Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢 |
- 日時: 2019/08/22 21:43
- 名前: どうふん
第4話 : もう一度見た夢
体が熱い。熱があるみたいだ・・・。だが、その体は柔らかな布団に包まれていた。 そうだ僕は伊澄さんに会って・・・また、助けられたのか。頭だけ動かして周りを見た。いつの間にか明るくなっていた。灯りではなく、朝日ですらなく、真昼の日差しだった。 すぐ横に見える人影が動いた。 「ああ・・・済みません、伊澄さん」え・・・、そこに座っていたのはヒナギクだった。 今度こそハヤテは跳ね起きた。 眼を擦った。ヒナギクに紛れもなかった。髪は短いままだったが顔のヤケドは跡形もなかった。 一体、どれが夢なんだ?ゲゲゲの森に向かったことか、負け犬公園で伊澄に会ったことか、それとも今現在か。
だが、すぐに気づいた。どれも夢ではない。ゲゲゲの森で不甲斐なかったことも、負け犬公園でホームレスになっていたことも、そして目の前に美しいヒナギクがいることも。 「やけど・・・治ったんですね」ヒナギクが頷いた。「良かった・・・僕に言えるのはそれだけです」 ヒナギクは一度口を開きかけたが、ハヤテの表情を見て思いとどまった。 言えるのはそれだけ・・・そう言ったばかりのハヤテの口がふたたび開き、堰を切ったようにまくしたてた。 「どうして・・・ここにいるんです?ヒナギクさんは森に残ったんじゃないですか」 「こんな僕の姿を見て、何か面白いんですか」 「罪悪感なら感じることはないですよ。ヒナギクさんを好きになるなんて僕が身の程知らずだっただけですから」
辻褄もへったくれもない。まだ熱の残った頭はヒナギクを詰問しているようで、ただただ自分に罵声を浴びせていた。だが、それも一段落して下を向いた。その後に絞り出すような声が続いた。 「どうして僕じゃ駄目なんですか・・・。あんな小学生みたいな子供の方がいいんですか」 パチン、と頬が鳴った。 「私の彼氏の悪口は許さないわよ」 顔に痛みは感じなかった。ただ心臓がきりきりと痛んだ。悲しいのか、悔しいのか、妬ましいのか。それさえわからない。ただやっと気づいた。今の自分がどれだけ見苦しいか。こらえることができず、泣き声が漏れた。 「済みません・・・ヒナギクさん。こんな情けないヤツ、愛想尽かされて当然ですよね・・・」 「ハヤテ君・・・それは私のことを言ってるの?私だってね、ハヤテ君に告白された時、動けなくなって泣いたのよ」言葉に詰まった。 「どうして戻ってきたのか、訊かれてたわね。お答えするわ」 そんなこと訊いたっけ・・・。それがどうした。考えてみれば当たり前じゃないか。そもそも戦いが終わったら帰ってきてほしい、と言ったのは自分じゃないか・・・。だが、その答えはハヤテの意表を突いた。 「ハヤテ君にお礼が言いたかったからよ」呆気にとられたハヤテにヒナギクは続けた。 「私は世界の危機を知って、それを防ごうと思ったの。ヒーローとして生きようとして死ぬことだって覚悟した。女の子であることなんか忘れよう、友達ともう会えなくてもいい・・・。 だけどハヤテ君が助けに来てくれて、私のこと好きだって言ってくれたわね。心が荒んで顔までズタズタにされた私に。本当に・・・嬉しかったの」
とてもそんな風には見えなかったが・・・。だが、最後にヒナギクを抱きしめたときのことを思い出した。やはりヒナギクは人間で普通の女の子だった。そう感じたことは間違いではなかったという事か。 「大切なことを思い出させてくれたのはハヤテ君よ。だから自分の行く道が決まったの。私は妖怪たちの仲間になってもあくまで人として生きる。あなたたちの友達としてね。本当にありがとう」 あなたたち・・・友達として・・・。今更ながら沈み込むような感覚があった。だがヒナギクの瞳は果てしなく優しい光に満ちていた。 ヒナギクが一緒に歩むことを選んだのは妖怪だった。鬼だった。もう受け入れてもらえることはない。だが、ヒナギクはあくまで人として生きていく。そのきっかけを作ることができた。 凍り付いているような心が溶けていくのを感じ、ほんの少しだけ、体に力が湧いた。 ヒナギクは立ち上がった。その背中にハヤテは叫んだ。 「僕こそ・・・ありがとうございます。ヒナギクさんを好きになって良かった。あなたが傷ついた時もずっと好きでいられて良かった」 「私もよ。ハヤテ君を好きになって、好きになってもらって本当に良かった」振り向いたヒナギクがもう一度笑顔を見せてくれた。 その笑顔が襖の向こうに消えた後も、ハヤテはずっと同じ場所を見詰めていた。
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