聖母、健在 第3章2話 |
- 日時: 2022/02/16 22:11
- 名前: 双剣士
- 大きな勝負を終えた後、一人でベッドに横たわってウジウジする習慣が橘美琴にはある。この日の夜も例外ではなかった。
傷心の魔女を高級ホテルのスイートルームに送り届けた2人の男は、その地下のラウンジでグラスを重ねた。 「ラスベガスの魔女の健闘に」 「完膚なきまでの玉砕に」 カチン、と氷が軽やかな音を立てる。姫神にとっては2度の少年時代をまたぐ、実に11年ぶりのアルコールの味である。 「いいのか、お前のお姫さまを放っといて乾杯なんかして」 「いいさ。あの人はまだ子供なんだ。理想と現実が食い違ったとき、気持ちを現実に合わせるのに時間がかかる。私がそばにいても 同じことだ。今はその冷徹な現実をもたらした元凶を、彼女から引き離すのが先決さ」 「久々に会った親友を元凶呼ばわりか。まぁ好きなように言わせてやるさ、こっちは稼がせてもらったしな」 一条の憎まれ口を姫神はグラスの輝きで弾き返す。この2人はそれぞれが自分の主人に出会う前から、橘グループ総帥・橘円京の元で 世界を股に暴れまわった同い年の悪友同士であった。姫神の真の少年時代を知り、かつ成長した姫神が三千院家と手を結んだ時期が あることを知る一条と美琴だからこそ、姫神が姿を消した数年後に『姫神』を名乗るロケットパンチの少年がナギの執事になったと 聞いた時に、その少年の正体をほぼ正確に推察することができたのである。もちろん本人が記憶をなくしていることに気づいて以降は、 余計な差し出口はせずに海外生活を謳歌していたわけだが。 「お前がちびすけになったと聞いたときには驚いたんだぜ。美琴さまは若返りの秘訣を真剣に知りたがったくらいだ。 いったいどんな魔法を使ったんだ?」 「さぁな。こっちは魔法をかけられた側だから理屈なんて分かる訳ない。この姿に戻ったのもつい先日のことだよ」 「なにかきっかけは?」 「わからんね。明日にはまた子供に戻ってるかもしれない。そうなる前にお前たちの顔を見に来たってわけさ」 「光栄だね」 男たちは2度目の乾杯を交わし、近況を交換し合った。
そして小一時間後。何度目かの笑い声を眼鏡の奥に収納した一条は、真面目な表情で本題に入った。 「それで? 今度は何を企んでるんだ、姫神」 「企むとは失礼だな。僕たちの友情に乾杯したばかりだろう」 「あいにくとそれを真に受けるほど子供じゃない、お互いにな……お前が帝じいさんと何やら悪巧みをしてたことは知っている。 もしそれに美琴さまを巻き込みに来たというなら、私はお前を殴らなきゃならない」 ついに来たか、と姫神は思った。橘美琴が幼い頃から紫子を崇拝していた一方で、結婚後の紫子から距離を取るように暮らして きたことは周知の事実である。幼い頃からの友誼とは別の次元で、三千院家に関わりたくない気持ちは確実にあるだろう。口先三寸で 言い逃れることも出来なくはないが……姫神はあえて直球勝負に出ることにした。 「若返りの秘訣のこと、さっきは自分でも分からないと言ったが……今度はそれを突き止めたいと思っている。やられるばかりじゃ 性に合わないからな」 「……ほう」 「実はその件で帝じいさんとは喧嘩別れしていてね。すっかり保守的になっちまってたな、あの爺さんも……だが僕は独りでも探すつもりだ」 「不老不死にでもなりたいのか?」 「まさか。記憶をなくして若さだけ手に入れたって意味なんてない。だけど記憶をなくしてでも、神の摂理に逆らってでも 取り戻したい相手がいる。その点だけは、お前のお姫さまとも意見が合うんじゃないかと思ってな」 「……貴様、まさか!」 「三千院、紫子を、黄泉の国から連れ戻す」 ある気配に気づいた姫神は、あえてゆっくりとそう宣言した。それを聞いた一条は反射的に席を立って拳を振り上げたが、 すぐに同じ気配に気づいて背後を振り向く。そこにはボサボサの髪をした黒いドレスの女が立っていた。 「紫子、姉さまを、連れ戻す、ですって?」 「……美琴さま、いつの間に」 「いいわ、やるわよ。その安い挑発に乗ってあげる……嘘でも夢でも構わない。紫子姉さまにもう一度会えるんなら、 この魂を賭けたって惜しくはないわ」
(続く)
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