Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない |
- 日時: 2019/06/29 13:37
- 名前: どうふん
第7話 : ヒーローとして 人として
「鬼太郎、一反木綿。わかっちょっるな。あいつと目を合わせてはいかん」目玉おやじはいち早くバックベアードの目がもつ催眠能力に気付いた。 「はい、父さん」だがそれは相手を見ることなく戦うことを意味していた。 鬼太郎を乗せて飛び回る一反木綿も戸惑っている。何とかバックベアードの横や後ろに回り込もうとするが、バックベアードの動きは素早くそれを許さない。
空中戦とあっては砂かけババアやぬりかべ、ネコ娘たちも手が出せない。 「せめて二手から攻撃できればのう・・・」 「任せて」顔をスス塗れにして駆け寄ってきたアニエスが箒に跨って飛び上がった。鬼太郎の反対側に回り込み、挟み撃ちの態勢をとった。 だが、バックベアードには「束になってこい」と嘲笑う余裕すらあった。バックベアードが目から怪光線を連発すると、二人は防戦一方に追い込まれていた。 「きゃあああ」バックベアードの怪光線がアニエスの箒を直撃した。箒が真っ二つになり、アニエスが空中から墜落していく。 「ちっ。アニエスに怪我させては」バックベアードが舌打ちした。ネコ娘が落下地点に向かって懸命に駆けたが間に合う距離ではない だが、地面に直撃する寸前、突如現れたアデルが気を失ったアニエスを抱きかかえていた。
先ほど。 ようやく止んだ炎の雨が落下地点の周囲を焼き尽くす中、ヒナギクは唇を噛み、駆けだそうとした。 「待て、ヒナギク」呼び止めたのはアデルだった。「私を出してくれ」 「はあ?」ネズミ男は顔を歪めた。だがそれ以上に驚いたのは、ヒナギクが言われた通りに結界を解いたことである。 アデルが結界から歩み出てきたのを見て、ネズミ男は悲鳴を上げて走り去った。 「アニエスを助けるわよ」 「恩に着る」短く答えたアデルにヒナギクはもう一言告げた。「肝心なことは言葉にしなければ伝わらないわよ」かつての自分がそうだったからこそ、アデルにも気付いてほしかった。 俯いたアデルの背中に4枚の羽根が生えた。飛び去るアデルを見送ったヒナギクはアデルを閉じ込めていた結界に目を遣った。 「きっと・・・間違ってはいなかったはずよね」あの火の雨を浴び、結界が崩れて穴が開いていることには気付いていた。アデルは黙って逃げようと思えば逃げられた。それなのに結界を解かれるまでは決して自分から出ようとはしなかった。 改めてヒナギクはアデルが飛び去ったその先に目を向けた。巨大な目玉が鬼太郎たちと空中で戦っているのが見える。感傷に浸っている場合ではない。すぐに行かないと。 白桜をスノーボードやサーフィンの要領で使えば自分も空を飛べる。その代わり、手元に武器はない。特攻覚悟で体当たりして白桜の剣先を突き立てるしかない、と思い決めた。
白桜を召喚したヒナギクは飛び乗ろうとして立ち止まった。 目の前にハヤテが立っていた。荒い息を吐いて、樹で体を支えていた。 「ヒナギクさん、僕と一緒に戻ってください」 「何言ってるの。私は飛べるんだから先に行ってるわよ」 「違うんです。人の世界に戻ろう、そう言ってるんです」動きを止めたヒナギクに向かい、ハヤテは声をはげました。「僕はあなたが好きです。だからヒナギクさんを連れて帰りたいんです」 絶句したヒナギクがようやく声を絞り出した。「どういう・・・ことなの」
かつてヒナギクは鬼太郎と手をつなぎゲゲゲの森に足を踏み入れた。 ハヤテには告白することができた。ナギの独り立ちもめどがついた。砂かけババアや妖怪たちがナギを見守り、育ててくれるだろう。ちょっとは不安があるが、それは時々でも見に帰ればいい。自分が生きていれば、の話だが。 この選択に悔いはない。そう自分に言い聞かせた。命を落とすことも覚悟した。それ程厳しく、敗北の許されない戦いであることわかっていた。 大切なものを守るためには私が行くしかない。私は正義の味方なんだから・・・。 だからこそ二年近い戦いの間、親や友達とほとんど縁が切れることになっても受け入れた。ハヤテがいきなり戦いに加わったことにも心を乱されまいとした。顔を焼かれて傷ついたことさえも。 今は勝って仲間と日本を守ることが何より優先、そう思っていた。
その意味では。 今ハヤテの告白など聞いている場合ではない。一刻も早く戦場に戻らなければいけない、とはわかっていた。だが動けない。ヒナギクの心が初めて乱れていた。 「ばか・・・。今さら何よ・・・」ようやく絞り出した声が震えていた。 「僕が馬鹿でした・・・。済みません。だけどやっとわかったことがあるんです。お嬢様が一人前になったのを見届けて安心できた時、ヒナギクさんが行方不明になって初めて気づきました。心配で胸が張り裂けそうでした。僕が好きなのはヒナギクさんです。多分・・・いや、きっと・・・ずっと前からそうでした」 ヒナギクは顔を背けて俯いた。左手を上げ、今の今まで平然と晒していた傷を初めて隠した。涙がぼろぼろとこぼれていた。ゲゲゲの森に入って以来、ずっと忘れていたものだった。 「で、でも・・・。私はもう・・・こんなに醜く・・・こんな顔になって・・・」 言いかけたヒナギクをハヤテは遮った。 「ヒナギクさんはヒナギクさんです。誰が何と言おうと傷つこうと世界で一番キレイです。それ以上に素敵です」 ヒナギクの全身からずっと張り続けていた気が抜けていく。へたへたと膝が折れて地に着いた。 ハヤテは泣きたくなった。ヒナギクはやっぱり人だった。正義の味方であろうとし、ヒーローとして振舞っても、やっぱり普通の女の子だった。 そこに安堵する気持ちも確かにあった。ヒナギクを取り戻した・・・ そう思った。 「これからは僕がヒナギクさんに付き添います。ずっと一緒に」
地に座り込むようにして、両手で顔を覆い、ヒナギクはしゃくりあげた。 ずっと忘れようとして、忘れたつもりだったものが体内から溢れてくるようだった。 ハヤテの腕が自分の背中に回ってくるのに気付いた。その腕に力が籠り、顔がハヤテの胸に押し付けられた。 「ヒナギクさんは今の今まで頑張り過ぎです。もう十分です。もういいじゃないですか」 ハヤテの心臓の音が耳元に響いてくる。全身に力が入らない。身動きさえできない。 ハヤテの腕が緩み、そっと体が離れた。俯いた顔を上に向けたヒナギクにハヤテの顔が近づいてきた。
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