とんでも設定。三人揃わないと絶対嫌なワガママ娘たち |
- 日時: 2014/10/25 13:37
- 名前: 餅ぬ。
クーラーの設定温度は二十八度とちょっと高め。一昨年から出しっぱなしの扇風機を部屋の隅から引きずり出して回す。 やたら埃くさい風が汗で張り付いたTシャツと肌の間を通り抜けていって、なにやらバタバタと騒がしい。 しかし風を浴びてもなびく髪が無いというのは、案外少し寂しいものだ。長年伸ばしていた髪を気まぐれに切り落としたのはつい先日のことだった。 短く切りそろえた髪を指先で弄りながら、私は埃くさい風を顔面に浴びる。首元は涼しいのだが、初めて作った前髪が非常に鬱陶しい。 鬱陶しさに耐えかねて、テーブルの上に無造作に放り出してあった長年愛用のカチューシャを装着する。当たり前だが、実によく馴染む。
額に浮かぶ汗をシャツの肩口で拭って、風に吹かれてパラパラとジッとしていないもみあげを耳にかける。 その動作を三度繰り返したらやっと汗も心も落ち着いて、私は部屋の隅に居座る彼女を見た。
汗なぞ一つもかいていないコイツは前にここで死んだらしい。
そのときは今みたいに夏ではなく、まだ暖かくなり始めた春先だった。だから彼女はいつだって、厚手のカーディガンを身に纏っている。 夏はきらいだな、早く春になってほしい。そう呟くと、彼女は彼女らしからぬ穏やかな笑みを浮かべた。
「ん? 理沙。お前、昔はそんな風に笑ったか?」
夏の亡霊は私の声なんて届いていないように顔を伏せ、きっちり足をそろえてお行儀よくソファに座っているままだった。 彼女は目の前に現れてから一度も私の問いかけに返事を返してはくれない。姿はここにあれど、やはり彼女は彼岸の人というわけか。
私はこの人生になる前の人生を知っていた。前世、というものではなく、ひとつ前の世界とでも言った方がいいかもしれない。 胡散臭いことこの上ないが、私は一度目の人生を順風満帆に終えてからずっと、二十数年間をループしているのだ。 そして幾度どなく繰り返してきた短い人生の中で、たったの一度も理沙と泉に出会ったことはない。たとえどちらかに運よく出会えても、そのうち一人は必ず欠けていた。
一人ぼっちはいやだった。二人ぼっちもいやだった。三人一緒がよかったのだ。 きっと一度目の人生の記憶が無ければ、こんな苦しみを感じることなんてなかったのだろう。 しかし私の脳は彼女たちと笑い泣き、ともに息をしていた日々を色鮮やかに覚えているわけで。 あの美しい日々を、もう一度過ごしたかった。 しかし目の前の亡霊は前の世界の姿のままで、新しい人生を与えられることはなかったのだ。この世界で三人が揃うことは決してない。 形だけが存在する彼女は、もしかしたら前の記憶なんてないのかもしれない。唇を噛む私とは対照的に、穏やかに目を細める彼女の顔がそう物語っている……気がする。 目の前の彼女は単なる幻影で、虚像で、大好きだったのだけれど、私のため息と共に揺れて消えた。 彼女が居た場所を、なぞるように見つめる。もう一度小さなため息をついた。 それとほぼ同時に、傍らに置いてあったスマホがぶるりと震える。ゆっくりと画面を開くと、そこには思った通り、泉からのメッセージが表示されていた。
『今回は理沙ちんがいなかったね。それじゃあ、先にいってます』
ああ、と返事とも嗚咽とも分からぬ声が漏れた。先にいった泉を想って、私はスマホの画面を手のひらで優しく撫でた。 そして再び視線を彼女のいたところに戻し、薄らと作り笑いを浮かべて見せた。誰も見てはいないのだけれど。
「ねえ、理沙、泉。あと何回繰り返したら一緒になれるんだろうね。……ねえ」
ただ私たちは、また三人で一緒に笑いたいだけなのに。
その日私は首を吊る。 希望への自殺を繰り返す。 今回の人生でも、泉以外で唯一仲良くしてくれた桃色の髪の想い人にごめんなさいと心の中で謝った。 叶わぬと分かっている恋よりも、私は彼女たちとの美しい日々を選んだ。これはもう、毎度のことである。
「逢いたい、逢わせて」
書き殴りの遺書にはそう書いた。それだけだった。
○ ○ ○
肌寒い日々が続いている。三月だというのに、春はまだまだ遠い。 愛用のカーディガンを未だに脱ぎ捨てられずにいる私の目の前には、季節外れの薄いTシャツ姿の親友とワンピース姿の親友がお行儀よく並んで座っていた。 見慣れた懐かしい笑顔と、見慣れぬ懐かしい笑顔を見て、私は一人呟いた。
「ん? 美希。髪切ったのか」
返事は返ってこなかった。まあ、亡霊が返事をするわけなんてないのだけれど。
「……また、逢えなかったなあ」
ゆらりと消えた二人を見送った後、そうひとりごちて、私はその日首を吊った。 次こそは、また、次こそは。それだけを願って、私は一人ぼっちで死んだ。
【いつか、また】
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