Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【第9話】 |
- 日時: 2019/09/24 22:10
- 名前: どうふん
ハヤヒナのハッピーエンドを期待した方にはごめんなさいです。 本作はもともと、鬼太郎の目玉おやじが心置きなく亡き妻の元へと行ければ・・・という物語です。 ただ、鬼太郎が惚れるのはどんな女の子だろうか、と考えた結果、こうなりました。
以下、最終話です。 今期の鬼太郎を知らない方にも喜んでもらえたかどうか。
最終話: ゲゲゲの女房
かつてナギが住んでいた妖怪アパート、いや爽快アパートは今もそこにある。 その狭い庭を砂かけババアが掃いていた。 「よう、ご苦労さん」現れたのはネズミ男だった。 「何か用かの。何度頼んでも生活ルールを守れん奴に住まわせる気はないぞ」 「ご挨拶だな。あいつら今日、退院だろ。お祝いに来たのによ」 「お祝いというからには手土産くらい持ってきたのか?」 「えへへ・・・」大方、お祝い品にありつくのが目的であろう。実際、そこにはあちこちからおさがりを含めた大量の品が届いていた。
アパートの前にタクシーが止まり、ヒナギクと鬼太郎が降りてきた。 ヒナギクの腕には生まれたばかりの赤ん坊が抱かれている。二人の住む部屋に新しい家族が増えた。胸元まで伸びたヒナギクの髪が赤ん坊の顔に掛かり、くすぐったそうにしている。アパートの中からわらわらと妖怪たちが飛び出してヒナギクと赤ん坊を取り囲んだ。妖怪たちは混乱を避けるため、入院しているヒナギクの見舞いには行っていなかった。 「はあ・・・、こりゃ可愛い」 「おいらの嫁にほしいくらいだぜ」 「お、おい。俺にも拝ませてくれよ」感嘆の声が沸き上がる中、ネズミ男が妖怪たちを掻き分けて近寄ってきた。どれどれ・・・ネズミ男も息を呑んだ。 「はああ・・・。鬼が出るか蛇が出るか・・・、と思ったけど」 「失礼ね。鬼は出るかもしれないけど、蛇はないわよ」ヒナギクが睨んだ。 「そ、そうか・・・。鬼が出るか人が出るか・・・の間違いでした」まあそれならいいでしょ、ヒナギクが肩をすくめた。 「で、実際のところどうなんだ。どっち似なんだ」容姿なら一目瞭然であるが、妖力のことを言っているのだろう。 「まだ、わからないわね。妖怪の世界ならいつでも入れるし、とりあえず人間として暮らせるように手続きだけはしておかないと」 「なかなか面倒なんだな」ネズミ男は頭をぼりぼりと掻いた。(だけどよ、本当に大変なことはその先にあるんだよな・・・)それは呑み込んだ。
この半妖の娘がどのような力を持ち妖怪や人とどう関係していくのか。それは誰にもわからないことであった。
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夜道を一人の若い女性が歩いていた。 その後ろから若い警官が急ぎ足で駆け寄ってきた。 「今からお帰りですか」 その女性は警官に顔を向けた。警官が息を呑むほど美しいその女性はしばらく黙っていたがやがて口を開いた。「ええ」 「若い女性の一人歩きは危険ですよ。最近の事件のことはご存じでしょう」 「ご心配ありがとうございます。でもすぐ近くですので。もう帰ります」 近くでしたら家までお送りします、と警官は繰り返し申し入れたが、女性からは丁寧に、しかしきっぱりと断られた。 「ではお気をつけて・・・」がっかりしているのが声からもわかった。 (凄く綺麗な人だったな・・・)女性の背中を見送りながら警官は呟いた。(あの人が襲われたら・・・。かっこよく助け出してそれをきっかけに美しい愛が芽生え・・・。まあ、そんなにうまくいくわけないよなあ・・・)さっきの女性が襲われることを望むような気分になっていることに気づき、警官は頭を振った。
その一時間後、パトロールを続けていた警官は目をむいた。(あれは・・・さっきの女の人じゃないか)すぐ近く、もう帰ると言いながら一時間もあの女性は何をしているのか。しかも先ほどの場所からはかなり離れている。 警官は改めて女性に駆け寄ろうとした。が、足が止まった。 一個の巨大なゴムマリのような物体が、その女性に向かって飛び込んできた。その物体は地面に飛び込んで跳ねることなく地響きを立てた。 (あれは・・・人間か?)最初真ん丸に見えたそれは相撲取りのような体型の巨漢だった。 巨漢は両手を広げ、その体型からは想像できないスピードで女性に飛び掛かった。 まさかあいつが最近続発している若い女性限定の吸血殺人事件の犯人か。一時間前の妄想が現実になりかけていることに気づき、警官はピストルを抜いて駆け出そうとした。 その肩が後ろから掴まれた。 「おい、離せ」振り向いた警官だが、悲鳴を上げて腰を抜かした。そこにいたのは金髪の少年のように見えたが、口には人間のものとは思えない牙が生えていた。 「きゅ、きゅうけつき・・・?ほんもの?」 「失礼だな、君は。由緒ある吸血鬼の貴族であるラ・セーヌに向かって『本物』とは何のつもりだ」 ラ・セーヌを名乗る少年は、舌なめずりして警官に向けて踏み出した。地面に落としたピストルを拾う余裕もなく、警官はもう一度悲鳴を上げて気を失った。失禁していた。 「フン、殺すまでもないか」異臭に顔をしかめたラ・セーヌは軽く笑い、女性と巨漢に目を向けた。「マンモス、片付いたか?」
意外なことに、マンモスと呼ばれた巨漢が立ちすくんでいる。その先で女性は大人の背くらいもある塀の上からマンモスを見下ろしていた。 ラ・セーヌは舌打ちして歩み寄った。「何をのんびりやってるんだ。さっさと捕まえろ。もっともっと生き血を集めないとバックベアード様は・・・」あっと、目をむいた。 その女性は塀に飛び乗っていたのではない。宙に浮いている。いやそれも違う。宙に浮く一本の剣の上に立っていた。女性が口を開いた。 「この人じゃないと思ったのよね。あんたが張本人ね」 「お前・・・ただ者じゃないな。だが、一人で僕たち二人に勝てるとでも思っているのか」 「一人じゃないよ」声とともに後ろから響いてきたのは下駄の音だった。 「誰だ、お前は」 「ゲゲゲの鬼太郎」あっと緊張を走らせる二人の上から明るい声が響いた。 「そしてゲゲゲの女房・・・ってとこかしら」だが、その声には浮ついた響きはなく、さながら手配中の凶悪犯を追い詰めた刑事のそれだった。
警官は目を覚ました。交番の椅子にもたれていた。さっきのは夢だったのだろうか。 近くで呻くような声が聞こえた。あの巨漢が猿轡を嵌められ、両手両足を縛られて床に転がっていた。 やはり夢ではなかった。誰がやったのかはわからないが、とにもかくにも大手柄だ。警視総監賞だ。近寄ろうとした警官はズボンが濡れていることに気づいた。 「と、とにかく・・・。ズボンを・・・」慌てて奥に入ろうとした警官は、微かに響いてくる音に気づいた。 そのリズムは足音に似ていたが、靴音とは違う。下駄の音・・・だろうか。 ふと思った。いつか・・・ずっと昔に聞いた覚えがある。仮面ライダーやウルトラマンに憧れ、ただ正義の味方になりたかったあの頃に。 もう一度外を見た。人影らしいものは何も見えない。下駄の音は次第に遠ざかるようで、消えることなく響いていた。
今、警官になってその夢は叶ったのだろうか。 今の自分は昔の自分を裏切っていないだろうか。 ズボンの汚れも忘れて立ちすくんでいた。心が洗われている、そんな気がして胸が締め付けられた。
鬼か人か【完】
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