Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢 |
- 日時: 2019/08/08 22:29
- 名前: どうふん
- 第二話 : 二人の告白
いつの間にか眠っていたのだろうか。鬼太郎はすぐ横に人の気配を感じた。 「ヒナギク?」そこに座って鬼太郎の顔を覗き込んでいたのはネコ娘だった。 ネコ娘は寂しそうではあったが、限りなく優しい目で鬼太郎の顔を覗き込んでいた。(ヒナギクに似てる・・・)なんでそんな気がしたのか自分でも不思議だった。 「泣いていたのね、鬼太郎」 「あ、ああ・・・。ごめん、みっともないところを・・・」 ネコ娘は首を振った。「みっともなくなんてないわよ、鬼太郎。今のあなたは、私の知る中で一番素敵よ」意味がわからず鬼太郎は首を傾げて、まじまじとネコ娘を見た。 少し顔を赤らめたネコ娘は、顔を背けながら言った。「ヒナギクを引き留めるなら今よ」 白けた気分が胸に広がった。「引き留めたさ。そして振られた」 「本当に?ヒナギクから振られたの?嫌いって言われたの?」 「い、いや、そういうわけでもないけど・・・」あれ?考えてみれば、否定的な言葉はすべて砂かけババアの口から出ていたのではないか。先ほどの会話を最初から思い返してみた。ヒナギクが認めたのは、二年前の告白をそれと気付いていなかったということだけだ。 だとするとまだチャンスはあるのかもしれない。鬼太郎は跳ね起きた。「ありがとう。行ってくるよ、ネコ娘」 ゲゲゲハウスから飛び降りて駆けだした鬼太郎の姿はすぐに見えなくなった。 「立ち直るの・・・早すぎよ・・・」ネコ娘の口から溜息が漏れた。
そこはゲゲゲの森と人間世界の境界線。あと一歩踏み出せば古い祠の横手に出る。 息せき切って辿り着いた鬼太郎の前に、月に照らされた人影が浮かび上がった。 「ヒナギク・・・」 その顔が鬼太郎に向かって微笑みかけた。 「遅かったわね。もう少しで手遅れだったわよ」からかうような優しい響きが胸に浸み込んでくる。 さっきヒナギクと別れてからどれくらい時間が経ったのかはわからない。だが、まどろんでいた時間も含め、もう少し、といいながらヒナギクはずっとここで鬼太郎を待っていてくれたのか。 「じゃ、じゃあ。行かないでくれるのか」声が上ずるのを押さえようがない。 「それはだめ。私は人間なんだから」膨らむだけ膨らんだ期待が萎んでいく。
ヒナギクは言葉を区切り、鬼太郎に向かって一歩、二歩と踏み出した。七歩目で向き合ったヒナギクが腰を落とし、目の高さが同じになった「でもね、すぐに戻ってくるわよ。その後は、あなたと一緒にいてあげる」 「ほ、本当に・・・?」 答えの代わりにヒナギクは右手を差し出した。
この日、間を置かず、ハヤテと鬼太郎、二人に告白された。かつての想い人と最高の戦友に。 その瞬間まで二人の気持ちに気づかなかった。(やっぱり鈍いのかしらね・・・私) それ以上に自分が愛される、という感度がなかった。 大好きだった両親からは捨てられた。姉もヒナギクの元を去った。これはまだ夢を目指しての旅立ちだから笑顔で見送ることができたが、心の中では泣いていた。想い人は行方不明となった。 自分の好きな人は皆いなくなってしまう。そんな虚無に囚われていたことも、ヒナギクが妖怪の世界に身を投じた一因であろう。顔の半分を焼かれて壊された後は尚更だった。 しかし、二人に告白をされて、本当に嬉しい、と感じることができた。 ハヤテは自分が人間で少女であることを思い出させてくれた。 だがそれ以上に鬼太郎は自分の胸の高鳴りを感じさせてくれた。今、きっと自分は鬼太郎に恋しているのだ。
「ありがとう、ありがとう、ヒナギク」鬼太郎は両手でヒナギクの手を握り締め、ぶんぶんと振った。傍から見れば年の離れた弟の様な鬼太郎だが、中身は自分よりずっと長く生きた大人なのだ。 そして、鬼太郎もまたヒナギクの容貌がどんな時も全く気にせず、常に自分を好きでいてくれたことはわかっている。 だったら自分がこの少年のような姿の妖怪を好きになってもおかしくない。いやむしろこの二年間一緒に過ごし、生死を共にした濃密な時間を考えればそうならない方が不思議とも言える。 ヒナギクの空いている手が伸びて、髪をなぞるように鬼太郎の頭を撫でた。ヒナギクなりの愛情表現であったがこれも一般には年下を可愛がる行為ではあった。
改めてヒナギクは鬼太郎に手を振り、人間世界へと足を踏み出した。 ふと思い出した。顔を傷つけられた時、外見に惑わされることなく愛情を持ち続けてくれたという点ではハヤテも一緒ではなかったか。 ヒナギクは頭を振った。もう終わったことなのだ。そう言い聞かせた。 ちょっと気になることもあった。さっき手を握られて胸の高鳴りを感じてはいても、かつて白皇学院の生徒会長室でハヤテと二人で寄り添うようにして夜景を見たときほどではない。 (鬼太郎の彼女になってできることはせいぜいキスとハグくらいかしらね・・・。それ以上は・・・って、何を考えてるのよ、私は)ヒナギクは赤く染まった顔を振った。 まあ鬼太郎の背格好を考えると無理もないだろう。例えいかほどの純愛であったとしても、おのずと限界というものはある。
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