聖母、健在 第2章4話 |
- 日時: 2022/02/11 13:47
- 名前: 双剣士
- 「どうしてそこで、姫神君の誘いに乗らなかったんですか?」
一言も口を挟まずに帝の独白を聞いていたマリアは、ここで核心にかかわる質問を投げかけた。育ての親の言葉を遮るなど、 彼女は普段ならこんな無作法なことはしないのだが……この時ふと、あることに気づいてしまったので。 「紫子さんが戻ってくるなら、お爺さまが反対する理由なんてないでしょう? ナギだって私だって、話を聞いたら諸手を挙げて 賛成したでしょうし」 「紫子が亡くなった直後じゃったら、ワシとて迷いはしなかったじゃろうよ」 辛そうに苦しそうに、三千院帝は逡巡した理由とその先の結論をぽつりぽつりと吐き出した。 「じゃがあれから8年の時が経ってしまった……母を亡くした寂しさにナギが必死で耐えてきたこと、お前や幼馴染たちが それを支えてきたこと、そしてクソ生意気な孫娘がマンガやらゲームやらでようやく笑えるようになったことなどを、 ワシはずっと見てきたんじゃ……死者を蘇えらせるというのは何千年にもわたる人類の願いであり、それでいて一度も果たされた ことのない神への反逆行為であろう? ワシも紫子のためなら躊躇わないつもりではあったが……ギラギラ光る姫神の目を見て、 ふと怖くなったんじゃ。お前たちが積み上げてきたものがそれによって全て崩れるかもしれぬ、ちいさなあの娘の身に降りかかった 絶望の引き金を今度は自分で引くことになるのか、とな」 「……ですって。聞いてましたか? ナギ」 「むふっ」 驚愕した帝が首を振った先には、扉の陰から顔だけ出した孫娘の姿があった。その表情はこれまで見たことがないくらい ニンマリとしていた。 「そうかそうか、クソジジイはそんなに私のことが大事だったのか。まったくしょうがない奴だな、ツンデレジジイときたら」 「な……な……」 「クソジジイがそこまで言うなら仕方ない。遺産なんて要らないけど、精一杯守らせてやろうじゃないか。姫神がいなくなった理由も わかったし、今では姫神より頼りになる執事がそばにいるわけだしな。そうだろ、ハヤテ?」 「もちろんです。お任せください、お嬢さま」 「こ……この……調子に乗るな、このクソガキがぁっ! お前になんぞ一銭たりとも遺産はやらんからな! 遺産目当ての奴らが 次から次へと襲ってくるように大々的に宣伝してやるから、覚悟するがいいわぁっ!」 「望むところだぁっ!!」 口汚くはあっても本気さはまるで感じられない、祖父と孫との罵り合いをマリアは優しい瞳で見つめていた。お爺さまの言う通り、 この幸せを守ることが何よりも大事であり、それこそが自分の責務だとマリアは思った。しかしその満足感の裏で、マリアは帝に 聞くつもりだったもうひとつの質問のことをけろっと忘れてしまっていた。 ……『紫子さんを取り戻すのにナギの絶望が必要になるって、どういうことなんですか』という、あの日の姫神の言葉でどうしても 引っかかる部分に関する質問のことを。
(第2章終了) -------------------------------------------------------------------- 次回の第3章から、姫神パートが始まります。 ちょうど区切りもいいので、明日からの感想キャンペーンを契機に、2/14(月)まで感想の受付を行います。
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