聖母、健在 第3章1話 |
- 日時: 2022/02/15 00:02
- 名前: 双剣士
- 本日より連載を再開します。
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《おかしなものね……これだけのチップを積んでいるのに、ちっとも心が燃えてこないなんて》 手元の5枚のカードを繰りながら、ラスベガスの魔女・橘美琴(たちばな みこと)は内心でため息をついていた。目の前にいる 初老の男は必死の形相で2枚のカードを場に捨て、祈るように力を込めて山札を2枚引いてくる。その2枚が束の間の夢を演出する ための毒入りの果実であることも知らずに。 「よしきた、レイズ! これで勝負だ、オールイン!」 「やめた方がいいわ、ミスター愛沢。もう貴方は終わっているのよ」 「怖気づいたか、ラスベガスの魔女よ。親のあんたは降りられないんだ、ここは限界一杯まで張らせてもらう。 どうだ、エースのフォーカード!」 「土壇場でそんな手が入る時点でツキは枯れているのよ。はい、ストレートフラッシュ。今夜はここまでね」 「ぐはっ!!」 泡を吹いてのたうち回る初老の男の前から美琴は素早く立ち上がった。普段の相手ならこのまま借金させてでも地獄の沼に引きずり 込む所だけれど、さすがに自分の息子と仲良くしている姉弟たちの父親を破滅させてるのは気が引ける。引き際をわきまえないのが この人の悪いところだけれど、幸いまだ屋敷や会社を担保にするところまでは行っていない。ここで終えておけば娘たちを売りに 出すこともないでしょう。 「待て、待ってくれ、カードは来てるんだ、もう一度、もう一勝負……!」 「御機嫌よう、ミスター愛沢」 一瞥もなく立ち去る妙齢の美女の背中へと伸ばされた手は、彼女の専属執事……一条二郎三郎(いちじょう じろうさぶろう)に よって完璧にガードされるのであった。
こうして不完全燃焼のままラスベガスのカジノを出る美琴だったが……冷えた外の外気に触れた途端、寒さとはあべこべに胸の中が かっと熱くなるのを感じた。隣を歩く一条執事と軽く目配せする。今夜の本当の勝負は、どうやらカジノを出てから始まるようだと 痺れる肌が告げている。 「どこに隠れているの? 出てらっしゃい」 「……元気そうだな、ミコにゃー」 物陰から現れたフードの男は美琴のことをそう呼んだ。その呼び方を知る者は限られている、異国の地ではなおさらだ。だが美琴の 記憶にあるその少年は、今は自力で日本から出られない境遇だったはず。 「姫神君……なの? それともその親戚か何かかしら」 「本人だよ。十年前に君と一緒に、紫子の夫になったやつが気に食わんと一晩中飲み明かしたのを覚えてるだろ? あの時の僕さ」 「でもあなたは、あのあと歳と記憶を失ってたはずじゃあ……」 美琴の前に立った姫神はこれ見よがしに右手のロケットパンチを掲げると、ゆっくりと仮面を外した。橘美琴とそう歳の変わらない、 三十代過ぎの青年の顔を……それを見た美琴は両手で口元を覆うと、感極まったかのように彼に向って駆け出した。 「姫神君!!」 「ミコにゃー」 距離を縮めた2人の男女は、次の瞬間に熱い抱擁……とは似ても似つかない豪快なファーストコンタクトを交わした。 雷光のように伸びあがる美琴の左ハイキックを姫神がロケットパンチでブロックするという形で。 「勝ち逃げなんて許さないんだから! 今すぐカジノに来なさい、あの時の借りを返してもらうわ」 「ありがたいね、また一杯おごってもらえると」 「相変わらずの減らず口ね、その口を針で縫い付けてあげるんだから!」 恐ろしいことを口にしながらカジノに舞い戻る女主人を追いながら、姫神は傍らに立つ執事に軽く目配せした。姫神と同い年の 一条執事は普段あまり見せないようなウインクでそれに応じた……それは自分の主であるラスベガスの魔女がこれから翻弄されることを 半ば見越したうえでの微笑みであった。
(続く)
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