聖母、健在 第2章2話 |
- 日時: 2022/02/07 00:01
- 名前: 双剣士
- 「ええ!? ちょっ……なんですかそれ!」
「まさか子供に盗られたんですか!?」 「そうみたいです……」 「も――! 大事なものはちゃんとしまっておきなさいとあれほど―!!」 背を丸めて項垂れる帝を、マリアはおかん属性丸出しで叱責する。立場も年齢も逆のはずなのに妙にしっくりとくる光景であった。 だが事情を知らないハヤテは、ナギ以外の者に遺産を奪われたと思って激しく焦る。 「お嬢さま! 大変です、遺産を継ぐ鍵は『ゆかり子』という人に持ってかれたみたいですよ! 急いでその人を探して取り戻さないと」 「大丈夫だ、ハヤテ。ゆかり子ってのは母のことだから」 「へ?」 「三千院紫子(さんぜんいん ゆかりこ)。私の母で、ジジイの一人娘だよ。この字もイラストも見覚えある。あの母だったらやりそうなことだ」 「あ、そ、そうなんですか。お嬢さまのお母さまが持ってるんだったら安心ですね。本来あるべきところに収まったって感じで……」 「もうこの世にいないけどな」 ぽそっと漏らしたナギの一言にハヤテの唇は硬直した。聞いてはいけないことだったかと彼の瞳が一瞬哀しみの色を帯びる。 だが重くなりかけた空気を振り払ったのは、その娘本人であった。 「まぁ、私はジジイの遺産に興味なんてないし、別にどうでもいいんだけどな」 「ちょ、待ってくださいお嬢さま。お母さまが鍵を持ち出したってんなら、今もきっとお屋敷のどこかに……」 「そんなわけないだろ。娘の私が言うのも何だが、性格はトンチキで性能はポンコツ、なんの意味もなくこういうことしそうな 母だったんだから。昔遊びに行ったグランドキャニオンに鍵をポーンと放り投げたのかも知れないぞ、案外」 「お嬢さま……」 「心配するな。私のことはお前が守ってくれるんだろ? それに遺産なんか無くたって構わないさ。私は将来、一兆部を超える メガメガヒット作を生み出す大漫画家になるんだからな!」
ナギはかえってスッキリした表情で部屋を飛び出していき、ハヤテが慌ててそれを追いかける。残されたマリアはやれやれと息をつくと、 真面目な表情に切り替えて三千院家当主に向き直った。 「本当によろしいんですか、鍵の持ち主に全財産を渡すなんて。しっかり管理できているならまだしも、お爺さまですら どこに行ったか分からないのに」 「……代々の習わしなんじゃから仕方あるまい。それにこの条件は他の者に口外しておらんから、大々的に鍵探しが始まることも 当分なかろう。それまでの時間稼ぎとして、さっきの借金執事の申し出に乗っておくのもアリかも知れん」 「そういうことではなくて……さっきの条件が本当なら、後継者はお爺さまと血のつながりが無くてもいいってことですよね? 生前の紫子さんの行動が想像できて、紫子さんの立ち寄った先を探すだけの行動力がある人なら……例えば私とかでも」 「おぉ、可愛いお前が継いでくれるならワシは文句は言わんよ。ナギも恐らく異存はあるまい。オーナーと経営者を分離するのは 今どき珍しくもないしのぉ」 「……例えば、姫神君とかでも」 好々爺となりかけた帝の表情がマリアの一言で凍りつく。 「……マリア、おぬしどこまで知っておる?」 「詳しいことは何も。ただお屋敷の方から、お爺さまと姫神君が喧嘩別れしたとだけ」 あの日の夕方に姫神と交わした会話のことを、マリアはあえて口に出さなかった。隠しておきたいわけではない。あの日に見せた、 紫子に対する姫神の執着……それを明らかにするためには、帝に先にしゃべらせた方が良いと思ったから。 「確かに姫神なら……今の姫神なら、やりかねんの。遺産目当てというより紫子目当てで、先に鍵に辿り着くことがあるかも知れん」 「どういうことでしょうか?」 「……ナギと借金執事には内緒じゃぞ」 使用人たちに扉を閉めさせたマリアが小さく頷くと、三千院帝は重々しい表情で口を開いた。 「どこから話したものかの……そうじゃな。まず姫神は……お前の知っている同い年の姫神は、やつの本当の姿ではない。紫子があいつを ワシの前につれてきたのは、お前やナギが生まれるより前のことなんじゃ……」
(続く)
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