鬼か人か 〜 第三章 混沌の夢【最終話】 |
- 日時: 2019/08/04 08:13
- 名前: どうふん
- 当スレッドは本作の最終章となります。
ヒナギクさんと鬼太郎、ハヤテそしてもう一人の未来を描いて締めくくりたいと思います。
どうふん
第一話:鬼の目にナミダ
ヒナギクを引き留めようとする鬼太郎の眼には、まるで戦う時のような必死さが滲み出ていた。言葉が出ないヒナギクをかばうように砂かけババアが前に出た。 「鬼太郎、お前の気持ちはわかっておる。勘違いも」 「か・・・勘違い・・・」呆然とする鬼太郎に砂かけババアは続けた。 「あれはあくまで戦いのことじゃ。どんなに苦しくても逃げることなく一緒に戦う、ということじゃよ。そうじゃな、ヒナギク」 ヒナギクは否定できなかった。西洋妖怪と鬼太郎の抗争に巻き込まれた当初、鬼太郎はにべもなくヒナギクの参戦を拒んだ。「僕には人間の友達ならいる。だが、一緒に戦う仲間なんていない。足手まといなだけだ」 ヒナギクにとっては屈辱的なセリフだった。その鬼太郎の窮地を白桜の剣捌きで救った。「これでも足手まとい?」と尋ねる自分はさぞかしドヤ顔を決めていたことだろう。 その後も勝手に行動を共にすることとなり、ついに「一緒に来てくれ」と言われたことはやっと自分が認められた気がして嬉しかった。 西洋妖怪の侵略に立ち向かう正義の味方として生きるのも悪くない、そう思っていた。 あの言葉がまさか鬼太郎の告白、いやほとんどプロポーズとは気づかなかった。
「そうだったん・・・ですか」ずっと黙っているヒナギクを縋るような目でみていた鬼太郎はがっくりと肩を落とした。「それは・・・そうですよね。済みません、おかしなことを・・・」その後は聞き取れなかった。 鬼太郎は二人に背を向けて歩き出した。とぼとぼと足を進める背中にヒナギクは胸を締め付けられた。(何か声を掛けないと・・・)しかし何と言っていいのか、自分が何を思っているのかさえヒナギクにはわからなかった。 取り繕うように、砂かけババアがヒナギクの肩を叩いた。「済まん。鬼太郎の気持ちもこうなることもわかってはいたんじゃが・・・。とにかく一度人間の世界に戻るがええ。親や友達に会って、そして・・・」 「もういいわ、砂かけババアさん」ヒナギクの声が棘を含んでいた。驚いたように見返してくる砂かけババアを無視して、ヒナギクは歩き出した。わけもなく苛立っていた。 その時初めて気づいた。これはかつてハヤテを相手にしばしば感じていた気持ちだということに。 鬼太郎に苛立ちながら、それ以上に自分自身が歯がゆかった。
そればかりではない。必死になって自分を引き留めようとする鬼太郎の姿が繰り返し蘇ってくる。 かつて自分にできなかったことだった。だが見た覚えがある。そうだ、ハヤテだ。 つい先ほど必死になって自分を人間界に連れ戻そうとするハヤテを前にして心が震えた。まさか、とは思いつつ心臓が高鳴った。こんな自分を、顔をズタズタにされても好きになってくれる人がいるんだ。そして、その人はかつての想い人。その気持ちを受け入れたらどれだけ幸せか、本当にそう思った。 それでも醒めている自分がブレーキをかけた。今の私に一番大切なことはそれではない。
そして鬼太郎もベクトルこそ正反対でも、やっていることは変わらない。そして今、感じていること。嬉しかった。ハヤテに告白された時と同じくらいに。 そればかりではない。胸が苦しいくらいに高鳴っているのだ。
***********************************************************:
妖怪たちの酒盛りは続いていた。 鬼太郎はゲゲゲハウスに寝転んでいた。賑やかな声が虚ろに響いてくる。 西洋妖怪との戦いが始まった当初、日本妖怪とは全く異なる西洋妖怪の戦法や魔法に苦戦が続いた。その時に加勢してくれたのがヒナギクだった。 「足手まといだ」と言っても平然とつきまうヒナギクは、西洋の聖剣を振るい鬼太郎たちを黙らせた。さらに「この戦争が終わるまで一緒に戦う」と言い張った。 「ヒナギク。なんでそこまで・・・」鬼太郎の視界に素敵すぎる笑顔が広がった。「あなたたちが身を挺して女の子を助けているのを見たからよ」全身に痺れるような電流が走った。「体内電気」※を自分でくらったようだった。 ※全身から電流を流して敵を倒す鬼太郎の必殺技の一つ
こんな人間もいるんだ、と思った。かつて鬼太郎は墓場で生まれてから、多くの人間を助ける一方で、また養われてきた。お世話になったことも再三ある。だが常に一線を引いて親しくなりすぎないよう心掛けていた。 妖怪と人間とは寿命も環境もまるで異なる以上、当然だった。何十年と生きながら、長年に亘る友達などいない。鬼太郎やネコ娘を慕う犬山まなには可能性があるが、それとて大人になったらどうなるかわからない。それで構わない。 ずっと一緒にいてほしい、心から願ったのはヒナギクが初めてだった。それを伝え、受けてもらえたと思って有頂天になった。 二年に亘り戦いが続いた。その間、特に愛情表現やスキンシップがあったわけでもないが、自分自身がそうしたことに疎かった。それ以上に厳しく苦しい戦いの中でそれどころではない、と割り切っていた。 ヒナギクが傍にいてくれる、それだけでどれほど救われたか。楽しかったか。ヒナギクもそうだと信じて疑わなかった。
(全部勘違いだったのか・・・)恥ずかしさと後悔と苦しさで胸が押しつぶされそうだった。改めて自分がどれほどヒナギクを好きなのかを思い知らされた。 それは鬼太郎にとって初めての恋だった。涙が頬を伝っていた。
|
|