Re: 鬼か人か 〜第一章 曙光のひとかけら |
- 日時: 2019/05/08 23:06
- 名前: どうふん
- また今回も話が進まないまま十話を数えることとなりました。ハヤテがなかなか決心してくれないもので・・・。
まさかヒナギクさんの再登場にまで辿り着かないとは・・・。
今後の進め方については少々考え直す必要があろうかと考えておりますが、とにかく、第一章最終話です。
第10話 : 日常との別れ
「あなたは天王州さんを助けなさい」怪物の群れに囲まれ進退窮まったハヤテの前にマスクを被ったヒーローは忽然と現れた。今ならはっきりとわかる。「ヒナギクさん・・・」 「いいから早く」 ハヤテはヒナギクが開いた血路を駆け抜けた。誰かと抱き合いながら振り向いたその先にヒナギクが朱に染まって倒れていた。
机に体を預けて眠っていたハヤテは自分の声で目を覚ました。全身が冷たい汗に塗れていた。カーテンの隙間から覗く外は暗かった。(まだ・・・夜なんだ)手元の時計を掴むと、真夜中をそれほど過ぎてはいなかった。 「やはり・・・見捨てるなんてできないよ・・・」うめくように言ったハヤテは背中に毛布が掛かっていることに気付いた。 (ナギさんだろうか・・・。それともマリアさん)また胸が痛くなり、頭を抱えた。長い夜をずっと悩み苦しんだ。
再びうつらうつらとし始めたハヤテはカーテンの隙間から曙光が顔に差し込んでいるのに気付いた。不用意に開いた目がまぶしくて、瞑った目を再び開くまで時間が掛かった。 だがその時は心を決めていた。一度は閉じかけた目をもう一度開こう。 できることなら失いたくはない。それでも、振り切らなければならないことはある。
「やっぱり行くんだな、ハヤテ」 「はい、お嬢様。申し訳ありません」どこに持っていたのか執事服に着替えたハヤテは両目に大きなクマをつくっていた。執事服をまとい、「ナギさん」を「お嬢様」と呼んでいることが何を意味するのか、マリアは考えるのが怖かった。 「でも・・・どうやって・・・」 「伊澄さんのところへ行きます」確かにそれしか方法はないだろう。 「わかった。では行ってこい。必ずヒナギクを助けて・・・帰ってくるんだぞ」 「はい・・・」ハヤテはマリアを見た。「マリアさん、申し訳ありません」黙然としているマリアから目を反らし、ハヤテは自転車に跨った。 ペダルに片足を乗せ、力を込めたハヤテにマリアは一言も掛けることはなかった。だが、その目にかつての冷ややかな光はなく、ただ申し訳なさと苦しさが見えた。
脇目も降らず自転車を漕ぐハヤテの後姿を二人は見送った。 「なあ、マリア・・・。何であいつは執事服を着ていたんだろうな」 「それは私にはわかりませんが・・・。ハヤテくんにとっては日常と非日常、その境目だったのかもしれませんね・・・。またハヤテくんは非日常へ行ってしまったわけですか」 「なに、大丈夫さ。あいつはきっと日常に戻ってくる。ヒナギクと一緒にな・・・」 ヒナギクと一緒に・・・。ナギは繰り返した。 マリアは又してもナギを見くびっていたことを悟った。(気付いてたのか・・・) それでもあえてハヤテを送り出した心情を思うと自分の方が泣きそうになった。少なくともナギが自分の想像以上に成長していることは間違いなさそうだった。 マリアはそっとナギの背中を抱いた。「まだ、わかりませんよ。ハヤテ君が戻ってこないかどうか」ナギとはあえて反対の言い回しをした。腕の中にある小さな背中が嗚咽するように震えていた。
「伊澄には今、先客がおりますが、お通しても構わないそうです」伊澄の母親に案内された部屋には見覚えのある老婆の姿があった。 「来客って・・・砂掛さんでしたか」違和感があった。数日前に見た包帯も三角巾も消えていた。 (いつの間に治ったんだ・・・?)呆気に取られているハヤテを見た砂掛はごまかすような笑い方をした。 「わしはこう見えてヒーリングの名人での。こうしておけば治癒が早まるのじゃよ」 確かに砂掛は伊澄に手をかざし、念を込めているように見えた。 「は、はあ・・・」
ハヤテは改めて、ヒナギクを助けにいくことを伊澄、そして事情を知っているであろう砂掛に伝えた。 顔を顰めたのは伊澄ではなく砂掛だった。 「何をバカなことを。あの場で人間が何の役に立つ」 「で、でも、ヒナギクさんや伊澄さんは」 「ヒナギクたちは例外じゃ。西洋妖怪と戦ったことがあり、白桜や黒椿を扱えるからこそゲゲゲの森へと入ることができる」 「私はしばらく動けません。私がお借りしていた黒椿はハヤテ様にお渡しします。そしてハヤテ様なら使いこなせますよ」 砂掛の渋面が濃くなった。砂掛にしてみれば、ヒナギクを連れ戻してほしかったのだが、逆方向に話が動いてしまった。だが、今の戦況が楽観できるものでないこともわかっていた。 「だったら・・・勝手にすればいいさ」 「お待ちください。砂かけババアさん」立ち上がろうとした砂掛を伊澄が呼び止めた。 (え。ババアって・・・)およそ伊澄に似つかわしくない言葉遣いにハヤテは呆気にとられた。 しかし砂掛は小娘の無礼な呼びかけに怒るでもなく当たり前のように振り返った。 「ハヤテ様を連れて行ってください。私の体では案内ができません」 砂かけババアはしばらく伊澄とハヤテを見比べていたが、やがてため息をついた。 「じゃ、ついてきな」 ハヤテは伊澄から託された黒椿を携え、砂かけババアの後に続いた。
「あ、あの・・・砂掛さん」 「『砂かけババア』と呼びな。あんたもそろそろ気付いているじゃろ。わしは人間じゃない」 「一体何が起こっているんです。そしてヒナギクさんに何があったんですか」 「日本は・・・日本妖怪は今、西洋妖怪と全面戦争をしているのじゃよ」 絶句するハヤテに砂かけババアは説明を続けた。 今、西洋妖怪は侵略の牙を世界に伸ばしていた。服従するものだけが奴隷あるいは使い捨ての兵隊として生存することを許される。そして屈伏を拒絶した鬼太郎率いる日本妖怪は、およそ二年に亘る「妖怪大戦争」と称される西洋妖怪との抗争に明け暮れていた。 そしてヒナギクや伊澄は鬼太郎ファミリーの一員として、日本妖怪に加わって戦っている、という。
さすがにハヤテの想像を遥かに超えていた。 「一体、なぜ、そんなことに・・・。何でヒナギクさんが」 「まあ、いろいろあってな。以前人間の街中で魔女や怪物騒ぎがあったことは覚えているかの。その場に居合わせたのがヒナギクでね。そこから付き合いが始まったのさ」 確かに二年ほど前、魔女らしき少女が箒に乗って都会の街中を飛び回ったり、キングコングもどきの怪物による少女誘拐事件が報道され、大きな騒ぎとなったことがあった。 今では思い出すものも少ないが「正義の味方」でもあるヒナギクが当事者の一人であったとしたら、それを無視できなかったということは大いにありうる。 そして今、日本妖怪の味方として西洋妖怪の侵略と戦っていると、いうことか。誰にも知られることなく。 改めて胸が痛んだ。結局自分は・・・自分ばかりではないだろうが、どれだけヒナギクに依存し、甘えているのか。 ヒナギクはなぜ何もかも自分で背負おうとするのだろうか。かつてヒナギクは言った。 「たまにはワガママ言わないと幸せつかみ損ねるわよ」それなのに。 「ん、どうしたんだい」 「いえ、何でも・・・」瞼が熱くなりかけていた。
小さな祠が見えた。 「さ、ここから先がゲゲゲの森さ。最初はわしと手をつないだ方がいいじゃろう。こんな婆さんの手で申し訳ないがな」 「い、いえ、何もそんな」むしろ妖怪の手、という点に尻込みを感じたが、握ってみると普通のお年寄りの手と変わりがなかった。 一瞬のことだった。まばたきしたその先に鬱蒼と茂る森が広がっていた。 だが、その森はあちこちから火を噴出していた。火の粉が舞っているのが見える。本格的な山火事だった。 「森が・・・、ゲゲゲの森が・・・」砂かけババアは駆けだした。 一体何が起こってるんだ、ヒナギクさんはどこに?ハヤテは後を追って駆けた。できることはそれだけだった。
<鬼か人か 第一章:曙光のひとかけら【完】>
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