Re: 【大遅刻】鷺ノ宮伊澄2021 誕生日祝いss |
- 日時: 2021/10/04 23:28
- 名前: ネームレス
- 「伊澄ちゃん。結婚をしましょう」
家に帰り、まず最初に投げかけられた言葉がそれだった。
「唐突ですねお母さま」 「唐突ではないわ伊澄ちゃん。よく考えて。あなたは今年で何歳かしら」
そこで思考が一回止まる。ゆっくりゆっくりと、生年月日を思い出し、今の西暦から逆算して__
「30歳よ伊澄ちゃん」 「まさか先に答えられるとは思いませんでしたお母さま」 「こんなこともあろうかときちんと聞きたい事メモに書いておいたのよ」
ふんす、と少し自慢げな初穂を見て伊澄は長年の直感から「あ、これ長くなりそうだな」と確信する。 普段はぽやーっとしている初穂がこちらの逃げ道を塞ぐようにきっちりとメモをしていることからこの話題への本気具合が伺えた。
「流石ですお母さま。では、私は次の依頼がありますので」 「それなら大おばあさまが出向いているわ伊澄ちゃん。立ち上がらないで座りなさい」
どうやら逃がす気は無いようだった。
「いい伊澄ちゃん。今までは家業のこともあって、見逃し続けたけど、もう20代じゃないのよ。もう少し、自分の未来を考えてね」
__お見合いの写真届いていますからね。 伊澄は部屋を後にするのだった。 鷺ノ宮家はここらでは有数のゴーストバスターの家系である。その血を求める家はそれなりにいる。特に、伊澄は歴代の中でも強い力を持っている今代の‘光の御子‘である。 さらには学生時代から類稀なる可愛さを誇っており黒髪ロング和服美人とかいう完璧な方程式を携えて、さらには若干13歳でありながら飛び級、家業と並行しながら高校の授業も余裕でこなせる頭脳を持ち花嫁修業の成果で料理もできるスーパー美少女である。それでいて普段から見せる天然ボケの一面はキュートと言うほかなくまさに他の追随を許さぬ究極生命体であり、歳を重ねた事でその美しさはまさに世界の国境を越え銀河にまで轟くと言っても過言では
「なにか邪気を感じますね」
虚空に放たれた札はバチリ、と一瞬放電にも似たエフェクトを出すと同時、黒い靄と共にこの世から消えた。 伊澄は少しの警戒ののち、思考は先ほどの母親との会話の内容へと戻る。
‘結婚‘
それは人生の絶頂でもあり、墓場とも揶揄されることもあり、将来の幸せを約束するものでもあり、先へ続く幸福に胸膨らますものでもあり、しかし誰もがその幸せを続けられるものでもない。 どこぞの世界ではトニカクカワイイ嫁といずれNASAを超える夫の幸せな結婚生活が繰り広げられているだろうが、それは本当に奇跡ともいえる確率がもたらした出会いが故の物語だろう。 伊澄にとって、結婚とは義務である。かなり特殊な立ち位置にある鷺ノ宮の家系はその血を絶やさぬために外部から無関係の者を招くことはできない。これは家の存続と言うより、ガチめに世界が危険だからである(語彙力) そういう事情もあって、しかしてなんとなく結婚と言うものに実感が湧かないためにその類稀なる才能と家業の忙しさ、そして母親の理解もあって先延ばし先延ばし先延ばし......
30歳である。
「......(ずーん)」
自分の思考に勝手に傷つく30歳(職業:ゴーストバスター)の図。
(このままではいけないわ)
そう考えるも、突然名案が思い付くはずもなく。 思い浮かべるは、親友の顔。 いつものようにふらりと、しかし昔のように突飛な転移事件を起こす事もなく、自然と行く先は決まっていた。
★
‘負け犬公園‘ そこのベンチで伊澄はぼーっと居座っていた。 30歳の、女性が、何するでなくベンチに座って時間が過ぎるのを、待って(ry
「たいさーん」
バチリと札の放電と共に黒い靄が虚空へと消えていく中、伊澄の待ち人はどうやら無事伊澄を見つけたようだった。
「また悩み事か。伊澄」 「久しぶりね、ナギ」
三千院ナギ。 伊澄の親友にして、今現在は細々と漫画を連載しながらバイトで食いつなぐ30歳の女性である。 その昔、白皇学院に通っていたころは、自信満々なお嬢様といった佇まいであり、伸ばした髪をツインテールにするという美少女にしか許されない所業もしていたが、成人し少しだけ落ち着きを手に入れてからは「この年になってツインテールなんてできるか!」と言い放ち以来、短く切りそろえている。 昔の虚弱な体質も過去の話。やや小柄ながら巨乳、顔立ちから幼さは消え美しさに磨きがかかり、なんなら運動神経も抜群頭脳明晰、そして不思議と運動ジャージがデフォルト衣装となったパーフェクト残念美女へと変貌を遂げた。 そんなジャージ姿の親友へ、伊澄は笑顔を向けるのだった。しかし、ナギの親友へ向ける笑顔はあきれ顔である。
「いや先週も会ったろ」 「......そうだったかしら」 「そうだよ」 「......会えて嬉しいわナギ」 「......はぁ〜〜〜〜」
クソでかため息。 ナギはどかっと伊澄の隣へと座り込む。
「で、今日は何があった」 「なんで何かあったってわかるの?」 「そっちは今も金持ちのお嬢様。こっちは売れない漫画家。お互いに昔みたいに気軽に会えない関係だ。というのに、お互い生活圏は変えてないから会おうと思えば会える。昔みたいに互いに遊びに行くことはできないが、なにかあれば私に会いにここに来るだろう」 「すごいわナギ。名探偵みたい」 「前に模したぞこの説明」
変わった関係。変わった立場。されど、変わらない物があるとするならば。 この友情が、この先も不変のものであるというのなら。きっとそれは、これ以上ない幸福なのかもしれない。
「そうね。聞いてもらえるかしら、ナギ」 「ああ。お前のペースで聞かせてくれ」
★
「結婚ねえ」 「そうなの」 「う〜〜〜〜ん」
完全に頭を抱えたジャージ女。その左手の薬指には残念ながら何もはめられてはいない。
「ナギってほら、婚約者がいたじゃない」 「婚約者ぁ〜? ......あぁ、ワタルのことか。いや、あれは、そういうんじゃないだろう」
伊澄が好きで勉強し、咲夜の心遣いで白皇へとやってきて、そのうち自分とこのメイドとの未来の為にさっさと自立した。 30歳になった今、ナギのワタルへの印象はそんなもんである。おそらくあちらもナギに対していい印象は持ってないだろう。嘆くべきは致命的なまでの交流の少なさである。特別連絡も取りあう事もない仲である。年一でも会話があればいい方かもしれない。
「ふーむ。よし、長くなりそうだが伊澄。時間はあるか?」 「あるわ」 「よし。なら行くぞ。こっちだ」
そう言ってナギは歩きだした。伊澄はワンテンポ遅れて歩き出す。手をつなぐ事は無い。繋ぐがなくとも、もう迷う事は無い。それに、伊澄はわかっていた。前を歩く親友が、こちらを置いてけぼりにするようなペースで歩くことは無い事を。 そんな二人が向かったのは近所のスーパーであった。 ナギは悠然と自動ドアをくぐり、伊澄は自動ドアにぶつかるというドジをはさみながら二人は、というよりかはナギは目的のモノをどんどん買い物かごに放り込んでいく。缶ビールも積み重ねられていく。
ピッ
「合計で4.296円になりまーす」 「これで」 「5.006円のお預かりでーす。710円のお返しになりまーす。ありがとうございましたー」
「よし行くか」 「ええそうね」
酒と野菜と調味料を両手に持ったナギとその背を追いかける伊澄は同時に逆方向へと歩き出す。伊澄の迷子癖が発動した、わけではない。
「ナギ。そっちは帰り道じゃないと思うわ」 「あー。そうだったな。今日の行き先は私の部屋じゃない。あそこは今売れっ子作家が締め切りを相手に籠城を決め込んで現在修羅場だ」
自分の部屋でやれと、ナギは文句を吐き捨てると、今日の行き先を告げる。
「ま、今日は久しぶりにあいつにもてなしてもらうとしよう」
★
今時のオートロックのマンション。しかしナギは勝手知ったると言わんばかりにロックを解除しては中へと踏み込んでいった。伊澄もここにきて怯むようなメンタルなどもちあわせていないため特に表情は変えない。 エレベーターで昇り、目的の部屋までたどり着くと、家主はいない部屋のカギを開けそのまま中へと踏み込んだ。
「ま、あいつが帰ってくるまで好きにやってろ。私は少し支度をする」 「手伝うわナギ」 「いや、座ってろよ。大丈夫だから」 「でもナギは米を洗剤で洗うから」 「何年前の話だ!!!」
くすくすといたずらっぽく笑う伊澄。ナギは買ってきたものを勝手に冷蔵庫にしまいながら、憤慨した。が、その笑顔に毒気を抜かれてしまう。
「ごめんなさいナギ。でも、一緒に作りたいの。ダメかしら?」 「......はぁ。全く、ほら手を洗え」
昔なら見れなかったであろう光景。その変化を人は成長と呼ぶのだろうか。しかし、不思議と今の二人は、歳を重ねた女性ではなく、学生のように無邪気に言い合う日常の一コマを幻視させる。 二人がそうやって二人台所で料理をしていると、がちゃりと玄関の開く気配。 家主が帰ってきたのさ。
「‘ナギ‘。部屋に上がるなら連絡の一つでもくださいよ」 「‘ハヤテ‘。そう固い事言うな」
伊澄にとっては、本当に久しぶりの再会になるであろう。 昔と比べ、大きな変化はない。しかし、声や体つき、全体の雰囲気と言うものが、大人の男らしさを醸し出していた。 ‘綾崎ハヤテ‘。 今やかの瀬川虎鉄と共に会社を経営し、一発あてた元ナギの執事。その年33歳である。
「ハヤテさま。お久しぶりです」 「あれ。もしかして伊澄さんですか? わあ、久しぶりです。見ない間にとても美しくなりましたね」 「ふふ、ありがとうございます」
さらりと褒め、さらりと流す。両者ともに高度なコミュニケーションを展開していた。
「待て待て待て。美しいって言ったか!?」 「え、えぇ。おかしなこと言いました?」 「私は!? お前私には言ったことないだろう!」 「いやー、ナギに言うのは今更って感じがして」 「なんだとぅ!」 「ナギ。包丁持ちながら叫ばないで。怖いわ」 「......覚えておけよ」 「はいはい。あ、手伝いますよ」 「もう終わりますから」 「そうだな。配膳だけ頼む」 「分かりました」
そうしてテーブルに料理が広げられていく。 レンチンご飯。 鍋。 缶ビール。 以上。
「いただきます」
特にいう事もなく食事開始。 昔話に花を咲かせ、 特に鍋の締めを行う事もなく。 現在。
「結婚ですか」 「はい」 「う〜〜〜〜ん」
元主と同じリアクションの元執事。当然結婚指輪をはめているわけもなく。
「そうですね。正直僕も建設的な意見を言えるわけではないですけど、あくまで一つの意見として」 「お願いします」 「した方がいいと思います」
ハヤテはきっぱりと告げた。
「そうですか」 「はい。僕の立場から言えるこてゃ少ないですけれど、でも、昔あった印象から伊澄さんのお母さんが必要もなくそういうことを持ちだすとは思えなくて。__心配なんだと思います」 「心配、ですか」 「はい。僕の親はゴミくずですけど、やっぱり世間一般からしたら親にとっては何歳になっても子は子なんじゃないですかね。えーと虎鉄......と言ってもわかんないですかね。まあ知り合いの変態がいるんですけど」 「まあ、知り合いに変態がいるんですね」 「(無視)まあそいつも、酒飲むとたまに妹トークを始めるんですよ。別に僕の知ってる限り、シスコンってわけではないと思うんですけど。でも、兄だから、妹だから、やっぱり心配するところはあるんだと思います。きっと家族ってそういうものなんですよ」
僕の両親は塵屑にも劣るゴミでしたけど、と合間に両親ディスをはさみながらハヤテは結論へと話を持っていく。
「少なくとも、伊澄さんのために良縁となる候補者を見つけてるはずですから親の顔を立てると思って、お見合いぐらいはしてあげた方がいいんじゃないですか? それに、僕たちももう若くないですから」 「そうですか......」
きっとハヤテのいう事が正しいのかもしれない。でも、ならばこの心にひっかる感情は一体何なのだろう。 もやもやとした感情が表情に出たのか、ハヤテは伊澄の感情を読み取りクスリと笑う。
「なんてのは、聞かなくてもいいですよ」 「......え?」 「伊澄さん。もう答え出てるんじゃないですか?」
ドキリと胸が鳴る。 ハヤテの視線は端っこの方で食事中ハイペースで酒を飲んでは速攻で潰れたナギへとはしっていた。
「本当は結婚とかどうでもよくて、ナギに会うための口実にしてるだけなんじゃないですか」 「あ......。ふ、ふふふ」
自分でも今気づいた、と言わんばかりに、伊澄は笑う。ハヤテに言われたことがあまりにも今の自分の心境を言い当てていたから、そのことがあまりにもおかしくて。
「そうですね。ふふふ、私、ナギに会いたかったんです」 「そうですか。良かったですねナギ」 「なっお、ま......!」 「あら、起きてたんですか」 「多分自分じゃ大した助言できないから僕に丸投げしたんですよ。寝たふりでもして僕と二人きりにすれば話しやすくなると思ったんじゃないですか?」 「そうなんですかナギ」 「あ、く、〜〜〜〜! ハヤテェーーーーーー!!!」
顔を真っ赤にしながらハヤテをぽかぽか殴るナギ。ハヤテはごめんなさいと謝りながらも一切悪びれておらず、伊澄はその光景を見ながら楽しそうに笑っていた。
「あーもう、酔いも醒めた」 「元からあれくらいじゃ酔わないでしょうに」 「うるさい。はぁ......。伊澄」 「なにかしら」 「ん」
ナギは憮然とした表情でポケットから何かを取り出して伊澄へと渡した。
「これは?」 「誕生日プレゼントだ。誕生日には会えなかったし、先週も渡せなかったからな」 「ナギ。......毎年ありがとう」 「ふん。どうせ安物だ。気にするな」 「大切にするわ」 「勝手にしろ」
そう言ってナギは冷蔵庫から新しいビールを取り出しぷしゅっとプルタブを開けそのままぐいっと一発。ぷはぁー! とするまでが1セット。 ハヤテは伊澄に「あれ照れ隠しですよ」と耳打ちし、伊澄は「知ってます」と笑い、ナギは空き缶をハヤテへと全力投球していた。もはやの二人の間に昔のような主従の関係性は見えない。なんなら現在の力関係でいうならハヤテの方が金を持っている。時々不幸に見舞わられるがそこら辺はもはや慣れである。 けれど、 彼ら/彼女らの関係は、きっと昔から変わってはいない。
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「結婚はしませんわお母さま」 「わかったわ伊澄ちゃん」
てん てん てん はてな
「それだけですか」 「ええそれだけよ伊澄ちゃん」 「婚約云々の話はどうしたんですか」 「大おばあさまが跳ね除けたので忘れて大丈夫です」 「......」
流石の伊澄開けた口が閉じなかった。
「私はね伊澄ちゃん。そういう話題になるとここ数年間ずっと避けていたから、あなたがどう考えているのか分からなかったから選択肢を用意しただけなのよ。あなたが自分の意志で結婚はまだ早いと思うなら、まだしなくてもいいと思うわ」 「お母さま」
そこに見えるのは、ただ娘の心配をする親の姿であった。
「でも、家の後継は」 「そこを心配するならきちんといい男性を自分で見つけてね伊澄ちゃん」
妙なプレッシャーをうけつつも、そんな伊澄を前に初穂は「大丈夫よ」と一言。
「あなたはとってもかわいいんだから」
何年経とうと親は親。子は子である。 だから、娘を信頼するこの親心は、きっとこの先も変わらないのだろう。
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こうして伊澄はまたいつもの日常へと戻る。 それは普通の人にとっての非日常。 出会いと別れ、そして再開。日常パートをはさみながら、彼女の戦いは続いていく。 間もなく、とてつもない力をその身に秘めた15歳の少年を弟子にしたり、その5年後に世界滅亡へのカウントダウン10秒前であわやデッドエンドかと諦めかけたその時に20歳成人となった青年が覚醒し世界を救ったり、その事件がきっかけで伊澄は35歳にして自らの恋心に自覚したり、青年が実はずっと前から伊澄に恋慕を覚えながらも少年扱いしかしてもらえずヤキモキしていたことが発覚したり、突如始まったラブコメディに昔馴染みが全員集合したりなどと、そんな運命が待ち受けているかも......しれないしいないかもしれない。 鷺ノ宮伊澄。30歳。職業ゴーストバスター。 今日も世界の平和を守っている。
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