【最終話】どんぐりで見た夢 〜 鬼か人か |
- 日時: 2020/05/04 21:04
- 名前: どうふん
- GWも半ばになりましたが、自粛がさらに長引くようで、遠出もできずやれやれです。
そんなこともあって、また久しぶりにパソコンに向かって二次創作に手を出してみました。
気分転換にマスクを着けて散歩すると、近所の飲食店がテイクアウト専門店や八百屋さん、マスク屋さんになっています。 これ以上経済を止めてこの国は大丈夫かよ、倒産、失業と自殺者激増の方が心配だ、なんて気がするんですけどね。
本作は、当方の旧作である「鬼か人か」、ゲゲゲの鬼太郎とのコラボ作品ですが、その続編となります。 前作第三章(最終章)で、ヒナギクさんは鬼太郎と結ばれ、今も夫婦で悪しき妖怪退治に勤しんでいます。といってそれが毎日続いているわけではありません。 そんなヒナギクさんと仲間たちの日常を描いてみたいと思います。 今、思いついているのは2話ほどです。
第一話 : 二人の歌姫
喫茶店どんぐりは昔の雰囲気をそのままに、今もそこにある。外見も内装も昔と変わらない。 ただ一年前にオーナーが代わり、メニューやコンセプトに工夫がなされた。それが功を奏して収支は大きく改善していた。
その日の夜、閉店間近になって扉に付けた鈴がなった。 「いらっしゃいませ・・・。あら、お帰りなさい」副店長の牧瀬恋葉は開きかけた扉に向かい丁寧に一礼したが、入ってきた人物に気づいて、顔を綻ばせた。店長にしてオーナーである桂ヒナギクだった。 「お疲れ様、恋葉ちゃん。また一人で任せて悪いわね」ヒナギクにしてもらったことを考えればこんなことは苦労とも思っていない。この仕事を任せてもらったばかりではなく、母親の入院費用に弟の進学費用まで肩代わりしてもらった。それよりも、ヒナギクが無事に帰ってきたことにほっとした。 「また世界の平和を守ってきたんですか」 「ま、そんなところね」 軽口を叩いているようで、実はそれほど間違いではないことを恋葉は知っている。「とにかく無理はしないで下さいね」 「ええ、ありがとう。今日はお客さんでいいかな」 普段は店長として働いているヒナギクは、時折、恋葉に店を任せて出ていく。大抵その帰りに昼間なら紅茶、夜ならアルコールで一息ついていく。鬼太郎が一緒となることが多いが、今日は一人だった。 「ええ、ごゆっくりして下さい」と応えた恋葉はいたずらっぽく笑った。「今日も珍しい方がこられてますよ」
どんぐりは今もハヤテの仲間たちのたまり場となっている。収支が改善した理由の一つがハそこにあることは否定できない。 今夜は誰がきてるのかしら、奥を覗き込むと小さな丸テーブルでコーヒーを啜るマリアが目に入った。目を合わせたマリアは、コーヒーを音を立てずに置くと立ち上がり、丁寧に上品に一礼した。 「相変わらずご活躍のようですね」 「マリアさんもお変わりなく」
「よろしかったら」マリアは同じテーブルの向い席を掌で指した。遠慮なく腰かけたヒナギクの元に、恋葉が大ジョッキに注いだビールに枝豆を添えて運んできた。 「マリアさんはコーヒーで宜しいんですか」 「ええ、お酒は弱いもので」 「それは意外な弱点をお聞きしました」軽くむくれて睨むような視線を送ってくるマリアだが、その瞳はヒナギクをどぎまぎさせるほど色っぽい。それでいて下品さは全く感じられない。女である自分ですらこうなのだ。男の人ならイチコロだろうな・・・。 かつてハヤテがマリアのことを「自分の見た一番キレイな人」と言っていたことを思い出した。少々癪であるが。
立て続けに三杯の大ジョッキを空けたヒナギクはハイボールに切り替えようとした。 今からペースを落とします、という合図だった。その横には空になった大皿が幾つも重なっていた。 一方のマリアは相変わらず、ゆったりとコーヒーを啜りながら、それを押しとどめるようにヒナギクの顔を覗き込んだ。 「ヒナギクさんのお腹の虫もそろそろ落ち着いたみたいですし、これからイイトコロ行きません?」
ミラーボールがきらきらとまぶしい光を放つ中、ヒナギクはソファに身をもたれさせていた。 「いいところって・・・カラオケボックスのことでしたか」 「ええ、こればかりはやめられなくて」 マリアの熱唱が三曲続き、ヒナギクもようやくマイクを取った。入口で躊躇していたヒナギクだが、プロもかくや、とばかりに見事に歌い上げるマリアに、引き込まれていた。 ギターこそないが、心から楽しそうに、あるいは陶酔しているような姿は雪路に似ているような気がした。 その後はさながら歌合戦のようになり、タンバリンを振りながら二人で熱唱していた。
時間を延長し、二人で何曲歌っただろうか。さすがに疲れを感じ、一休みして飲み物を啜っていた。 「今も三人でお住まいなんですよね」ハヤテとナギが結婚したのは一年以上も前のことである。それでもマリアは相変わらず二人と同居していた。 かつてこの変則的な新婚生活に抵抗ないのか疑問に思ったことがある。「ええ、何の問題もないですわ」笑顔で答えるマリアに改めて三人の絆の強さを感じた。考えてみれば、マリアはハヤテの身近にいながら当人に恋愛感情を持つことのなかった数少ない女性だった。
だが、この時のマリアはいたずらっぽく笑った。 「もうしばらくしたら四人になりますよ」とうとうマリアも結婚か、身を乗り出したヒナギクに、マリアは噴き出した。「ナギが身籠ったみたいですよ。もうハヤテ君が大喜びで。まだ安定期に入ってませんから周りには黙っていて下さいね」 ヒナギクは自分の頭を小突いた。確かに考えてみればそちらの方がずっと可能性は高い。だが、なぜそれを自分には教えたのだろうか。 「私だって、嬉しくてたまらないことは誰かに話したいんですよ。ただ相手がヒナギクさんぐらいしか思いつかなくて」 深読みして勘ぐっていたのを恥じるような思いがした。マリアは、ヒナギクがかつての恋をとっくに吹っ切り、むしろ友人の幸せを素直に喜べる人間だと認識しているのだろう。 かつてマリアはナギを大切に思うあまり、ヒナギクと利害が一致しなかったこともあった。だが今となってはどうでも良い。自分はマリアが好きだし、マリアも自分を心から信じて大切にしてくれているのだ。
「マリアさんはまだ結婚しないんですか」酔った勢いもあり、前々からの疑問を口にしていた。マリアさえその気になれば、断るどころか迷う男だって世の中にどれだけいるだろうか。 「それは私にもわかりませんね」マリアは遠くを見る目をした。だがそれは寂しさではなく、むしろ満足げに輝いていた。 かつて家庭教師やメイドとしてナギの傍にいたマリアにすれば、これからもずっとナギを見守り続けることが願いなのかもしれない。いや三人の絆を考えるとナギだけでなくハヤテもそうなのだろうか。 (そういえば、マリアさんはハヤテ君の実のお姉さんって聞いたことがあるけど・・・まさか・・・違うわよね) ついまじまじとマリアの顔を覗き込んだヒナギクに気づき、マリアが笑顔をそのままに視線を返した。やはりどぎまぎとする自分を感じていた。
【第一話・完】
※第一話のタイトル 変更しました。
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