聖母、健在 プロローグ3 |
- 日時: 2022/01/31 00:05
- 名前: 双剣士
- ナギがどんなに泣き叫ぼうとも、決して耳に入れてはならない言葉がある。姫神の吐いた一言はまさにそれだとマリアは思った。
割れた器は二度と元には戻らない。たとえ言葉の弾みでも、ナギの目の前で彼がさっきの言葉を万が一にも口にしたら……。 この時点でマリアは姫神を連れ戻すことを断念していた。あとはナギが極力傷つかない理由を考えて口裏を合わせないと…… そんな思索の沼に踏み込みかけた彼女に、目の前の青年はとんでもない企てを囁きかけた。 「ところでマリアさん、紫子にもう一度会いたくはありませんか?」 「……紫子さんに、ですか?」 三千院紫子、帝の一人娘でありナギの母親である女性の名前がなぜここに出てくるのかマリアにはわからなかった。紫子さんは とっくの昔に亡くなっているはずだし、自分と同時期にナギつきの執事になった姫神君は生前の紫子さんと面識がなかったはず。 「そりゃ、会えるものなら会いたいですけど……」 「ですよね! それならそう遠くないうちに吉報をお届けできると思いますよ。その日までナギのこと、よろしくお願いします」 「え、えぇ……姫神君、いったい何をするつもり……」 そう問い返しかけたマリアの脳裏に電撃が走った。何をするつもりかは分からないけれど、それならお爺さまと仲違いするわけがない。 さっきの言葉ともつながらない……マリアの脳細胞は大賢者も顔負けの速度でフル回転し、世にも恐ろしい結論をひとつ導き出した。 「大丈夫です、僕に任せてください。マリアさんの悪いようにはしないつもり……」 「……そのために、ナギを犠牲にするつもりなんでしょう?」 「……っ!!……恐ろしい勘の冴えだな、いつもながら」 青年の口から紡ぎだされる軽薄なリップサービスが一瞬にして停止した。それはすなわち、マリアの言葉を否定できないということでもある。 「姫神君、いったい何を企んでいるんですか?」 「企むだなんて人聞きの悪い。間違いを正して、あるべき未来を取り戻すだけですよ。紫子のいない、この世界の方が間違っているんだ」 「あなたは……」 「心配しないでください、ナギの命までは求めません。ただ一時でいいから、あの子に絶望を味わってもらいたいだけです」 「……させません! そんなことさせるもんですか!」 怒気をあらわにしたマリアは全身全霊で拒絶する。そしてそんな彼女に対し、姫神は名残を惜しみつつも寂しげな表情で短くこう返したのだった。 「あなたなら、きっとそう言うと思っていましたよ。マリアさん」
マリアと姫神葵。昨日まで共通の主の傍で笑い合っていた2人の男女は、この瞬間を境に決別して別々の道を歩くことになるのだった。
(プロローグ終了)
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