Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢 |
- 日時: 2019/08/18 23:04
- 名前: どうふん
- 第三話 : 帰還兵の肖像
「もう、全く・・・」案の定、と言えないこともないが、貸し切りとなっている喫茶店「どんぐり」には予想以上の人数が集まっていた。 「それでは、ヒナさんの無事生還を祝して乾杯、とお、言いたいですが。その前に万歳三唱−っ!」西沢歩の声が高らかに響いた。 「ばんざあい、ばんざあい、ばんばんざーい!」ヒナギクにすればその場にいるのが気恥ずかしいくらいの盛り上がりである。 (中国映画でも見たのかしら)余談ながら元祖の古代中国では万歳三唱は「万歳。万歳。万々歳」であった。 だが、恥ずかしくはあっても決して不愉快なものではなかった。自分が戻ってきたことをこれだけ喜んでくれる友達がいる。 そればかりではない。仲間に同じだけの心配を掛けていたということでもある。そんなことさえ気付かなかった。やはり凄惨な戦いに明け暮れる中、余裕を失い、心が荒んでいたのかもしれない。
(戻ってきて良かった・・・。妖怪の仲間になってもやっぱり私は人間なんだ・・・。この世界を救おうと思いながら、こんな素敵なお友達のことをすっかり忘れていた) それを思い出させてくれたかつての想い人ハヤテの姿は見えなかった。探そうとしたが、会場の喧騒でそれどころではなかった。 この二年間にあったことについて口々に聞かれたが、「世界の平和を守ってきたの」とだけ答えていた。それで十分意味は通じるらしい。 だが、当初の狂騒も一段落すると、あちこちで歓談が始まった。改めてヒナギクはあたりを見回したが、やはりハヤテの姿は見えなかった。 この場にいないのは仕方ないとして、ハヤテは仲間の元にかえってきたのか。ゲゲゲの森で別れる時に、戦いのどさくさできちんと確かめなかったことが悔やまれる。 (と・・・とにかくナギとはきちんと話さないと)ずっと隅の方でちびちびとノンアルコールカクテルを舐めているナギの姿は目に入っていた。
「ハヤテを振ったのか、ヒナギク」歩み寄ってくるヒナギクに気付いたナギは不機嫌な顔を向けた。それは引きこもりだった当時の目つきだった。 「ハヤテ君は帰ってこなかったの?」我ながら間の抜けた質問だと思った。 「訊きたいことがあるのはこっちの方だ。本当は来たくなかったがな。私を妖怪アパートに送り込んだあたりから説明してもらうぞ」 「え、ええ。パーティが終わってからね」確かに今はそれどころではなさそうだった。 「ヒナちゃーん」「ナギちゃーん」後ろから抱き着いてきたのはそれぞれ瀬川泉と歩だった。
パーティが終わり、跡片付けも一段落した。ヒナギクはマスターに頼み、ナギと二人でその場に残ることにした。 ヒナギクの長い話が一段落し、ナギは膨れっ面を変えず横を向いた。 「まあ、お前には感謝すべきなんだろうな」 ヒナギクが一瞬、きょとん、としたのを見逃がさなかった。「私だって他人に感謝することくらい覚えたさ」立ち上がったナギはカウンターまで歩き、コーヒーポットを掴んで二人の手元にあるカップにつぎ足した。「お前のお陰でな」 気まずそうにカップを啜ったヒナギクは、外から聞こえてくる音に気付いた。 いつの間にか雨が降り出していた。
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ベンチに寝っ転がって眠っていたハヤテは、顔に落ちてくる水滴に目を覚ました。 雨に濡れずに済む場所は負け犬公園の中にあるが動く気になれなかった。 口を開くと水分が体内に浸み込んできた。水飲み場に行く手間が省けた。 公園のベンチに寝転がって三日が過ぎていた。生存欲求を満たす以外はほとんど動いていない。
しかし当然ながら雨は次第に衣服に浸み込んで全身の素肌を濡らしている。それでも動けなかった。頭が朦朧として立ち上がるのも億劫だった。このまま濡れネズミになって野垂れ死ぬのもありか。自分にはそれがふさわしい・・・。
「ハヤテ様」伊澄が立っていた。和傘を差す伊澄は頭に包帯を巻き、片手で松葉杖を突いてはいたが元気そうに見えた。「ハヤテ様、どうしてこんなところに」 (ああ、そうだった)ハヤテは苦笑した。伊澄に煽られ、期待を背負い勇躍ゲゲゲの森へと向かった自分がこんなところでホームレスになっているとは思わないだろう。 「済みません。伊澄さんには報告しておかなければなりませんでしたね。闘いは終わりましたよ。鬼太郎とヒナギクさんのお陰で勝つことができました。僕は何の役にも・・・」 「何を言ってるんです?ヒナギクさんから聞きましたよ。ハヤテ様に助けられた、と」 いつの間にかヒナギクは伊澄の元に戦勝報告を済ませ、不甲斐なかった自分にも花を持たせてくれたのか。やはりヒナギクはどこまでもヒナギクだった。所詮、自分なんかと釣り合う存在ではない。自然と苦笑いが泣き笑いに変わった。顔がとっくにずぶ濡れになっているのが救いだった。 「それでハヤテ様はこちらの世界に一足先に戻ったと伺いましたが、何でブラジルにおられるんです?」 負け犬公園って地球の裏側にあったのか。突っ込む気力が失せた。ついでに意識も。
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