Re: 鬼か人か 〜第一章 曙光のひとかけら |
- 日時: 2019/03/30 21:52
- 名前: どうふん
第3話: 一人暮らしの夜は明けて
「永遠はここに」 マリアが残してくれた写真の真ん中に幸せいっぱいの笑顔でピースポーズのナギがいた。マリアとハヤテが両隣で微笑んでいる。 (形見・・・のつもりだったんだろうか) マリアがいなくなって半年が過ぎた。ハヤテは三カ月・・・。二人の行方は杳として知れない。死んだ子の年を数えているような気がした。 そんな思いは気づかないうちに独り言となっていた。 「お前たち・・・どこに行ったんだよ。何で連絡もくれないんだ。おかしいじゃないか。メールも電話番号もラインも何も繋がらないなんて」
新しいアパートで過ごす初めての夜。覚悟はしていたものの寂しさが身に染みた。 誰もいない部屋で布団に潜り込んだナギは写真を手に取った。 マリアにハヤテが去り、ここにはゆかりちゃんハウスの仲間もいない。 最後まで一緒にいて布団を並べて寝たヒナギクさえも。 ナギは本当に一人になったことを感じた。 すすり泣く声が漏れた。抑えることができず、その声が次第に大きくなった。 (大丈夫だよ・・・) (あううう・・・) (俺たちがついてるから・・・) 「え・・・?」ナギは辺りを見回した。かすかな声が確かに聞こえた。 「だ、誰かいるのか?まさか・・・ハヤテ?マリア?」その声に答えるものはなかったが、何かが近くにいるような気がした。それは確かにハヤテやマリアのような優しさに満ちていた。
フライパンをガンガンと叩く音が頭に響いた。 「ほら、起きろ。朝ごはんだぞ。チューするぞ」 寝ぼけ眼をこすりながら、パジャマ姿でナギは台所まで下りた。砂掛と鹿路が立っていた。 「うう・・・、もっと優しく起こしてくれ・・・って早すぎないか」 テーブルにもレンジにも食べられそうなものは見えない。 「何言ってるんだい。さ、朝ごはんを作るよ。あと30分でご飯が炊き上がるからね、それまでに味噌汁とおかずを作らなきゃ」 「え、え、私がか?」 「あんた以外に誰がいるんだい。さ、一人で生きていくんだろ。朝ごはんくらいで作れないでどうすんの。」 「わ・・・わかったよ」あくまで料理を教え込むつもりらしい。昨日鹿路が言っていたことは本当だった。
実際のところ、教え方は容赦なかった。実践あるのみとばかりに、砂掛と鹿路の指示のもとナギは野菜を洗い、包丁を使い、鍋を火にかけた。 「そんな切り方じゃ指をケガするよ。ほんとに何にも知らないんだね、あんたは」 「水と味噌の量はきちんと計って。目分量なんて百年早いよ」 「火はこまめに消して。付けっ放しにしていたらしていたら、こんなアパート、すぐ丸焼けになっちゃうからね」 (手伝うだけのつもりだったのに・・・)
そんなこんなで朝食の準備が整った時には、ナギは食卓に上半身を投げ出してぐったりしていた。 それでも食卓には炊き上がった白ご飯にワカメの味噌汁、焼き魚の不揃いな切り身と不格好なサラダが並んでいた。 「疲れた・・・。腹減った・・・」 「はい、お疲れ様。さ、しっかり食べてちょうだい」砂掛と鹿路がそんなナギを見てにやにやと笑っていた。 (と、取り合えず手づかみで口に入るものを・・・)そのままの姿勢でトマトを目掛けて伸ばした手は鹿路に引っぱたかれた。 「お行儀が悪いよ。きちんと座って手を合わせて」
ナギは顔を一層膨らませた。「何でそんなことしなきゃいけないんだよ。私が作ったんだぞ」 二人の顔つきが変わった。ここから更に一時間、ナギは二人に説教されることになる。 「お米やお味噌をあんたがつくったわけでも、お魚を釣ってきたわけでもないだろう」 「お百姓さんや漁師さんがいて、ここまで運んでくれた人がいて、お店に並べてくれた人がいるから、あんたは朝ごはんを作ることができるんだよ」 「このお茶碗の中にはお米が何粒入っていると思うんだい。その一粒一粒に命があったんだよ。生きるということは他の命を犠牲にしているってこともわかってないね」 「他人様に感謝の気持ちを持たない人間は、誰からも感謝されないよ」
空腹のあまり眩暈がする中、ようやく座りなおして最初の一箸を口に運んだナギは固まった。顎ががくがくと震えた。 美味いとか不味いとか関係なかった。生きるためのエネルギーが体に浸み込んでくるような気がした。 砂掛や鹿路が言ったことの意味がわかった。今、口にしているものは確かに命と汗の結晶だった。自分の汗の一滴くらいも一緒に。 涙が溢れて止まらなかった。口の中のモノが蕩けて形がわからなくなるまで動かなかった。
|
|