Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【第6話】 |
- 日時: 2019/09/05 21:25
- 名前: どうふん
第7話: メモタルフォーゼ
「き・・・鬼太郎、しっかりせえ」 「何じゃ。何がどうした」まだ体が動かないヒナギクに代わり、駆け寄ってきたのは砂かけババアと子泣きジジイだった。 二人がかりで鬼太郎を抱き起し、砂かけババアが鬼太郎の髪を持ち上げて顔を覗き込んだ。 二人の口から驚愕の叫び声が飛び出した。 (ま・・・まさか・・・鬼太郎)よろよろと体を懸命に引きずるようにして鬼太郎に近づいたヒナギクも悲鳴を上げた。鬼太郎の姿が変わっている。髪と腕に隠れた顔は見えなかったが、手足といい身長といい、少年ではなく大人のものとなっていた。 「砂かけババアさん、これは一体・・・」 「わ・・・わからん・・・。じゃが、これは・・・この鬼太郎は・・・これは鬼太郎の父親じゃ」 ヒナギクは混乱した。父親とは目玉おやじのことか。
「正確には父親の生前の姿というべきじゃな」確かに聞いたことがある。目玉おやじは、肉体が滅びる寸前、病で包帯塗れになっていたそうだが、元々は「男前だったのじゃよ」と茶碗風呂に浸かりながら自慢していた。正直なところホラ話と思っていたが。 「で、でも何で・・・。何で鬼太郎がおやじさんに?」子泣きジジイも砂かけババアも首を捻った。 「と・・・とにかく鬼太郎をゲゲゲハウスに運ぼう。おやじなら何かわかるかもしれん」ぬりかべが現れてまだ体をけいれんさせている鬼太郎を担ぎ上げた。 乱れた髪の間から鬼太郎の横顔がちらりと覗き、ヒナギクの胸が鳴った。今の鬼太郎は美青年・・・いわゆるイケメン男子であった。
やはり外傷はない。しかし意識が戻らない鬼太郎を前に、目玉おやじは腕を組んで考え込んでいた。その周りには鬼太郎ファミリーが勢ぞろいしている。 「ヒナギクさん、思い当たる節はないかね。何か変わったことなど」 「な・・・何も・・・」心当たりがないでもないが、まさかねえ・・・との思いが強い。第一他人に話せるようなことではない。 「鬼太郎はわしら幽霊族の末裔の赤ん坊として生まれ、人に養われて少年に育った。じゃがその後は・・・」
鬼太郎はのびのびと子供らしい夢を持つこともなく年を重ねた。そして年相応の分別を身に着け大人びた少年とはなったが、思春期すらなく恋することも知らなかった。ずっと鬼太郎の面倒を見ていた目玉おやじにもこれだけは与えることはできなかった。無理に恋愛ゲームをやらせたこともあるが、鬼太郎を睡眠不足にしただけだった。
ずっと罪悪感に苛まれていた。自分がこんな姿になっていなければ鬼太郎にまっとうな子供時代を送らせてやれたかもしれない。少年のまま成長せずにずっと生き続けることはなかったはずだった。 「だとすると、鬼太郎はヒナギクさんを好きになって、成長期に欠けていたものを得ることができたのかもしれんのう」 「た、確かに鬼太郎の年齢ならとっくに今の姿になっていても不思議はない。今までずっと封じ込められていたものが噴出した、ということじゃろうか」 「それで・・・一気に青年鬼太郎になったんかいね。確かに若い頃のおやじさんそっくりばあい」砂かけババアと一反もめんが顔を見合わせた。 「しかしあれだけ固く封じられていたものが解かれるからには何かきっかけがあったはずじゃ。ヒナギク、思い当たることは本当にないのかね」 「あ・・・あるわけないでしょ」子泣きジジイに顔を向けられたヒナギクは憤然と立ち上がり、急ぎ足でゲゲゲハウスから出て行ったが、その顔は明らかに真っ赤に染まっていた。 「こりゃ何か・・・絶対にあったな」ネズミ男の無神経な声が響き、そこにいた全員の目が覗うように一方を向いた。ずっと沈黙しているネコ娘が俯いていた。
いつの間にかゲゲゲハウスから遠く離れていることにヒナギクは気付いた。まだ心臓がバクバクと鳴っている。まさかとは思う。だがそれ以外に思い当たる節はない。 (私がキスしたから鬼太郎に掛かっていた魔法が解けた・・・そういう事かしら) 魔法というより呪いか封印か、そのあたりは定かでないが、こうした現象は西洋のおとぎ話ばかりではない・・・らしい。 それは喜ぶべきなのだろうが・・・。今まで心のどこかに意識していた鬼太郎の姿。弟のような少年に自分からキスすることも特段抵抗なかった。だが、自分と同じくらいに成長した姿を見ると、急に気恥ずかしさが押し寄せてきた。 「うう・・・、鬼太郎は覚えているのかしら。今度どんな顔して会ったら・・・」顔を覆った両手の隙間から声が洩れていた。
「決まっているじゃないか。今のままだよ」はっと見上げた先に鬼太郎がいた。少年鬼太郎の面影を残した美青年。見た目、自分より少し上くらい。 まっすぐにヒナギクを見詰めて近づいてくる。それだけで全身に痺れるような衝動が走った。 鬼太郎がすぐ目の前に立った。「さ、その手を顔から離してくれ。僕にしっかりと見せてくれ」 今度こそ本当に魔法にかけられたようにヒナギクの両手が顔から離れた。 その腰に腕が回ってくるのを感じた。あっと思う間もなく唇を奪われていた。 心臓を破裂せんばかりに高鳴らせているヒナギクの髪を鬼太郎の掌が優しくなでた。その手は肩のあたりで止まった。 (そうだ、また髪を伸ばさなきゃ・・・)
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