聖母、健在 第2章3話 |
- 日時: 2022/02/11 12:04
- 名前: 双剣士
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紫子がまだ小さかったころじゃが、あいつが持っとった不動産のひとつに、木造2階建ての質素な建屋があっての。 使い道もないから潰してタワーマンションにでもしようかという計画もあったんじゃが、そこに住み着いた野良猫のことを 紫子が気に入って、しばらく遊びに通ってた頃があったんじゃ。 その建屋にある日、子供が1人やってきて紫子と言い争いになった。ここは僕のものだ、先祖代々受け継いできたものを 置いてある部屋があるんだと言い出して譲らなかったそうでの。権利書だなんだと大人げない反論はしたくないとクラウスから 連絡があって、紫子の保護者としてそいつに会いに行ったんじゃ。そのときが姫神との出会いじゃよ。たしか紫子より3~4歳下 じゃったかの。 まぁ相手が紫子じゃから、『猫ちゃんと君とわたしとで仲良く使いましょ』という話で一応はまとまっての。その日は もう遅かったし身寄りもないというからワシの屋敷で1泊させて、翌朝には紫子と手をつないで例の建屋に向かっていったんじゃ。 紫子はその後『あの子の手にロケットパンチがついたんだよ、すごく格好いいの』とか言っておったが当時のワシは 本気にせんかったし、子供のころの姫神と顔を合わせることも2度となかった。まぁ橘んとこの円京からの手紙に 『正義を貫く世界の旅路に、ロケットパンチの少年が加わったぞ』と自慢げに書いてあったから、ワシの知らんところで 元気にやっとるだろうなとは思っとったがの。
姫神と再会したのはそれから十年ほど後、ミコノス島の地下迷宮の奥でのことじゃった。紫子の言うロケットパンチとやらが 子供の妄想でなかったことをワシはそのとき初めて知った。再会した姫神は自分もキング・ミダスの秘宝の謎を追ってここに 辿り着いたという、いっぱしのトレジャーハンターの青年に成長しておったわい。もっとも円京んとこのハウスメイドの影響か、 奇妙なマスクとマントをかぶるようになっておったがの。 姫神はしきりに紫子に会いたがっておったがワシは止めた。当時の紫子は身籠って、出産までの間ミコノス島から日本に帰って おったからの。距離のこともあるが……ワシは心配だったんじゃ。あいつの知らぬ間に他の男との間の子を身籠った紫子とあいつを 会わせたらどうなるか、がの。 その後、ワシと姫神は一緒にあることを研究しておったんじゃが……いつごろじゃったかの、何年かした後にあいつは突然 幼子に変わった。すべての記憶をなくし、紫子と初めて会った頃の子供の姿に戻ったんじゃ。何がきっかけだったかは 今でも分からぬが……身寄りのない子供1人を放り出せるほど非情にもなれんかったからの、執事見習の1人として 本宅で引き取ることにした。あいつと紫子を会わせることにはまだ抵抗があったが、さいわい姫神は紫子のことを覚えておらなんだし、 当時の紫子はナギやお前と一緒にミコノス島で暮らしていたからの。本宅におるあいつと顔を合わせることもなかった。 ところがそれからしばらくして紫子はあの世に行ってしまい、お前とナギは日本に帰ってくることになった。その後の姫神の扱いを どうするか迷いはあったんじゃが、本宅で偶然会ったときにナギがあのロケットパンチを気に入ったみたいだったのでの、 そのままナギ付きの執事として暮らさせることになった。そこから先は、お前も知っておる通りじゃ。
その姫神が、去年の暮れにワシのところにやってきた。子供の姿ではなく本来の姿で……紫子の3~4つ下なら今頃こうなったで あろうという、少壮の青年の姿になっての。そして案の定、紫子に会いたい、そのために力を貸せと言ってきた。紫子はもうこの世に 居ないとワシは止めたんじゃが、昔研究したアレの力を使えば出来るはずだ、神様の力を使えば叶えられない願いなど無い、とな。
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(続く)
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