Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない |
- 日時: 2019/06/14 21:07
- 名前: どうふん
第4話 : 月が綺麗な夜
「ヒナギク、済まない」ヒナギクの顔に濡れた布を当てながら鬼太郎は項垂れていた。「僕が迷わずアデルを撃ち倒しておけばこんなケガをさせることは・・・」 ヒナギクはやれやれと笑った。「アニエスのお姉さんを迷わずに?それは鬼太郎にはできないでしょ」 「それは・・・。でも・・・」 ヒナギクは鬼太郎の顔の前で手を振った。「ちょっとしくじったくらいでそんなこと言わないの。あなたには何度も助けられているんだから。それに鬼太郎の非情になれないところ、私は嫌いじゃないわよ」 「・・・ありがとう・・・。僕もヒナギクのことが大好きだよ」
捕らえられたアデルは妖怪たちの居住区域にある穴倉に似た住居に閉じ込められていた。逃げ出すことができないよう砂かけババアとアニエスによる東西二重の結界に固められている。 鬼太郎の指鉄砲を受けて重傷を負っていたが応急措置を受け、命には別状なかった。
ハヤテは砂かけババアの助手として傷ついた妖怪たちの手当てにあたっていた。 ヒナギクの傍にいたかったが、ヒナギクの世話は鬼太郎と目玉おやじの役割だった。 理不尽な目に遭っているような気がして仕方ない。(僕はヒナギクさんを心配して、ヒナギクさんを助けに来たのに・・・) 大体ヒナギクは自分のことが好きではなかったのか。自分と会えば映画のワンシーンのように涙を流して喜んでくれるとばかり思っていた。アテネやナギがそうだったように。 実際ハヤテはヒナギクの声を聞いた瞬間に、胸が高鳴り涙がこぼれそうになったのだ。 しかし、ヒナギクはハヤテがそこに居ることに不思議そうな顔をしただけで、特段の感慨もなさそうだった。誰もが憧れる美貌を傷つけられたことを気にしていない様子だったのもショックだった。 (もうヒナギクさんは僕の知っているヒナギクさんじゃないんだろうか)気が沈んでいくのを抑えようがない。
「さ、もうええ。あんたも休むんじゃな。また明日闘いがあるかもしれん」砂かけババアがハヤテに声を掛けた。 (いや、最後まで手伝いますよ)と頭には浮かんだのだが、出てきた言葉は正反対だった。「じゃ、お言葉に甘えて。後はお願いします」疲労感がどうしようもなく体に沈殿していた。 といって寝る場所があるわけではない。ハヤテは立ち上がって振り向いた。ゲゲゲハウスの灯りは消えていた。 まさか今頃ゲゲゲハウスの中でヒナギクは鬼太郎と・・・。 いや、いくら何でもそんなことはあり得ない。あの人間の姿をした妖怪の実年齢は不明だが、小学生か、せいぜい中学生の外見ではないか。本来なら大学生になっているはずのヒナギクが惚れる相手ではないだろう・・・。 いや、あの少年の落ち着きと大人びた振る舞いは、普通の中学生ではない。実際は何歳ぐらいなのだろうか。幾ら考えても妖怪の年齢なんてわからなかった。
(どこか・・・横になるところは・・・) 池のほとりに出た。草の上に寝っ転がって目を瞑ってみたものの、悶々とした思いは消えない。もう一つ、気になっていることがあった。(あのヒナギクさんの髪は・・・)ヒナギクが髪を切ったのはなぜだろう。自惚れるような考えが頭に浮かんだが、頭を振った。とてもそうは思えない。
隣にふわり、と誰かが座る気配がした。 (ヒナギクさん・・・?)目を開けると、ヒナギクや自分と同じ年くらいの美少女が微かに口元を緩めてハヤテの顔を覗き込んでいた。赤と白を基調とした服に大きな赤いリボンが良く似合う。 「あなたは・・・」そうだ、顔はよく見なかったが、アデルの近くに倒れていた女の子だ。(この子も妖怪・・・?)とてもそうは見えなかった。 「え、ええと・・・。あなたも人間・・・なんですか」我ながら奇妙な質問をしているものだ。 少女はくすくすと笑った。 「そう見える?私は妖怪『ネコ娘』。さっきはみっともないところを見られちゃったけど、これでも結構強いのよ」 この時初めてハヤテはネコ娘の耳が尖っていていることに気づいた。
ハヤテ君、って呼んで良い?少女−ネコ娘は親しげにハヤテを見た。 「ハヤテ君はどうしてゲゲゲの森に来たの?」ハヤテは口淀んだ。説明するのは簡単だ。だがそれが正しかったのかどうかハヤテにはわからなくなっていた。 「ヒナギク?」黙って俯いたハヤテをネコ娘はしばらく見ていた。 「まあ、そりゃそうよね・・・。あんな素敵な人なんだから・・・あたしなんかじゃ敵わない」 最後のセリフが何を意味しているのか、ハヤテはネコ娘を見た。ネコ娘は遠い目をして夜空を眺めていた。 初めて星空が広がっていることに気付いた。いつもより星が明るく綺麗な気がした。 「そりゃそうよ。ここにはネオンも街灯もないんだから」 だから綺麗に見えるのか・・・。何となく気持ちが和み、口元が緩んだ。 「やっといい顔になった」ネコ娘がニッと笑ったようだった。その顔には確かに甘えてくるシラヌイ(かつてゆかりちゃんハウスに住み着いていた猫)を思い出させるものがあった。だからネコ娘か・・・。何となくこの美少女の姿をした妖怪に親しみが湧いた。 「あの・・・僕からも訊いていいですか。何でヒナギクさんはここ・・・ゲゲゲの森ですか。ここに来たんですか」 「それは長くなるけど・・・」 「構いません」くすりと笑ったネコ娘はハヤテのわだかまる疑問に精一杯丁寧に応えてくれた。 魔法少女のアニエスが西洋妖怪の首領バックベアードに生贄にされそうになり逃げてきたこと。 それを助けようとしているのが日本妖怪たちで、執念深くアニエスを追う西洋妖怪と戦っていること。 ヒナギクはアニエスの窮地に居合わせて共に戦ったことで仲間に加わったということ。 アニエスが生贄になるのを防ぐには、アニエスが持っているアルカナの指環を破壊しなければならないが、今のところその方法はないこと。 そして、日本妖怪が負け、連中の目論見通りになれば、それは妖怪だけでなく、日本に住む人間が皆異形のモノとなり西洋妖怪に支配される、ということ。 聞いていた以上に事態は深刻だった。改めて胸を締め付けられた。 「ヒナギクさんは二年の間、すっとそんな戦いを・・・。たった一人で・・・」 「一人じゃないわね。私たちも一緒に戦ったんだから」 妖怪を数に加えていなかった。見透かしたようにネコ娘が続けた。「伊澄もいたわよ」 伊澄もヒナギク同様、抗争に巻き込まれる形で参戦したという。
ちょっと気まずさを感じたハヤテは再び手を頭の後ろに組んで寝っ転がった。 目の前に大きな半月が浮かんでいた。 「月が綺麗ですね」何気なく口にしたセリフにネコ娘が顔を朱に染めた。「な、何言ってるのよ。あんたが好きなのはヒナギクでしょ?」 ハヤテは怪訝な顔をした。それをまじまじと見ていたネコ娘が噴き出した。「ああ、あんた、気付いてないのね」 この時初めてハヤテは「月が綺麗ですね」というのがかつて告白に使われたセリフだという事を知った。 と、いうことは・・・。かつてヒナギクが怪しさ一杯のパフォーマンスを加えながら自分に同じことを言っていたことを思い出した。 あの時にヒナギクの想いに気付いていれば・・・。その時は今と何か変わっていただろうか。わからない。 ただ、その時の自分の反応は何と残酷なものであったのか。身を捩るような恥ずかしさと申し訳なさが押し寄せてきた。
「ハヤテ君はこれからどうするの?」ネコ娘が改めて尋ねた。どうにも答える術がなかった。さらに追い打ちをかける一言に心臓が凍り付いた。 「ヒナギクは鬼太郎と恋仲よ」
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