完全な私得小説。仲良しな瀬川兄妹が好き! |
- 日時: 2013/06/21 04:21
- 名前: 餅ぬ。
「見よ! 虎鉄くん!」
学校から帰って早々私の部屋に乱入してきたお嬢。バァーンというど派手な効果音を背景に描きながら、小さな可愛らしい小箱を見せつけて何とも偉そうに仁王立ちをしている。 喜びを隠しきれないと言った様子で満面の笑みを浮かべるお嬢を見て、思わずこちらもその笑顔に絆されて頬を綻ばせた。 そして仏頂面の私にしては大変珍しい穏やかな微笑みを顔に張り付けて、ドアを開け放ったまま踏ん反り返っているお嬢に言った。
「お嬢、着替え中だから早くドア閉めて」 「……いやん、虎鉄くんの破廉恥! そんなもの見せないで!」
着替え途中で上半身裸の私を見るや否や、人の体をそんなもの呼ばわりしてお嬢は力強くドアを閉めた。勝手に見たくせにと一人ごちながら、私は新しいシャツに手を伸ばした。 早いとこ着替えを終えてお嬢の自慢を聞いてやらねばと、ボタンを止める指先を速める。それにしても、自慢のブツであるらしい先ほどの小包はなんだったのだろうか。 淡いオレンジ色の包装と、少し洒落た結び方の真っ赤なリボンが特徴的なあの小さな箱。その箱の正体は、少し考えを巡らせればすぐに答えが導き出された。
(あー……誕生日だ)
今朝お嬢にプレゼントを渡したことを今の今まですっかり忘れていた。 十数回繰り返される恒例行事はその目出度さに毎度変わりはないけれど、数を重ねるにつれて少しずつ存在感が薄れていく……ように感じる。 それはお嬢に比べれば毎年大して祝われない私の物差しでの判断だが、高校生ともなれば昔ほどプレゼント一つに喜び勇むわけでもなく。 けれどいつまでたっても純粋な、言い方を変えれば子供っぽいお嬢にしてみれば、誕生日は何度重ねても色褪せることはないのだろう。 だから、小さな箱一つであれだけ大喜びできるのだろうなと、私は思う。しかし、今まであんなにお嬢がプレゼントを自慢してきたことがあっただろうか、と少し首を捻った。 まあ、聞いてみればわかることだと割り切って、着替えの仕上げにネクタイをきゅっと締める。そして自慢したくてソワソワしているであろうお嬢を探すべく、私は部屋を後にした。
「あ! 虎鉄くんやっときた! 早くこっちきて!」
私がリビングに到着するや否や、ソファに寝転がっていたお嬢は目をキラキラと輝かせながら私を呼び寄せる。もちろん、体勢は寝転がったままである。 忙しなく足をパタパタと動かしながら、お嬢は例の小箱を嬉しそうに両手で包み込んでいた。お嬢の手にすっぽりと収まってしまうあたり、かなり小さなものであるらしい。 えへへーとだらしない表情を浮かべるお嬢の隣に立って、彼女の手の中にある小箱を覗き込む。 リボンに挟まれたメッセージカードらしきものには、可愛らしい文字で「誕生日おめでとうございます」と書かれていた。 そりゃもう、そこらの小娘の丸文字なんぞ目じゃないほど可愛らしい文字で。多分いい匂いとかする。絶対する。嗅がせてほしい。 ああもう。あの文字で私の名前……できれば私の苗字とやつの名前を合体させた名前を書いて欲しいなんて思ってしまうほど、小悪魔的に愛らしい文字。 この胸の高鳴り、間違いない。
「……お嬢、それ……!」 「うん! ハヤ太君から貰ったの! 今年はケーキとクッキー、二つも貰っちゃったー」 「どっちか下さい! マジでほんとお願いします」 「やだ! そしてケーキはお昼休みに学校で食べちゃいました! 苺のタルト、すっごく美味しかったー」 「お嬢ぅぅぅっ……!」
綾崎の手作りタルトの味を思い出しているのか、うっとりと夢見心地な表情を浮かべるお嬢。周りに漂うぽわぽわした空気が、私に突き刺さる。思わず膝を折った。 悔し泣きに伏した私を見ても、お嬢は相変わらずフニャフニャの笑みを浮かべている。執事としてあるまじき暴挙であることは分かっているが、その幸せそうに緩んだ頬を突きまわしたくて仕方ない。 こうなったらケーキやクッキーなんて言う贅沢は言わない。せめて綾崎が触れたであろうあの包みとかリボンとか、出来ることならメッセージカードを頂きたい。 綾崎が心を込めて触れた。その事実さえあればもう何もいらない。私も暫くは安泰だ。何がっだって? それは言えない。
「お嬢! クッキーくれとは言わない! せめてその包みとかリボンとか、出来ればメッセージカードを私に……!」 「にははっ、虎鉄くん必死だねぇ」
お嬢は私を見て笑う。その笑顔はいつも以上に柔らかくて幸せそうだったけれど、私には悪魔の笑みにしか見えない。 生まれて十余年、お嬢と共に育ってきた私には分かる。あのちょっと眉を潜めた可愛らしい笑顔は、お断りの言葉を言う直前の顔だ。 けれど、もしかしたらそうじゃないかもしれない! その一抹の望みにかけて、私はお嬢に縋りついた。 「頼む! ホントお願いします! お嬢! 私の誕生日プレゼントだと思って……!」 「わわ、こ、虎鉄くん! 床に頭こすり付けないで! なんか、すごい悪いことしてる気分になる! 顔上げてよぉ!」
お嬢が焦った声色で私の懇願を制止する。もしやと思い、ゆっくりと顔を上げると、お嬢は困ったように首を傾げながら私を見て微笑んでいた。 おでこ真っ赤だーと笑うお嬢を見て、私の中に芽生えていた小さな希望が少しずつ大きくなっていく。これは、いけるかもしれん。
「お、お嬢……! もしかして……?」 「まあ、リボンも包みもあげないけどね」
前言撤回。全然いけなかった。
「なんで今の流れで断るんだよお嬢ぉぉ! 喜び損だ! 私の土下座を返せ!」 「む、虎鉄くん! お嬢様に逆ギレはいけません! ダメ執事の烙印を押すよ!」 「ダメでも構いません! 俺は愛に生きる!」 「こ、このダメダメ虎鉄くん!!」
お嬢の右手が私の頭をぺしりと叩いた。それは触れたという表現の方が正しいのではないかと思うほど、何の痛みもなかったけれど、私は少なからず衝撃を受けた。 まさかお嬢に躾を施される日がこようとは。悪いのは暴走した私だけれど、それを正せるだけの良識と行動力を身に着けたお嬢に少しだけ成長を垣間見た気がした。 それは執事としての喜びか、または兄としての喜びか。まあよく分からないけれど、私の暴走しかけた感情をほんわかとさせるだけの力が、今の一撃にはあった。
「もー、虎鉄くん! 人の話は最後まで聞くのだ! 虎鉄くんは電車とハヤ太君のことになるといっつも暴走するんだから……」 「……すいません」 「うむ! 素直でよろしい!」
ソファに座るお嬢に向かって正座する形で、我に返った私は頭をしな垂れる。頭上から降ってくるお嬢の満足げな声も、右耳から左耳へ貫通していく。 私は今年も綾崎から何も貰えないのか。ツンデレだツンデレ、と前向きに解釈しようにも、らしくもなく落ち込んだ今の私には少々難しい。 しょんぼりとしょげ返っていると、俯く私に何故かメッセージカードを手渡してきた。もしかしてくれるのか?
「くれるのか?」 「だからあげないってば。あげないけど、そのカードよく読んでみて」
白いカードに書かれた綾崎の直筆メッセージ。鼻に近づけて思いっきり嗅いでみたくなる衝動をどうにか押さえつけながら、私はその可愛らしい文字の羅列を目で追った。 そこには短いながらも、なんとも愛に溢れた言葉が書かれていた。
『泉さん、お誕生日おめでとうございます。 ついでに虎鉄さんもおめでどうございます。 少ないですが、お二人で仲良く食べてください』
「……お嬢……っ!!」 「へへー。これ見たら絶対虎鉄くん喜ぶと思って、飛んで帰ってきたんだよ? 良かったねぇ、虎鉄く……って、マジ泣きしてる!?」
私は泣いた。男泣きに濡れた。人生十数度目の誕生日にしてこんな素晴らしいサプライズが訪れようとは。生きてて良かった。人生最高。 多分目を真っ赤にして泣いているであろう私を、若干引き気味の様子で眺めるお嬢だが、その笑顔はとびきり優しい。さっきは悪魔なんて言ってごめんなさい。
「もー……虎鉄くん泣き過ぎだよ? さすがにちょっと引く」 「ああ……。ああ! いくらでも引いてください、ドン引けばいいとも! 私は今、猛烈に感動しているんです、お嬢!!」
出来るだけカードに皺を残さないよう、けれど強く握りしめながら私はお嬢に言う。
「嬉しいのは分かるけど、喜び過ぎだよぉ。……ハヤ太君が直接渡さなかった理由がわかるなぁ」
貞操的な意味で、となんだかお嬢がらしくない難しい言葉を呟いたが気にしない。
「お嬢、もうこれはアレだと思いませんか」 「あれって何?」 「もう愛の告白ですよね。手作りのクッキーをプレゼントとか、プロポーズにも等しいですよね。 お嬢すいません、私明日辺りオランダ行きの飛行機手配してきます。綾崎マジ照れ屋さん」 「おお、虎鉄くんが穏やかに暴走している」
とうとうドン引きして笑顔が引きつりだしたお嬢を余所に、私は今後の綾崎との新婚生活について夢を膨らませていた。 ブランコのある白い小さな家に二人で住み、慎ましいながらも愛で満ちた生活を送る日々。 エプロン姿で私を迎える綾崎。私の曲がったネクタイを直す綾崎。照れながらも快くメイド服着てくれる綾崎。私に微笑む綾崎――。 あああああ、辛抱堪らん。
「虎鉄くん! よだれが気持ち悪い!!」 「うぐっ!」
妄想世界へトリップしているとお嬢の一撃で現実世界へ引き戻された。その攻撃は頭でもなく、頬でもなく、まさかの口元に向けられた。 お嬢の手によって半開きになっていた私の口に押し込められた、何やら小さくて固いもの。その衝撃で、思わずくぐもった声が出た。 一瞬何が何だかわからなかったが、咥えているうちに口内に広がってきたほんのりとした甘さとチョコレートの味でその物体の正体がクッキーだと理解した。
「……甘い」 「チョコレート味だよー。あとプレーンと苺味があるけど、虎鉄くんどれ食べたい?」
口の中に押し込まれた一口サイズのクッキーをもぐもぐやりながら、お嬢の両手に包まれた小箱の中を覗き込む。 そこには十個ほどの色とりどりのクッキーが所狭し敷き詰められていた。所々欠けているクッキーがあるのは、多分お嬢の扱いが雑だったからだろう。
「ハート形ないんですか、ハート」 「苺味がそうだけど、虎鉄くんにはあげません! 私が食べます!」 「くっ……お嬢め……!」 「ふっふっふー。ここはお嬢様である泉を優先してもらわないと! 虎鉄くんはお星さまでも食べてるのだ!」
そう言ってお嬢は私の掌に星形のプレーンクッキーを一つ乗せた。自分はハート形の苺味を美味しそうに貪っている。羨ましい。 というか色別に形を変えるとか、相変わらず綾崎は可愛いことをする。女子力とやらが多分振り切ってるんじゃないだろうか。切実に嫁に欲しい。
「ほらほら、虎鉄くん。床になんて座ってないで、お隣おいでよ」
お嬢は隣の空席部分をポンポンと叩いて私に座るよう促す。断る理由もないので、私は大人しくお嬢の隣に腰を下ろした。 そしてお嬢が先ほど掌に乗せた星形のクッキーを小さく一口齧る。固すぎず柔らかすぎず、サクサクとした食感が心地よい。
「んーっ! タルトもおいひかったけど、クッキーもおいひい!」 「お嬢。飲み込んでからしゃべる」 「むー」 口元を緩々にしながらも、味の感想を伝えたがるお嬢に一言注意を促す。少し不服そうに頬を膨らませたお嬢だが、大人しくクッキーを味わうことに専念しだした。 私も妄想と暴走もそこそこに、綾崎が作ってくれたクッキーに舌鼓を打つ。でもこの生地を綾崎が一生懸命こねたのだと思うと、なんかもう昂らずにはいられない。 ちらりと横を見ればお嬢がだらしない顔で三枚目のクッキーに手を伸ばしていた。もぐもぐと動く口元は、ご機嫌な猫のように弧を描いている。 そして最後の一枚であるハート形を摘まんだお嬢は、ほんのりと頬をそのクッキーと同じ色に染めながら穏やかに微笑んだ。なんともまあ、幸せそうだ。 暫しクッキーを眺めていたお嬢が、おもむろに私の顔を見た。そしてにっこりと私に向かって微笑んだ後、お嬢は言った。
「虎鉄くん、お誕生日おめでとう」
予想外のお嬢の言葉に目を丸くしていると、お嬢は私の掌を無理やり広げさせて、摘まんでいたハート形のクッキーをちょこんと置いた。
「これ、私からのプレゼント! 大事に食べるのだよ!」
そう言ってふふんと少し得意げに微笑んだお嬢に、これ綾崎が作ったやつじゃんなんて言えるわけもなく。そんなツッコミを入れるほど、私も野暮な男ではない。 手のひらに乗ったハート形を眺めていると、少しだけ口の端が綻んだ。綾崎の手作りというのはもちろんだけれど、お嬢がくれたということが何だか無性に照れ臭くも嬉しかった。 「あっ、珍しい! 虎鉄くんが普通に笑ってる!」
世にも珍しい私の普通の笑顔に喜びの声を上げるお嬢。そんな彼女に向かって、私もお返しに一言贈ってやった。
「泉も、誕生日おめでとう」
私の不意打ちに少々驚いたらしいお嬢は、先ほどの私と同じく目を丸くしていた。けれど、さすがはお嬢。すんなりと私の言葉を受け入れて、綻んだその口元により一層笑みを浮かべた。 えへへと小さく笑い声をあげた後、クッキーを一つ摘まんで口の中に放り込んだ。サクサクと軽い音を響かせながら、わざとらしくくぐもった声で。
「ありがとね、虎鉄くん」
わざと食べながら話すのはお嬢なりの照れ隠しだろう。少々お行儀は悪いが、その可愛らしい妹の行動を前に怒る気などなれず。 もふもふと口を動かしながら嬉しそうに、幸せそうに笑うお嬢を暫く眺めた。そして掌のクッキーの存在を思い出し、私はお嬢に負けじと口元に笑みを浮かべた。 薄いピンク色のクッキーを見つめる。お嬢と綾崎からだと思うと、何というか、らしくもなく、自分が幸せ者であると感じてしまう。 何だか幸せボケしている自分がおかしいやら恥ずかしいやらで、せっかくのクッキーを徐に口の中に放り込んだ。それに、ハート形だし丸ごと一気に食べたほうが良いような気がしたのだ。 口の中でふわりと広がる苺の甘酸っぱさ。これはあれだ。多分、これは。
「うん、愛の味……というか綾崎の味がする」
そうぽつりと呟いた私を見つめるお嬢の顔は、やっぱり苦笑いというか、あからさまに引いていた。先ほどまでの和やかなやり取りがあっただけに、少しばかり傷ついた。
「まあ、それでこそ虎鉄くんだよね」 呆れたように、けれど酷く優しい声色でお嬢が言う。少し大人びたように聞こえるその口調は、もしかして誕生日を迎えたからなのだろうか。 そしてお嬢はにっこりと笑顔をこちらに向けたまま、私に問いかけた。
「虎鉄くん、誕生日ってなかなか良いものでしょ?」 「……そうだな。あと、綾崎からこう、あーんってしてもらえたら言うことなしだ」 「もー、虎鉄くんのわがままー」
口ではそう言いながらもどこか満足げに笑うお嬢の顔を見て、私の照れ隠しは無駄だったということを悟る。 綾崎にあーんとかして貰いたいというのは、紛れもない本心なのだが。
「お嬢、来年はここで綾崎にケーキを作ってもらおう。私頑張って結婚するから」 「うわー、ハヤ太君逃げてー。ちょー逃げてー」
残り少なくなったクッキーを二人でもぐもぐやりながら、他愛もない会話を交わす。 日常と何ら変わりない光景だが、何故だか妙に暖かく感じられるのは、きっと今日が私と泉の誕生日だからだろう。 長らく忘れていた『楽しい誕生日』の感覚を思い出させてくれたお嬢と綾崎に、心の中でこっそりと礼を言った。 願わくば来年も再来年も、これから先もずっと、お嬢がこうして笑っていられる誕生日が訪れてくれればいいなと思う。ついでに、私も。
できれば来年は綾崎が体にリボン巻いて、いやいや全裸とかじゃなくてもいいからとりあえず可愛い格好してだな、それからこう上目使いでわたしを見上げry
【ちょっと幸せな日】
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