Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【第7話】 |
- 日時: 2019/09/11 22:08
- 名前: どうふん
第8話 : 別れと出発
その夜のゲゲゲハウスでは、鬼太郎ファミリーの酒盛りが続いていた。 「こうして並ぶと見違えるみたいばあい」 「ほんに、ついこないだは姉と弟みたいじゃったがのう。今は兄と妹じゃな」 ヒナギクよりも背が伸びた鬼太郎がヒナギクに顔を向けると自然と見下ろすような形になる。 顔を見合わせた二人だが、視線が合うだけでヒナギクは顔を朱に染め俯いてしまう。その姿を見て口笛が鳴る。鬼太郎とヒナギクを囲んで浮かれ騒ぐその様子はさながら祝言の席であった。 「やっぱりこれは兄妹じゃなくて夫婦じゃのう」
「ええ、次の酒は・・・」土間を漁ろうとした子泣きジジイだが、砂かけババアに襟首を掴まれた。 「子泣き、ええかげんにせえ」 「おばば、お祝いの日じゃぞ。わし、まだ・・・。それともまだおばばは・・・」 「そんなことを言うとるんじゃない。そろそろ気を遣う時分じゃ」子泣きジジイは砂かけババアを見た。ゆっくりと頷く顔を見て、二人の仲に反対していた飲み友達も今は祝福しているのだと気付いた。そして二人きりにしてやろうというのだろう。 「そうじゃな・・・後は若いモン同士で・・・」腰を上げた子泣きジジイだが、それでもちゃっかりと新しい瓢箪を手にしていた。 ぞろぞろとゲゲゲハウスを出ていく妖怪たちの中に、目玉おやじもいた。 「父さん、どこに行くんです」 目玉おやじは振り向いた。「子泣きの言った通りじゃよ。後はお前たち二人に任せて・・・」 「何言ってるんです。父さんは別ですよ。僕と一心同体なんですから」 当然のように引き留めようとする鬼太郎を見て、ヒナギクは今まで考えてもみなかった問題に気づいた。 鬼太郎は青年となり、恋愛については一気に成長した。ほんの二時間前、有無を言わさず唇を奪われた記憶で今でも全身が火照っている。だが、親離れに関してはまだ子供だったということか。 この親子の愛情つながりが半端なものではないことはわかっているし、ヒナギク自身も本当の肉親のように大切に思っている。何といっても幾多の戦場を共にして、事ある毎に知恵を授けてくれた同志なのだ。 だが、鬼太郎と二人きりの時間空間に入り込まれるのは当然ながら大いに抵抗があった。はっきり言えば拒否感が。 さすがに目玉おやじは気付いていた。 「馬鹿言っとるんじゃない。そんなことではヒナギクさんに逃げられるぞ。ここはもうわしの出る幕ではない」 「え、ヒナギクはそんなこと気にしませんよ」 (気にするわよ−)ヒナギクは心の中で叫んでいた。
「ま、まあ、わしも今日くらいはおやじとサシで飲みたいからの」砂かけババアが間に入ってとりあえずは収まった。しかしヒナギクの胸の中には蟠るものが残った。それは今から始まるであろうことではなく、なかなか珍しいファザコン息子を巡る不安だった。 眼の前の酒をゆっくりと飲み干したヒナギクはおずおずと話しかけた。「あ、あのね、鬼太郎・・・。あなたの親孝行はよくわかるし私も協力するけど・・・」その先をどう切り出そうかと迷っていた。 全く邪気のない顔をそのままにちょっと首を傾げている鬼太郎を見て、ヒナギクはため息をついた。
ゲゲゲハウスを出たネズミ男は持ち出したスルメをしゃぶりながら歩いていた。 池のほとりにうずくまる人影が見えた。その右手が動いて小石を拾った。指で弾かれたその石は池の中へ飛び込み、水音を立てた。 「何だ、カエルでも跳ねたのかと思ったぜ」振り返らない人影にねずみ男は近寄った。 「こんなところにいたのかよ、ネコ娘。すぐ消えちまったからどこに行ったのかと思った」それでも動く気配はない。 「ま、仕方ないやな。お前さんは鬼太郎に女と意識させることすらできなかったんだからな」 初めて人影が揺れた。ネコ娘の背中が震えていた。ネズミ男はしばらく佇んでいたがネコ娘の傍に寄り、背中から抱いた。びくんと震えた体が硬くなったが、動き出す気配はなかった。 (へっ。ここまでされても怒らねえのかよ)普段であれば、ここに至るまでもなくネズミ男はギタギタにされるところだ。 「お前さんにとってはこの方が良かったんじゃねえのか」 初めてネコ娘の口が開いた。「どういう意味よ」。 「お前さんじゃ、百年経っても鬼太郎を今の姿にすることはできなかっただろうってことさ」 さすがにネコ娘の横顔をちらりと覗いたが、爆発の気配は感じられなかった。
だけどよ、ネズミ男は続けた。 ヒナギクのお陰で鬼太郎は女の子を好きになることを知った。そしてヒナギクが人間である以上、必ず鬼太郎やネコ娘より先に年を取り、死ぬことは避けられない。一度恋することを覚えた鬼太郎がその時にはネコ娘を好きになる可能性がある。 情報通のネズミ男は知っている。ヒナギクもあのハヤテに対して今のネコ娘と同様の恋をした挙句、実らせることはできなかった。結局のところヒナギクとネコ娘は似ているのだ。ただ、ヒナギクは失恋という経験を済ませていた。ネズミ男のみるところそれだけの差でしかない。
「ヒナギクには感謝すべきだろうさ。鬼太郎の心を開いてくれたんだから。その後、ってことになるだろうけど、五十年や百年、妖怪にとってはどうってこたあねえ」 「余計なお世話よ・・・」ネコ娘が二度目の口を開いた。そしてもう一度。「ありがとう・・・」
ところでこの時の二人の姿を見た妖怪がいて、ネコ娘はこの後しばらく「ネズミ男とネコ娘が赤い糸で結ばれた」との噂に悩まされることになる。
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