Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない |
- 日時: 2019/06/08 11:42
- 名前: どうふん
第三話 : 惨劇の森
(無事だったんだ・・・。ヒナギクさん)瞼の奥が熱くなった。だが、今は目の前の魔女を倒すのが先だ。 「あと二歩。そこよ」ヒナギクの声に従い、迷うことなく振り下ろした剣は、またもはじき返された。だが、今度はわずかながら光の壁にめり込んだ感触はあった。 後ろに倒れこんだハヤテの耳にまた声が響いた。 「今よ、鬼太郎。同じところを!」 その言葉の意味を理解するより早く、爆発音が響いた。今度吹き飛んだのは魔女の方だった。 自分の剣を杖にしてよろよろと起き上がった魔女はアニエスに目を向けた。その先では飛び込んだヒナギクが白桜で西洋魔法の結界を切り裂き、気を失ったままのアニエスを担ぎ出した。 魔女はハヤテを睨みつけた。「余計な手間を・・・」 「ヒナギクさんの邪魔は許さない」睨み返したハヤテを無視して、魔女はヒナギクに向き直った。その目が凄まじいばかりの怒りに燃えていた。 「またヒナギクか・・・。お前が・・・、お前さえいなければ・・・」この時初めてハヤテは気付いた。ヒナギクの腰まで届く自慢のピンクブロンドが肩にも掛からないショートヘアになっていた。
一瞬、気を取られたハヤテがはっと視線を戻すと、アデルの全身が青く燃え上がっていた。いや炎に包まれているが、本体が燃える気配はない。 剣を振り上げたアデルはそのまま動かない。攻撃の機を窺っているのか?躊躇っているようにも見えた。あれを振り下ろしたら炎がヒナギクに襲い掛かる、ということは見当がついた。 「いかん。ヒナギクさん、逃げるんじゃ」誰かの叫ぶ声が響いた。だが、ヒナギクはぐったりしているアニエスを後ろに庇って白桜を構え、防御の姿勢を取った。 その瞬間にアデルが剣を振り下ろした。それと同時に、沸き上がった青い炎がヒナギク目掛けて光線のように飛んで行く。 十文字に打ち振られた白桜は、押し寄せる炎を四散させた。だが、片手が塞がっているヒナギクの顔に炎の欠片が交錯した。髪が燃えている。ヒナギクは声を出さずに倒れた。 「ヒナギクさん!」 ハヤテはヒナギクに駆け寄ろうとした。 目の端に閃光が煌めいた。はっと目を遣ると、アデルがあおむけに倒れていた。誰かの飛び道具が魔女を倒したらしい。 だがそんなことよりヒナギクだ。ヒナギクに駆け寄ったハヤテは髪についた火を手で払い、拭き消した。 息を呑んだ。ヒナギクの顔の左半分が無残に焼け爛れていた。何てことだ。「ヒナギクさん、ヒナギクさん!」声が震えていた。
近寄ってくる人影に気付いた。黄色と黒のちゃんちゃんこをまとい下駄を履いた少年の姿だった。 「どいてくれ」 「な、何を」年下にしか見えない少年の素っ気ない物言いに目を据えたハヤテだが、眼を合わせると心臓を氷の手でつかまれたような気がした。逆らうことなど思いもよらずヒナギクから離れた。 「おお・・・ヒナギクさん」少年がしゃがみこむと同時に、髪の中から目玉に胴体が付いた豆粒のような妖怪が飛び出した。これが目玉おやじだということは後で聞いた。少年は目玉おやじとヒナギクの傷を検めていたが、やがてぼそりと呟いた。「良かった。命に別状ない。眼も大丈夫だ。おばば、ヤケドの治療を」 「お、おう。任せておけい、鬼太郎」駆け寄ってきた砂かけババアがかつて伊澄の家で見たようにヒーリングを始めた。 すぐ横に立ち尽くしていたハヤテにはまだ状況がつかめていない。だが、はっきりしていることはヒナギクが負傷し、女の命ともいえる顔に大ヤケドしたということだ。そして砂かけババアのヒーリングがどれほどのものか詳しいことは知らないが、伊澄の例を考えると傷跡を完治させるようなものではないだろう。 そしてそんなことを全く気にせず「命に別状ない」から「良かった」と平然と言い切る鬼太郎と呼ばれた少年に怒りが湧いた。 ハヤテは恐怖も忘れ、鬼太郎の襟首を両手で掴んだ。 「お前。わかっているのか!何が大丈夫だよ。どこが良かったんだよ。女の子の顔にこんな傷をつけて」 「怒る相手を間違えてないか」鬼太郎の表情は変わらない。不思議そうにハヤテを見返していた。「命に別状ないから良かった、というのがそんなにおかしなことですか」 ハヤテは手を放した。恐怖からではない。鬼太郎は本気でそう思っているらしい。
ゲゲゲハウスの周囲はさながら野戦病院と化していた。砂かけババアが看護婦のように駆けまわっている。 鬼太郎は意識を失っているヒナギクを抱きかかえた。ハヤテは鬼太郎についていくしかなかった。 ゲゲゲハウスに寝かされたヒナギクの姿は痛々しかったが、先ほど砂かけババアが施した応急措置のお陰で血が止まり、傷口は癒えているように見えた。だが、ヤケドはどす黒く顔の半分を覆っていた。これは時間が経って消えるようなものではない。 一声うめいたヒナギクが目を覚まし、覗き込んでいる顔をぐるりと見まわした。 「ハヤテ君、どうしてここに・・・」ハヤテは涙が溢れだすのを止められなかった。 「ヒナギクさんが心配だからに決まっているじゃないですか。済みません。僕がついていたのにこんなひどいケガを・・・」 「傷ついているのは顔だけだ。炎のかなりの部分は振り払うことができた。目は問題ないから視力はすぐ戻る」横から鬼太郎の無機的な声がした。 「そう、良かった。なら戦いには支障ないわね」 ハヤテは二の句が継げなかった。自分をスルーし、淡々と鬼太郎に答えるヒナギクが遥か遠くに行ってしまったような気がした。
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