聖母、健在 第1章1話 |
- 日時: 2022/02/01 21:45
- 名前: 双剣士
- 姫神の失踪からしばらくした、その年のクリスマスイブ。東京の迎賓館では三千院家主催のささやかなパーティーが催された。
本家の一人娘と孫娘の誕生日が近いこともあり、本来ならもっと親戚や来賓を集めた盛大なパーティーになるはずであった。 先日の件で気落ちしたままの孫娘を気遣って例年より規模を小さくはしたものの、そういうときだからこそ派手に盛り上げて 彼女を慰めるべきだと軽薄に振る舞うお調子者はどこにでもいる。当の孫娘・三千院ナギは言い寄る輩を不機嫌そうに追い払い ながら、ちびちびと壁際でジュースを飲んでいた。
そしてそんな彼女を、メイド服に身を包んだマリアはチラチラと心配そうに見守っていた。 姫神を失ったナギの傷はまだ癒えてはいない。あの夜ナギの元に戻って詰問されたとき、姫神はもう戻らないと思うと答えて しまったのは我ながら失敗だった。ナギにとって最後の希望を壊してしまったようにも思えた。 マリアとしては今の姫神にナギが無防備に近づいていってしまう未来図の方を恐れるあまり、多少なりともナギの中にわだかまりを 残したままの別れ方にしたいと考えたうえでの行動だったのだが、かえってナギの傷を深くしてしまったらしい。ナギを傷つけるなんて 許さない? 偉そうによく言えたものですね、とマリアは内心で自分を責めていた。
ことの次第は当日のうちにクラウスにも相談している。マリアとナギを幼い頃から支えてきた老執事は短く首肯すると、 マリアには普段通りにしていろと言い、自分はお見合い婆に転職したかのように姫神の後任になる年若い少年を毎日のように ナギの前に連れて来るようになった。気難しいナギがその全てを拒絶すると、少しでも彼女を笑わせようと変態じみた道化役を 演じたり、怒るナギのパンチや罵詈雑言をわざと受けたりもした。マリアはその真意に気づいてクラウスに深く頭を下げたが、 ナギ当人にとってのクラウス株は連日下がりっぱなしであった。
気乗りしない主人を無理にでもクリスマスパーティーに連れ出したのは、他の人たちと他愛ない話をすることで少しでも ナギの気持ちが和らげば、というクラウスの親心からであった。しかし招待されたお調子者の方は、そんな事情など知る由もない。 「メリークリスマス! そしてお誕生日おめでとうございます、マリアさん」 「……え、えぇ、ありがとうございます」 メイドの一人として振る舞ってはいるものの、マリアが現当主・三千院帝のお気に入りであり将来を嘱望される才女であることを 知らない者はいない。このクリスマスイブが彼女の17歳の誕生日であることも周知の事実であった。こうして自覚のないマリアを 中心に、あっという間に花束やブレゼントを持つ青年たちの輪ができてしまうのだった。 ここでナギと同じく愛想のない対応をしたら、クラウスの努力とナギの顔を潰すことになる。こんなことをしている場合ではと 内心で嘆きつつも、マリアは社交向けの笑顔を浮かべながら艶やかに彼らに応対し、押し寄せる青年たちを舞う蝶のようにヒラヒラと かわして行った。その様子がますます青年たちの意欲をそそり、皮肉にも主役でないはずの美少女を中心にパーティーは大いに 盛り上がるのだった。 ……そしてマリアが最後の青年を捌ききったころ、パーティー会場からナギの姿は消えていた。
(続く)
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