Re: 鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【第5話】 |
- 日時: 2019/08/31 07:08
- 名前: どうふん
第6話 : ゲゲゲの森へと
「あれだけお膳立てしてあげたんだから・・・後は何とかなったかしら」そんなことを思い浮かべたヒナギクは足を止めて苦笑した。 自他ともに認める恋愛音痴で、ハヤテと実は両想いであったということすら気づかずに空回りを続けていた自分が、今になってナギとハヤテをなんとかくっつけようと手を砕いている。
伊澄から連絡を受けたヒナギクはハヤテの看病を手伝い、あえてハヤテを突き放した。あの時のハヤテの顔を思い出すとまだ胸がちくりと痛む。 気持ちを奮い立たせてナギを呼び、状況と自分の気持ちを伝えた。 「それで・・・いいのか」アンビバレンスな感情そのままに顔を歪めるナギに笑顔で応えた。ちょっとぎこちなかったかもしれないが。
ハヤテ君に告らせたい・・・。そんな想いをずっと抱いていた。ただ想うばかりでは駄目だということにようやく気付きながら結局何もできなかった。自分が好きになった人はみんないなくなってしまう・・・幼いころ両親に捨てられた苦しみにいつも縛られていたから。だがそれも言い訳に過ぎなかった。 しかしハヤテのお陰で自分は恋することを知り、それは想像もできなかった形で叶うことになった。 ハヤテを振ったのはちょっと惜しい気もする。だが今となっては思い出の一頁でしかないはずだ。 「ハヤテ君、ナギ・・・幸せになってね」 そして私も・・・。もう駆け引きも逃げもしない。私にも幸せになる権利はある。それを求めよう。 ヒナギクは再びゲゲゲの森に向かって歩き出した。
あの祠が見えてきた。ここから先は妖怪の世界。そして私はそちらの住人になる。自分の意志で。 あくまで半分だけだ。人間界と縁を切ることはない。両親にも今までのことを説明した。理解を得た、とは言い難いが自分の選んだ道を認めてくれた。友人とも旧交を復することができた。
鬼太郎の顔が頭に浮かんだ。 なぜ鬼太郎に心魅かれたのか自分でもうまくは説明できない。長い間、共に戦い共に過ごした日々で情が沸いたというのは確かだろう。だがそれだけとは思えない。 鬼太郎は人間ではない。ただ人間として人を思い遣る心なら誰より強く持っていた。 ちょっと残念なことに二人で並んだら恋人同士には見えないだろう。しかし見た目はコドモでも自分よりずっと長く生きている。 世界を守る本物のヒーロー。その一方で、どこか抜けていていわゆる雑魚妖怪やネズミ男に足元を掬われる。自分がついていないと・・・という危なっかしさを多分に持っている。 そんな鬼太郎を選んだのは決して間違いではないはずだ。 ヒナギクは心に決めていることがあった。今度鬼太郎に会ったその時は・・・。
ゲゲゲの森へと足を踏み入れた。その先に鬼太郎が立っていた。 「お帰り、ヒナギク」満面の笑顔と共に、鬼太郎が両手を広げた。その姿を見て、どきんと胸が高鳴った。少年の姿に変わりはないが、自分なりに一生懸命、彼氏の役割を果たそうとしている。その姿が何とも健気で可愛かった。だが、外見上はお姉さんの立場がある。駆け寄りたい衝動を抑え、ゆっくりと歩み寄ったヒナギクは鬼太郎より大きく手を広げて、鬼太郎を包み込んだ。 「ただいま、鬼太郎」鬼太郎の頭が胸の辺りにあった。子供のような体が何よりも温かく感じた。 ヒナギクは腕を緩めた。もうしばらく抱き合っていたかったらしい鬼太郎が、ん、とヒナギクの顔を見上げた。ヒナギクはちょっとぎこちない笑顔を浮かべて膝を落とし、唇でそっと鬼太郎の額に触れた。 「え、え」何をされたのか理解できない鬼太郎があたふたしている。その眼があちらこちらへ泳いでいた。 (やっぱり私の方がお姉さんだ・・・)少なくとも恋愛に関しては。顔を赤らめていたヒナギクにちょっと余裕が生まれた。 「鬼太郎、知ってる?本当に好きな人同士はね・・・こうするのよ」 鬼太郎の目が改めて近づいてくるヒナギクの顔を見上げた。あう、あう・・・と喘ぐような音を発する鬼太郎の口元に、ヒナギクの唇が重なった。
鬼太郎の体にいきなり力が籠り、ヒナギクは振り払われた。 「な、何をするのよ、鬼太郎」甘い雰囲気が一瞬にして吹き飛び、倒れこんだヒナギクは呆然としている。 だが、そこにはさらにヒナギクを愕然とさせる景色が広がっていた。 鬼太郎が両腕で自分の胸を抱き、苦悶の表情を浮かべている。その口からはうめき声が漏れていた。 鬼太郎が地面に倒れた。その体がけいれんするように震えている。 ヒナギクは鬼太郎に駆け寄ろうとしたが、金縛りになったように動けなかった。
黒い記憶が閃くように脳裏に走った。好きになった人はみんな自分の前から消えていく・・・。 両親、姉、ハヤテ・・・。 (まさか鬼太郎も・・・。鬼太郎までも・・・私の前からいなくなっちゃうの) ヒナギクの絶叫が森に響いた。
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