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対象スレッド 件名: Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない
名前: どうふん
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Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない
日時: 2019/07/04 21:34
名前: どうふん



第8話 : アルマゲドンの彼方に


アニエスに代わり、アデルが鬼太郎と二手に分かれてバックベアードと空中戦を続けていた。
「鬼太郎。黒目の部分だ。目に痛手を受けて平気な生き物はいない」
もっとも妖怪を生き物と呼んでいいのか。実際目玉おやじは痛手どころか踏みつぶされても平気である。しかしそんなことはどうでもいい。問題はバックベアードの瞼が頑丈すぎるところで、眼球目掛けて叩きつけられるあらゆる武器を撥ね返していた。
「フン、お前がアニエスの身代わりになろうとしていたことはわかっていたがな。私を裏切るほどのアホウとは思わなんだぞ」
しかし箒に跨って飛ぶアニエスに比べ、アデルは背中の羽根で飛んでいる分小回りが利き、バックベアードの攻撃を躱し続けていた。
二人掛かりでも未だ近寄ることができない。しかし口調こそ余裕をみせているバックベアードの動きが、焦りか疲労か次第に荒くなっていた。


「砂かけババア、奴に砂を喰らわすわよ」地上からこの空中戦を見上げているネコ娘が囁いた。
「じゃ、じゃが、どうやってあんな高いところに」鬼太郎ファミリー得意の子泣きジジイのパチンコも通じる距離ではない。そもそも準備に手間が掛かって空中からはすぐ見つかるだろう。
「私に砂壺を貸して。小さくていいから一番強烈な奴を。ぬりかべ、真下まで走るわよ」
ネコ娘の考えが読めた。ぬりかべの頭を、いや肩だろうか、借りて跳躍し、射程距離に潜り込もうというのか。
確かに空中戦はもつれあうように次第に地上に近づいている。チャンスは必ずくる・・・。
ただし使えるのは一度きりだ。

長期戦で疲労の色を隠せない一反木綿の尻尾がバックベアードの怪光線に焼かれた。バランスを失った一反木綿がふらつき、鬼太郎が空中に投げ出された。
「鬼太郎!」地上から悲鳴が上がる。しかし、バックベアードは墜落する鬼太郎を追って高度をさらに下げた。
今だ。今しかない。目の隅で鬼太郎を追いつつ、飛び上がったネコ娘はぬりかべの背中を足場にさらに高く跳んだ。
ネコ娘に気付いたバックベアードの眼玉がぎらりと光った。
「喰らいな!」渾身の力を込めて投擲された砂壺がバックベアードの眼玉に吸い込まれるかに見えた。
だが、バックベアードの眼から怪光線が発せられるのが早かった。壺は届く前に粉々になり、ネコ娘までも吹き飛ばした。
「雑魚が、粋がりおって」勝ち誇ったバックベアードが言い終わる前に、次の砂壺が飛んできた。
ネコ娘のすぐ後ろを飛んでいた砂かけババアが第二弾を放っていた。ぬりかべがバックバアード目掛けて砂かけババアごと投げつけたのだった。
怪光線は間に合わない。バックベアードは瞼を閉じた。だが、破裂した砂壺は砂塵となってバックベアードを包み込んだ。

「うう・・・」瞼の隙間からわずかだが砂粒が入り込んだらしい。目を開けられないバックベアードは砂塵から逃れようと高度を上げた。
「待ちなさい」横手から飛び込んできたのはヒナギクだった。白桜に乗って一直線に向かうその手に、ハヤテが持っていたはずの黒椿が握られていた。
気合いと共に黒椿が瞼の隙間を一文字に切り裂いた。血しぶきが飛び、バックベアードが初めて悲鳴を上げてのたうつように揺れた。
「離れろ、ヒナギク」墜落しかけた鬼太郎の手をアデルが握って空中に浮いていた。
アデルの手にぶら下がったまま鬼太郎は指鉄砲の狙いを定めた。
「鬼太郎。糸よ」
「わかってる」
鬼太郎の指が控えめな閃光を放つや、それは炸裂することなく一本の糸のように細く長い筋となってバックベアード目掛けて伸びた。瞼に跳ね返された光線が次第に照準を合わせ、瞼の僅かな隙間を撃ちぬいた。
再び声を上げたバックベアードだが、これは今までとは違う。断末魔の叫びだった。
のたうち回るバックベアードの姿が歪み、消滅していった。

「やった」アデルに支えられながら鬼太郎が地上に降り立った。その目が最初に捉えたのはヒナギクだった。
「ヒナギク、どこに行ってたんだ。心配したよ」
「みんな、遅くなってごめん」
そこにいる全員が疲労困憊し、また痛手を負っていたが、それでもよろよろと集まり、やっとのことで掴んだ勝利に安堵する声があちこちから上がった。バックベアードに吹っ飛ばされ、血塗れのネコ娘もがその中にいた。
「ところで・・・ハヤテはどうしたかの。ヒナギク、その剣は」砂かけババアが尋ねた。
「ああ・・・ハヤテ君は傷ついて治療のため向こうの世界に戻ったわよ。その時に、私に黒椿を託してくれたの」
「そ、それは一大事じゃ。戦いは終わったことだし、わしがヒーリングを。ヒナギク、案内してくれい」
ヒナギクは首を振った。「ハヤテ君はそんなこと望んじゃいない。そっとしてあげて」
その重い響きに砂かけババアは口を噤んだ。だが何か言いたげだった。
少し離れたところで怒声や罵声が響いてくるのに気付いた。日本妖怪たちが口々に何かを罵っている。そして哀願するような泣き声も。


「こいつらに一体どれだけの仲間が殺られたんだ」
「ゲゲゲの森だって焼け野原になっちまった」
「それはわかる。わかります。だけどあたしの一人きりの姉なの。最後は私たちに味方して戦ってくれたんですから何とか命ばかりは・・・」
「こやつのやったことを考えてみろ。最後に少しくらい協力したからって、罪滅ぼしにはならねえだろ」
日本妖怪たちがアデルを取り囲み、今にも飛び掛かりそうな一触即発の体だった。
黙然と座り込んで俯くアデルの前で、アニエスが膝まづき、姉を助けようと嘆願していた。

「みんな待ってくれ」鬼太郎とヒナギクが二人、輪の中に割り込むように入り、アニエスの前に立った。
「確かに皆の言うことは分かる。だけど、皆、アニエスが僕たちの仲間ということは認めるだろ。アデルはアニエスのたった一人の肉親なんだ」
「私はアデルと二人で話したの。アデルは何とかアニエスを救おうとして悩んだ挙句に暴走したんだということも聞いたのよ。やったことは許されることじゃないけど、決して自分の意志でやったわけじゃないの」
「そもそも僕たち日本妖怪だって、仲間内で際限なく争っていたこともあるじゃないか」
二人が口々にアデルを庇うのを聞き、お互いの顔を見合わせていた妖怪たちの雰囲気が渋々ながら変わり始めた。
「まあ・・・お前たちがそう言うなら・・・」
一人、二人とその場を去っていく妖怪が出始めたとき、アデルが初めて口を開いた。
「鬼太郎、ヒナギク。本当に済まなかった」
「もういいさ。済んだことは。これからゲゲゲの森を元に戻さなきゃいけない。力を貸してくれるか」
「ええ、アニエスと二人きりの家族、大切にしてね」
「大切にしたい。だがそれは私の役目ではない。私の役目はこの森を元に戻すことだ。そしてヒナギク、お前もな」鬼太郎にヒナギクも意味が分からずアデルの顔を見た。
だが、アニエスは悲鳴に近い声を上げ、アデルにしがみついた。