。文はとっても忙しいのです」
「私もやるわ! 一緒にパラダイスを作りましょう!」
「えっ……シャルナちゃん、シャルナちゃんは分かってくれるのですか! さすがはシャルナちゃんです!」
 瞳に涙を溜めかけていた日比野文は一瞬にして笑顔を取り戻すと、塀の下にいるシャルナに向かってダイビングタックルを浴びせてきた。
そして文と一緒に倒れこみながら、シャルナは胸の奥のしこりが綺麗に洗い流されていくのを感じていた。
《まったくもう……文ちゃんったら、私がいないとダメなんだから》