Re: 鬼か人か 〜 第二章 HEROに涙はいらない |
- 日時: 2019/06/26 21:12
- 名前: どうふん
第6話 : アルマゲドン勃発
何事も起こらないまま一週間が過ぎた。ゲゲゲハウスには鬼太郎ファミリーに加え、アニエス、ヒナギク、ハヤテが揃っていた。全員の手元には小豆あらいたちがこしらえた一口饅頭がお茶と共に置いてある。ハヤテがちらちらと目を遣る先で、ヒナギクは口の右半分を歪めるようにそれを齧り、啜っていた。どす黒く焼け爛れている顔の左半分はまともに動いていない。右半分が絶世の美少女であるだけに余計に痛々しかった。ヒナギクはそれを隠そうともしていない。気にするそぶりも見えなかった。
「もしかしたら、奴らの首領・・・バッグベルトだったかの。幹部を全員やられて諦めたんじゃないかのう」子なきジジイの楽観をアニエスは一蹴した。 「バックベアードよ。あいつはメンツを潰されて引き下がるようなタマじゃない。きっとまた仕掛けてくる」 再び沈鬱な空気が漂う中、砂かけババアが尋ねた。「ところで・・・閉じ込めたアデルはどうしとるんじゃ」 全員がアニエスを見た。「会ってないからわからないわね」アニエスはこの話題になると常に素っ気ない口調になる。 ヒナギクがアニエスに声を掛けた。「一度、会ってみたら。私にはよくわからないけど魔女には複雑な事情があるんでしょ。お姉さんにも何か・・・」 「その話はもうやめて!」下を向いたアニエスは、わなわなと震えていた。絶対にイヤだ、と態度が示していた。 「私が会いに行っていい?」え?ヒナギクの声にアニエスは顔を上げた。 「やめた方が・・・。あの女、逆恨みしてヒナギクに何をするかわからないわよ」アデルがヒナギクを傷つけ、その瞬間に打ち倒されたということは聞いていた。もっとも、アデルの攻撃を躱せなかった原因が自分を庇ったためだということは知らない。 「大丈夫よ」自信ありげなヒナギクを全員がまじまじと見た。「アデルはアニエスのお姉さん。それだけは間違いない」
立ち上がったヒナギクをハヤテは追おうとした。が、制止された。 「ここは私に任せて。一対一で話がしたいの」ヒナギクの背中を見送ったハヤテはため息をついて腰を下ろした。 この一週間、ヒナギクに何とか想いを伝えたいと思っているのだが、そのチャンスがない。当のヒナギクも戦いの中、ハヤテばかりか鬼太郎のことさえ、ろくに考える余裕はなさそうだった。 (昔のヒナギクさんもこんな気持ちだったんだろうか)独り相撲を散っているようで脱力感に包まれた。
鬼太郎の頂上の頭髪が逆立って光った。 ハヤテは全員の表情が一変していることに気付いた。「禍々しい妖気じゃ」目玉おやじが叫んだ。
アデルが閉じ込められている結界はゲゲゲハウスから少し離れた森の外れにある。 ヒナギクは結界の中にいるアデルと対峙していた。 先に目を反らしたのはアデルの方だった。ヒナギクの傷から目を背けたのかもしれない。 「お前に魔女の何がわかる」 「わからないから知りたいのよ」アデルは答えず、ふんと鼻を鳴らした。 「あなたはアニエスが可愛いのよね」 アデルがちらり、とヒナギクを見たが、すぐ視線を戻した。「だからどうだという」 「あなたは私を攻撃するときこう言った。『お前さえいなければ』。いなければどうだと言いたかったの」 沈黙するアデルにもう一つ、付け加えた。「あなたは私がアニエスを後ろに庇うのを確かめてから攻撃してきたわね。あれはアニエスを・・・」 「黙れ、黙れ」両耳を手で塞ぎ、アデルが首を左右に激しく振った。「アニエスは無傷で連れ出す必要が・・・あった・・・。魔女はその命をバックベアード様に捧げる。バックベアード様はその力でこの国を支配する。その役割を与えられたのはアニエスだった。それだけ・・・」ヒナギクの瞳がきらりと光った。 「だから・・・自分が身代わりになろうとした。そうじゃないの?」 否定する言葉は出てこなかった。違う、とは言えなかったのだろう。雄弁な自白だった。 ヒナギクは胸が締め付けられるような気がして口ごもった。誰より妹のことを思い遣りつつ空回りしているアデルの姿が自分の姉と重なった。偏愛がもたらす破壊のスケールこそケタが違うが。
だが、そんな感傷など持ちようのない者もいる。 「へっ、何を言ってんだか」吐き捨てるような声がした。「お前さん、バカなのか。そんなもん、ただの自己満足だろ」 「なに・・・?」ネズミ男が近くに寝そべっていた。 「あんたが身代わりになりゃ、アニエスは自由になれるのか。バックベアードの野望とやらは日本で終わるのかい。アニエスは次の機会に取っておこう、と思うのが当たり前じゃねえか」 「だ・・・だが、例えそうだとしても、あと何年かは生き延びることができる。逃げることも逆らうこともできないんだから、せめて・・・」 「笑わすなよ。ほんのちょいと妹の寿命を延ばすためなら日本の妖怪も人間も丸ごと滅んでも構わねえのか。言っとくけどな、日本にはアニエスの仲間や人間の友達だっているんだぜ。もっとも自分のことしか・・・おっと妹のことしか考えられないヤツに友達や仲間の意味なんてわからねえか」 (言ってて恥ずかしくないの?)自分を棚に上げた言い草にツッコミたい気持ちをこらえ、ヒナギクはネズミ男を手で制した。 改めてアデルに向き直った。「アニエスが可哀そうとは思わないの。アニエスは姉も仲間も犠牲にして生き延びるなんて望んじゃいない。逃げられないなら倒せばいいじゃないの。今なら強い味方がいるのよ」 突如として地鳴りのような唸り声が響いた。一転して暗くなった空から火の雨が降り注いだ。
「く、くそ・・・。一体これは」雨あられと降る炎を防ぐ手立てはなく、鬼太郎たちも避けながら逃げ回るしかなかった。 「と、とにかく元凶はどこじゃ。アニエス、つかめないか」 「無理よ。だけどバックベアードの力も無限じゃない。いつまでも続かない」 「反撃はそのあとばいね」 「ここはひとまず散開しないと」 「ぬりかべ・・・」 次第に仲間たちは散り散りとなった。森や仲間たちをを包み込む炎は前回の闘いの比ではなかった。
炎がようやく止んだ。だが禍々しい気配は強くなる一方だった。 「今度は何が来る?」鬼太郎たちは森のあちこちで空を見上げた。 空にヒビが入り、割れ目が広がっていく。その中から現れたのは巨大な黒い球体だった。さらに球が上下に割れて巨大な目と化した。割れたものは瞼であるらしい。その周りに放射状に生えているのは睫毛だろうか。 その目は高らかに笑っていた。どこから発しているのか、口のない目が哄笑していた。 「お前がバックベアードか」鬼太郎はバックベアードを見据えた。 「くくく・・・。鬼太郎とやら。なかなか見事な戦いぶりであったぞ。三人衆にアデルまでことごとく打ち破ったことは褒めてやる」バックベアードの眼球がぎらりと動いた。 「一度ならず繰り返し我に刃を向けた罪は重い。容赦はせぬ、と言いたいところであるが・・・」バックベアードの眼玉が鬼太郎に向いた。「だが、お前ほどの妖怪。ここで殺してしまうのも惜しい。これより私に忠誠を誓うというなら、働きによっては水に流してやってもいいぞ。お前に罪を償う機会を与えてやろう」 悪い話ではあるまい、と言いたげなバックベアードに鬼太郎は怒りを爆発させた。 「これが返事だ」鬼太郎の下駄が巨大な目の中心目掛けて飛んだ。 リモコン下駄は巨大な目を塞いだ瞼にはじき返された。 「なら滅びるるがよい。この島国に生ける者、一人として生かしてはおかぬ」
日本とそして世界の命運を賭けた最終決戦・・・アルマゲドンの火蓋が切られた。
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