Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない |
- 日時: 2019/07/15 22:09
- 名前: どうふん
二年にわたる妖怪大戦争はようやく決着しました。 鬼太郎ファミリーやヒナギクさんの勝利という形で。
しかしそれは新たなる闘いの幕開け・・・というのは冗談です。念のため。 とはいえ、戦闘の終結により、今まで隠れていた火種が噴出してくることになります。 その兆候をもって「鬼か人か 〜第二章」、完結します。
その後については第三章にて
第10話 : それぞれの別れ
「アニエス・・・これは・・・」さしもの目玉おやじも驚いて言葉が出ない。 「アデルが言った通りよ。お姉さまは命を再生に使ったの。でもこれだけの効果があったのは・・・指環の力ね」 何と言っていいのかわからずヒナギクは俯いた。アデルは贖罪のために命を投げ出した。そしてバックベアードに消耗され、悪用される一方でその力を指環に蓄積させていった魔女の命はようやく解放された。
アデルがこうするしかない、と言うのはわかる。これで永年に亘る負の遺産を消滅させることができ,アニエスが人柱とされることもなくなった。 それでもアデルが消えた空を見上げるアニエスの背中を見ていると胸が痛んだ。 「アニエス・・・。何と言っていいのか・・・」ようやくヒナギクは声を振り絞った。 だが、向き直ったアニエスは笑っていた。その顔は涙に濡れてはいたが。 「ねえ、ヒナギク。最後にお姉さまは何を言おうとしたのかわかる?」 え・・・、アニエスがヒナギクに抱き着いていた。 「あなたにありがとうって言っていたのよ」言葉が出ないヒナギクにアニエスは続けた。「それとね、あなたの傷が元通り治って本当に良かった、って」 姉を失ったアニエスなりに気持ちを整理しようとしているのであろう。そしてあえて一人でアデルと会い、姉妹の絆を取り戻してくれたヒナギクへこうした言い回しでお礼を言っている。 そう思うとこれ以上ネガティブなことは言えなかった。 「まあ、何にせよお祝じゃ。飲もう、飲もう」相変わらず短絡的で雰囲気の読めない子泣きジジイである。しかし、この場ではそれが救いになった。
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その夜は妖怪たちの酒宴が行われた。 賑やかに浮かれる妖怪ばかりではなく、死んでいった仲間たちを偲んで涙酒に暮れているものも多い。そのため盛り上がりはいま一つであったが、いつ死ぬかもわからない緊張から解放され、全員が安堵の空気に包まれていた。 妖怪大戦争において常に最前線にいた鬼太郎ファミリーも例外ではない。 姉を失ったアニエスや普段は無表情の鬼太郎さえ、力が抜けた様子で表情が緩んでいた。目玉おやじも珍しく鬼太郎の頭を離れ、お猪口を大杯のように抱えて酒をあおっていた。
「ヒナギク。あんたも飲まんかの」子泣きジジイから盃を勧められたヒナギクはちょっと笑って手に取った。 やはり姉譲りでアルコールへの耐性は強いのだろう。一息で空けたヒナギクの顔を子泣きジジイが覗き込んでいた。 「ほ、ほおお。未成年のヒナギクが初めてわしの酒を受けてくれたわい」 「やあね。今日ぐらいは良いじゃないの。それに妖怪の世界に未成年も何もないでしょ」 「そんの通りさ。おっばけは死なあないいいい。未成年も老いぼれもなあい」ネズミ男が調子を合わせて周囲で笑いが起こった。 「もうヒナギクはわしらの仲間ばい」 「ひなぎく、ともだち。ようかいのともだち・・・」一反木綿やぬりかべも浮かれている。 誰も気づかなかったが、一人顔をしかめていたのが砂かけババアだった。
時が過ぎて三々五々。次第にその場の頭数が減っていた。 「子泣き、ええかげんにせんかい。ヒナギク、そろそろお休みした方が良いんじゃないかの。酔いは後でまわってくるものじゃぞ」 「そ、そうね」砂かけババアから声を掛けられ、振り向いた目元が朱く染まりとろんと潤んでいる。初めて飲む酒でほろ酔い風情のヒナギクは普段と違う雰囲気を醸し出していた。 それだけで周囲の目を釘付けにするのに十分だったが、気づくことなくヒナギクがゆらりと立ち上がった。 先ほどまで緩んでいた鬼太郎の顔が固まっていた。明らかに緊張していた。 自分も立ち上がってヒナギクに向かってゆっくりと手を伸ばし、何事かを語り掛けようとして口ごもった。それでも意を決したように唾を呑み込んだ。 だが鬼太郎が口を開くより早く、砂かけババアがヒナギクの肩に手を遣り、森の奥を指さした。「ちょいと、ヒナギク。こちらにいいかの」
「何かしら、砂かけババアさん」意外に遠くまで連れてこられたヒナギクは首を傾げていた。 「なあ、ヒナギク。あんたにはほんとに良くしてもらった。お前さんのお陰で勝つこともできた。じゃが・・・」砂かけバアアはヒナギクに顔を向けた。「ヒナギクは人間なんじゃ。いつまでもわしらの中に居てはいかん・・・そうではないかの」 「どうして・・・居ちゃいけないの?私はもう鬼太郎ファミリーの一員のつもりだったのに。そんなことを言われるなんて心外よ」 ヒナギクの顔から酔いが醒めたように笑みが消えていた。怒りではなく困惑の体だった。 「あんたは立派にわしらの仲間じゃよ。だがな、人間界と縁を切ってしまっていいのかのう。本来あんたのいる場所はあちらじゃないのかな。わしは半分人間界にいる。あんたの友達がどれだけ心配しているかも知っておるぞ」 ヒナギクは沈黙した。砂かけババアは「仲間」とは認めても「ファミリー」とは言わなかった。
砂かけババアは話を続けた。「訪ねてくる分には、わしらはいつだってヒナギクは大歓迎じゃ。だが一度人間界に戻るべきではないかの。そして・・・」 ヒナギクは顔の前で手を振って話を遮った。 「それはわかっているわよ。でもやっと戦いが終わったんだもの。今晩だけは鬼太郎たちと一緒に居させて」 「そうか。それじゃ人間界に戻るんじゃな」砂かけバアアがほっとしたように息をついた。 「待ってくれ」声と共に駆けてくる音がした。鬼太郎だった。切羽詰まった声の響きが二人の動きを止めた。「ヒナギク、帰らないでくれ。これからも僕と一緒にいてくれ」 声が出ないヒナギクに向かう鬼太郎の形相が普通ではなかった。 「言ったじゃないか。『どこだろうとついていく』、って」
<鬼か人か 〜 第二章:HEROに涙はいらない【完】>
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