Re: 止まり木10周年&ハヤテ誕生日祝い記念ss2022 |
- 日時: 2022/11/11 21:29
- 名前: ネームレス
- 夢は見るものだ、と人は言う。
現実を見ろと、人は言う。 なら今の私は、今何を見ているのだろう。 夢の残骸。現実の残滓。 ただ一つ明らかな事は、私の手の中にあるそれは。インクの匂いがするということだ。
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【負け犬公園】 そこで私はカップ酒を片手に空を見上げていた。 雪こそ振っていなくとも、気温は冷え込み冷たい空気が体の芯が凍り付くような感覚を覚える。それを酒で紛らわせながら、ただぼーっと空を見上げていた。 今はただ、なにも考えていたくない。空っぽになった心にアルコールが染み渡る。
「.....はぁ」
吐いた息と共に金色の髪は揺れ、エメラルドを思わせる碧眼は虚空を見つめる。身体パーツはまさに完璧なまでの美少女__否、美女であるというのに、身にまとう安っぽいジャージがすべての要素を台無しにしていた。 その女性の名を三千院ナギ。漫画家志望の現役フリーターであった。
「世界が滅びないものか」
不意に、呪詛のような言葉が漏れる。 うまくいかない事は世界へ責任転嫁。ダメ人間の悪い癖である。
「滅多な事を言うもんじゃないぜ、ナギ姐」 「うおっ、いつからいたのだマサキ」 「今さっき」
竜胆雅紀(リンドウマサキ)。 去年くらいから伊澄の家に住み込みで働いている少年である。 詳しくは「【大遅刻】鷺ノ宮伊澄2021誕生日祝いss」の最後の方にざっくり書いているからそっちを読め(by作者)
「まったく、世界を守ってる身としては、簡単に世界よ滅べなんて言わないでほしいもんだな」 「お前はそろそろ中二病を卒業したらどうだ」 「誰が中二病だ!」
マサキが世界がどうのだの、古代の竜が目覚めるとかどうの騒ぐが、ナギは全スルーした。何度も聞いたし、漫画のネタになるかもとマサキの話す内容はだいたい記憶してるが故の全スルーである。復刻イベのストーリーはスキップによる時短がデフォである。
「ったく、どうせまた漫画が落選したとかだろ。落ち込む暇があったら次のテーマでも考えたらどうだ」 「......」
ナギはその場にうずくまった。
「あ、いやわりぃ」 「いや、お前の言うとおりだ。だがな、あれだ。私ももう31......。なまじ周囲に成功者が溢れていると、立ち上がるのにも時間がかかる......」
ナギの頭に思い浮かぶのは、学生時代に交友を持った者たちだ。 ハヤテは他の知り合いと共に会社を立ち上げ成功させた。今やそれなりに裕福に暮らせるエリートだ。 東宮は漫画家として成功を収めて今も元気に〆切に追われている。ある意味ナギの理想像だ。 ルカは出会ったころからアイドルとして成功していたが、今や生きる伝説扱いである。SNSを使い、自らの日常で起こった面白い事を漫画にして投稿してたりしてる。夢の形こそ変わりはしたが、アイドルと漫画。二つの道を突き進んでいる。 他の知り合いもだいたいはそれぞれの道を進み、家業を継いだり就職したりだ。
「私だけ、同じ場所で足踏みしてる」
目の前が滲み、視界がぼやける。歳をとって、涙腺も壊れたか? ......いや違う、これは__
「いや、ちょっとナギ姐。ここで寝るな、おい! おーい!」
意識が遠のき、体の制御が効かなくなる。 すきっ腹に酒は危ないのだと、改めて認識するのであった。
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夢の中の私は、いつもツインテールだ。 自信にあふれ、夢に満ち、現実を知っていた。 今にして思えば、あの頃が私のピークだったのかもしれない。 特に、ハヤテと出会ってからの私は、まさに無敵だった。なんだってできる気がした。......いや、運動とか当時は無理だったな。料理も米をとぐのに洗剤を使おうとするバカ者だ。 けれど、あの時は。 自分の漫画は面白いのだと信じて疑っていなかった。
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「ナギ。起きてナギ」
とても聞き馴染みのある声に導かれ、意識が浮上する。なにか、暖かい物が体にかけられているような......うん? 布団?
「ん......ここは」 「起きましたかナギ。おはようございます」 「......はぁ」 「起きてすぐため息は流石に傷つくんですが......」 「いや、すまん。迷惑をかけたなハヤテ」 「いつものことですから」 「それはそれでまずいのではないか......?」
ため息は「またこのパターンか」というため息である。三千院ナギ、なにかあれば負け犬公園でカップ酒を飲む習慣がついたがゆえに、外で眠りそうなところを知り合いの通報でハヤテの住んでるマンションへ連行される常習犯であった。 自立してなお、二人の関係は形を変えて続いている。
「今、胃に優しいもの作ってますからもう少し待っていてください」 「わざわざすまないな」 「いつものことですから」
そう言ってハヤテは台所へ向かい、ナギは遠ざかっていく背中を見つめた。 しばらく、場には静寂が満ちる。
「お待たせしましたナギ」 「相変わらず早いな」 「慣れてますからね」
流石は元執事、などと軽口をたたきながらナギはハヤテが作ってくれた雑炊を口にしていく。病人でもないが、ハヤテの作る料理は大抵こちらの好みに合わせて作られているので問題は無い。
「今千桜さんに電話しますね」 「ん?......ああそうか、知らないか。今あいつは部屋にいないぞ。なんなら電話に出るかもわからん」 「え? それはどういう」 「少し前から、仕事用に別のマンションの一室を使っている。流石売れっ子作家だな。今頃〆切に追われてしりに火がついている頃じゃないか?」 「なるほど。じゃあカユラさんに」 「あ、カユラもダメだ。あいつは出ていった」 「はい?」 「ある日ふらっとな。携帯も解約したのか番号が変わったのか連絡がつかん。他のツールも軒並みダメだな。あいつは世捨て人にでもなるつもりか?」
なお、SNSの方は稼働しているので安否確認はできている模様。
「じゃあ、今はアパートには誰もいないと」 「そう言うことだな。アパートの一室は私が漫画書くのに使っているから、千桜も気を使ったのだろうな。本来は私が出ていくべきだったのだろうが......。カユラに関しては元々ふわふわした約束で今まで一緒にいたようなものだ。今までもふらっと消えては大量のグッズ漫画ラノベを仕入れてきてたから、今回もそういうもんかと思ったが、まあこの感じだと帰ってこないだろうな」
見切りでもつけられたか、などと言うものの言葉にはわずかな寂しさが含まれていた。
「ナギ......」 「なんて顔をするのだ。今更出会いと別れで一喜一憂する世でもあるまい。SNSではいまだに元気に活動してるのだからそれでいいだろう。まあ、なんだ。愚痴を言う相手がいないのは、なかなか寂しいがな」
ハヤテを前に素直な思いがこぼれる。昔なら絶対に言わないだろうなと思いながら。 そんなナギの様子にハヤテもハヤテで随分メンタルが弱っているなと気付く。
「その、この流れで聞くことでもないのですが」 「ん? ああ、まあお察しの通りだな。ダメだったよ、また」
ナギは脇に置かれていた封筒をハヤテに手渡す。中身は当然、ナギが描いた漫画だ。 昔と比べ荒っぽい線は随分と綺麗になり、話も読者目線で飲み込みやすくわかりやすい。ストーリーも起承転結でわかりやすくまとめられた、決してつまらない内容ものではない。成長したナギだからこそ描ける、そんな漫画だ。
「どう思う」 「面白い、と思しますよ。本当に」 「ありがとう。私もそう思う」
自信があった、と言う風には見えない。
「だが、一兆部売れる漫画でないだろう」
その言葉に、ハヤテは何も言えない」
「ま、なんだ。売れる内容ではなかったということだ。奇をてらった内容ではないがその分パワー不足だった。今時、読むだけで胸が熱くなる漫画と言うのも探せばいくらでもある市場で、私の漫画はわざわざ売ってまでその価値を試す価値もない__そういう話だ」 「そんなことは」 「あるんだよ」
自らの手を見詰めるナギ。その手はインクで汚れていた。ペンだこもできている。昔のようなきれいな手ではない。いくつもの作品を描いてきた手だ。
「ブリトニーは最後まで読んですらもらえなかった。お前との生活を基に描いた漫画は読み切り掲載こそされたが連載まで行かなかった。ファンタジーにチャレンジした事もあったな。ラブコメもなかなかに奥が深い。SFやミステリーなどもいろいろ資料を漁ってリアリティを出す努力をしてみたりもしたがなかなかな。コメディもあれで狙って笑える内容を描くのは至難の業だった」
17年。その数字は決して軽くない。溢れる言葉は濁流のごとく流れ出る。
「バイトしながら日常のいろいろな事をメモして、漫画に使えないか考えた。部屋の間取りから主人公たちの暮らしを夢想した。いろいろな小物から建物、背景になりそうなものは描けるだけ描いた。千桜のところで厄介になりながら、ネットで流行を拾い、東宮に頭を下げて手伝わせてもらった事もあった。プロの現場というものを知りたかった。アシスタントになってひたすら漫画につぎ込んだ時期もあった。ダメでも次だと取り組んだ。苦手なジャンルにも取り組んだ。思考錯誤した。次も次も次も次も次も__それでもダメだった」
__いい加減疲れた。
「......ナギ」 「ん、ああすまん。こんなことを言うつもりじゃなかったんだ」 「いえ、それはいいです。ただ」 「なんだ?」 「ちょっとお時間いただきます!」 「お、おいハヤテ!」
ハヤテはその場から立ち上がると、素早く別室へと向かった。
「なんなんだ、ったく」
ぼすんと、そのまま横たわる。現実から目をそらすように腕で目を隠す。まあ、夢の中もつらいものだがな、などと思いながら。 一人の時間は少しきつい。何もない自分を直視してしまうから。ただ無駄に歳を重ねただけの自分を自覚してしまうから。 いつからこんな、つまらない大人になったのか。 特別ななにかになりたかったはずなのに。 一兆部売れる漫画を描きたかったのに。 夢は砕け現実に打ちのめされ、自分の手にあるのは何にもなれなかった残骸だけだ。
「マリア......」
不意に呟いてしまう。姉のようで、母のようで、ハヤテよりも前から私の側にいてくれた人。今はもう、離れた時間の方が長くなってしまった。 名を呼ぶ事に意味はない。ただ、何かに縋りつきたかっただけだ。 彼女に再開した時、胸を張れる自分でいたかったな、と思わずにはいられない。今ではもう、その自信すらどこかへ消えた。
「お待たせしました、‘‘お嬢様‘‘」 「ん、ああ、別に待っては......は?」
声が聞こえ、体を起こし視線を声の方へと向けた。その瞬間、思考が一瞬止まる。
「えー、こほん。お嬢様。なんなりとお申し付けください。この綾崎ハヤテ、お嬢様の為ならいくらでも力になる所存です!」 「い、いや、なんでお前執事服、と言うかそんなテンションじゃなかったろ」 「ははは、まあそこは、久しぶりに着るのでこちらもちょっと緊張してしまって」 「いや、というかもうお嬢様って柄でも、ああくそ、調子狂うな」
ハヤテの執事服を見て少しだけテンションが上がってしまったのが悔しい。
「お嬢様」 「なんだ、今ちょっと混乱して」 「一人で抱え込まないでください」 「......」 「辛いときは吐き出してください。逃げたい時はいつでもここに来てください。合いカギはそのために渡してます。漫画の事は僕はもう手伝えませんが、健康面ならサポートできます。僕だけじゃないです。きっとお嬢様が手を伸ばせば、その手を取ってくれる人はたくさんいるはずなんです。
__過去でも未来でも、僕が君を守るから」
それは遠い昔、自分をマフィアから救ってくれた男が言った言葉。いつかハヤテが自分に送ってくれ他言葉。
「もう執事じゃないから、あの約束は無効なんかにはなりません。僕が言った未来には、現実(いま)だって含まれているんです。いつかナギお嬢様が僕を救ってくれたあの日から、僕はそう決めたんです。たとえそれが、勘違いから始まったものだとしても」 「ハヤテ......」 「だから、僕にもお嬢様の手伝いをさせてください」
大人になって、素直になれるようになった? どこのどいつだそんなことを言ったのは。 子どもの時よりも捻くれて、子どもの頃よりも体裁を気にして、それっぽいこと言って誤魔化して、
「辛かった」
自分の経験談を並べ立て、言葉を並べればかっこもつくってどこか打算に満ちていて、
「悔しかった」
自分の面白いを信じられなくなって、行き詰ってる現状に心折れそうになって、けど他の奴らに見られるのは嫌だって、 「昔のように描けなくなった。計算づくで描いた自分の漫画嫌いだった。面白いなんて思えなかった。自分が描いているのがなんなのかわからなくなった。それでも漫画家の夢だけは曲げたくなくて、しがみついて、義務感のように描いて、認められない現実が嫌で、自分が漫画を描く理由すらわかんなくなって」
涙がこぼれる。 声が震える。 子どもの時よりもみっともない。
「気付けば30も過ぎて、私の20代なんか真っ黒で、特別どころか平凡ですらなくて」
いつしか、人に頼る事も忘れてた。
「助けてよ、ハヤテぇ」 「お任せください、お嬢様」
素早くハヤテがスマホでどこかにメッセージを送る。 ナギはえっぐえっぐと泣いていると、スマホが震える。
【ナギ、ちょっとコミカライズの話来てるんだけど、やってくれないか?】 【アシスタントならいつでも募集中】 【バイトならいつでも受け入れてやるぞ】 【ナギ、今度また私の漫画を見てくれませんか?】 【私のライバルならこのくらいでくじけないでよね】 【我ら動画研究会、いつでも人で募集だ】 ・・・ ・・ ・
「おい、これ」 「さあ、これから忙しくなりますよお嬢様」 「いやなんか、最近話してなかった奴からもたくさん来るんだけど」 「はい。実は最近ディス○ードでサーバーを共有してて。仕事の都合で会う事もあるので。あ、今ナギも招待しますね」 「いや待て、なんで千桜もいるんだよ! 聞いてないぞ!」 「千桜さんは最近招待したので...」 「というか、これ、本当にほぼあの頃のメンツ......」 「まあ、みんな人手に困ってる感じなので、とりあえず全部手伝っていけば時間も潰れて、あと漫画のネタも多分たくさんできると思いますよ。もちろん、僕も全力でお手伝いさせてもらいます」 「お前...」
ブルルと、またスマホが震える。ツイ○ターのDMだ。
【これ、最近のおすすめ】
「......」 「お嬢様?」 「......く、ふ、ははは。本当に、どいつもこいつも」
ああ、そうだ。そういう約束だ。
「よし、ハヤテ! いくぞ、どうやら私の力が必要らしいからな。この三千院ナギ、伊達に歳を重ねたわけではない! どいつもこいつもまとめて漫画のネタにしてくれる!」 「はい!」 「あとお嬢様はやめろ!」
そうして、三千院ナギの果てしない漫画道は未だ道半ば。これからも歩き続けるのだった。 三千院ナギの次回作にご期待ください!
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夢は砕けてもまた見てしまうもので。 現実は辛くとも歩まねばならぬもの。 容易く人の心など折れない物で、いつか夢が形になるのもまた現実だ。
「お」
でかいリュックサックを背負った女性がその足を止める。目の前にあるのは一冊の、否たくさん置かれた新作漫画。
作者は、【三兆院ナギ】
「......」
女性は迷わず手に取り、レジへと持っていく。 内容は、一人の少女とそれを取り巻く人たちによる非現実な日常を描いた漫画。 その中に、テントの中で眠っているオタクキャラがいることに僅かに嬉しく思いながら、彼女は今日もオタ活をしていく。
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