Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない |
- 日時: 2019/07/08 21:39
- 名前: どうふん
- 第9話 : リバース
「何の役にも・・・立てなかった」ハヤテの遥か先でバックベアードが消滅していくのが見えた。「何のために・・・僕は・・・」 ヒナギクを助けよう、取り戻そうとしてこの世界にやってきた。ナギとの別れ、命を落とすことまで覚悟して。 前回の闘いに加わり時間稼ぎぐらいはしたかもしれないが、それだけだった。目の前でヒナギクが傷つくのを防げなかった。
つい先ほど、ヒナギクに告白し、一緒に人間界に戻ろうと頼んだ。ヒナギクは当初呆然として、そして涙を流した。 だがハヤテの腕の中で震えていたヒナギクはハヤテを手で押し戻した。 「私は行かなきゃいけないの。今、行かなきゃ日本が滅びるかもしれないのよ。あなたの大切なお嬢様も。今、そんな場合じゃないでしょう」きっぱりと言い切ったヒナギクの眼に先ほど見せた迷いはなかった。 それは違う。そんなはずはない。ハヤテは唇を噛み締めた。 この場は引くべきだったろう。だが、今のハヤテにそんな余裕はなかった。 「ヒナギクさん、だったらもう一つだけ教えてください」ハヤテの思い詰めた目に、ヒナギクの顔にも緊張が走る。 「ヒナギクさん、あなたが・・・あなたが髪を切ったのはなぜですか。そのままずっと伸ばさなかったのはなぜですか」最後の命綱であったかもしれない。それがヒナギクの自分への想いの証明だと、信じたかった。 だがヒナギクは気が抜けたように首を傾げた。「戦う時に邪魔になるから・・・だけど」 言葉が出ない。最後の希望があっけなく打ち砕かれたハヤテは呆然としていた。 「あとは・・・いつ敵が襲ってくるかわからないのに長い髪だと手入れに時間がかかるし」ハヤテの反応を見て、もう一つひねり出した答えがこれだった。 やはりヒナギクはヒーローだった。せいぜいが身の回りのことしか考えられない自分がヒナギクに比べてあまりにちっぽけに感じた。 ハヤテの告白はヒナギクをほんの一瞬昔に還しただけだった(やっぱり・・・もう僕の手が届く人じゃない・・・)
ヒナギクは白桜に飛び乗った。 今まさに飛び立とうとするヒナギクにハヤテは黒椿を差し出した。「せめて、これだけでも・・・。白桜に乗ったままでは武器がないでしょう」 ヒナギクが笑った。この世界に来て、初めて見たような気がした。 「ありがとう、ハヤテ君。じゃ、気を付けて帰ってね。みんなに宜しく」別れの言葉だと気付いた。 「ヒナギクさん・・・死なないで下さい。また顔を見せて下さい。本当にみんな心配しているんですから」最後に掛けた声はヒナギクに届いただろうか。そしてヒナギクが戻ってきても、その場に自分はいないだろうと思った。 それでも、まだ何か役に立てるかも・・・思い直して駆けだした時には戦いは終わっていた。 「これから・・・どうしよう・・・」さすがにゲゲゲハウスに戻る気にはなれなかった。かといってもう人間界にも帰る家はない。 また旅に出よう。なに、いつものことじゃないか・・・。ハヤテは踵を返した。肩を落とし、足を引きずるように歩き出した。
「お姉さま。何を、何をするつもり」 「もう・・・わかっているだろう」 「駄目。それは駄目。やっと気持ちが通じたのに。昔の姉妹に戻れたのに」 アデルはさらに力を込めてしがみつくアニエスの肩を抱いた。「私は罪を償わなければならない」 「だ、だから・・・それはゲゲゲの森を」 「そのために最も効果的な方法は知っているであろう、アニエス。魔女の命は破壊と再生、どちらに向けても究極の力となる。そして・・・」アデルは右手を伸ばし、アニエスのペンダントを引きちぎった。糸の先端に輝いているのは母親を含め、歴代魔女の命が籠められているアルカナの指環だった。「多分これが力を貸してくれる」 バックベアードが死んだ今、固く厳しく縛められた指輪の封印が力を失っている。今までどんな打撃を加えてもびくともしなかったが、今ならきっと破壊できる。そして閉じ込められた魔力を再生に向けた力で開放することも。
アデルはアニエスの肩に回していた腕を放した。「こうするしかない。私が今までしてきたことを考えれば。もう取り返しのつかないこともあるが、せめてできる償いだけでも。アニエス・・・今まで一方的な思い込みでお前とお前の仲間を苦しめて済まなかった」 「嫌、それは嫌」泣き叫ぶアニエスはアデルにしがみついたまま離れない。 「私のために泣いてくれるのか。こんな嬉しいことはない。いや、違う。今のお前には仲間がいるんだ。お前がいなくなったら私は一人だがお前は違う。それが何より嬉しくて・・・」アデルはそこで一度、口を噤んだ。 「もう一つ、言わなければならないことがあった。ヒナギクのあの傷はお前を庇ってついたものだ」動きを止めたアニエスを押さえ、アデルは飛び上がった。 「待って。お姉さま。私も一緒に・・・」だが、箒が折れているアニエスには追いかける術がない。 空高く浮かび上がったアデルがアルカナの指環を高く掲げた。その全身が柔らかな光を放ち、鬼太郎たちとゲゲゲの森を包み込んだ。 その光はどこまでも温かく、全身の疲労や傷までが癒えていく。焼け落ちた樹や草が新たに芽を吹き天に向かって伸びてゆく。
光が次第に弱まり消えたとき、アデルもアルカナの指環も跡形がなかった。 ゲゲゲの森は元通り、とはいかないまでも、緑に再び包まれ生き返ったのが感じられた。 心地よさに目を閉じて光を浴びていた鬼太郎は、ヒナギクがしゃがみこんでいるのに気付いた。「どうした、ヒナギク」ヒナギクの周りにだけはまだ光がホタルのように飛び交ってヒナギクを包み込んでいた。 ヒナギクは両手で顔を覆っていた。泣いているのか、それにこの光は・・・傍に行こうとした鬼太郎をヒナギクの右掌が押しとどめた。 そして再び顔を上げたヒナギクが顔から手を放すと、周囲から驚きの声が上がった。あの焼け爛れた傷が消えていた。
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