鬼か人か 〜第一章 曙光のひとかけら |
- 日時: 2019/03/21 10:15
- 名前: どうふん
- 第1話:最後の二人
「ゆかりちゃんハウス」 それは「ハヤテのごとく」のヒロインである三千院ナギが亡き母親から引き継ぎ、執事綾崎ハヤテが数多くの主要キャラの面倒を見ていたアパート。 物語の舞台となり数々のエピソードを作った場所。存続していれば今頃は聖地巡りの対象となっていたかもしれない・・・そう、存続さえしていれば。
白皇学院での壮絶な戦いが終わってから三カ月。 三千院ナギが相続を受けるべき莫大な財産のみならず、身の回りの物を除く私財まで全てを手放したことにより、この思い出深いアパートも取り壊しと決まった。 周囲の反対にも耳をかさず、ナギは断固としてやりきった。 それに伴い、アパートに住んでいた仲間たちもあるものは自宅、あるいは他のアパートへ、一人、一人と抜けていった。
「まったく、やることが極端なんだから・・・」ゆかりちゃんハウス最後の賃借人である桂ヒナギクはオーナーの、否、オーナーであった三千院ナギを見てため息をついた。もう何度目になるだろうか。 「せめてゆかりちゃんハウスだけでも残してもらえばよかったのに・・・。そうすれば私や千桜たちも残ってあげられたんだから・・・」 「決めたのだ。これからは一人で生きていく。誰の援けも受けない」手を腰に当て、薄い胸を懸命に反らしナギはヒナギクに顔を向けた。 だが、その瞳はヒナギクを突き抜けた先に向いていることにヒナギクは気付いた。 その先に見ているものはなんだろう・・・。ふと考えたヒナギクだが、答えはわかっていた。今どこにいるのかも定かでないかつての執事綾崎ハヤテ。 誤解から始まったとは言え、ずっと一緒にいて最後は深く心でつながり、あえて別々に歩む道を選んだ。 ヒナギクの胸にずきりと痛みが走った。ハヤテはヒナギクの想い人でもあった。
ゆかりちゃんハウスの解体が正式に決まった後、白皇学院生徒会長として周囲の信望厚く、億単位の個人資産を持つヒナギクは、資産と人脈をフル稼働して、住人全員の新しい住居を確保すべく駆けまわっていた。 自分と西沢歩は自宅に戻ればいい。春風千桜と剣野カユラはヒナギクの紹介で近くのアパートにルームシェアすることになった。あの大小の猫二匹は絶望のあまりゆかりちゃんハウスを飛び出して行ったが鷺ノ宮伊澄と愛沢咲夜に拾われたことは確認できた。あと残った神父の幽霊は・・・これはヒナギクの知ったことではない。文字通りに。 だがナギだけはいまだ新たな住処が決まらないでいた。無一文となり身寄りもいないナギには、支払う敷金がなく保証人もいない。ヒナギクは他の友人同様の援助を申し入れているのだが、ナギは頑なに断っていた。 その意気や良し、と言ってやりたいところだが、このままではナギはホームレスになりかねない。それがどれほど苦しくて辛いものか、ヒナギクは身をもって知っている。 (とにかく新生活をスタートできる場だけでもなんとかしてあげないと・・・。ハヤテ君に約束したんだから)それはかつての想いと同じ、ハヤテには届いていない約束であったが。
一ヶ月前、ヒナギクは今まさに去ろうとする綾崎ハヤテを追いかけて想いの丈を告白した。 ハヤテはただ申し訳なさそうに頭を下げた。 「僕はお嬢様、いやナギさんを守りたいんです。それに立派に成長するのを見届ける義務があるんです。だからヒナギクさんの気持ちを受け入れることはできません」それは覚悟していた。 「だったらなぜ傍にいてあげないの」 この当然の質問に対し、ハヤテは答えた。 「僕がいてはナギさんはお嬢様のままなんです。でも一人になればきっと立派に成長してくれると思います。そして僕もナギさんを迎えに行けるだけの人間にならなきゃいけない。その時、僕はナギさんと対等になれると信じているんです」もう一度ハヤテは頭を下げた。 本当にそうか?確かにナギが大きなポテンシャルに加え、非日常的な引きの強さを持っていることは間違いない。しかし独り立ちするための土台が現時点では大幅に欠落している。 いかに固い決意をもって立ち上がったとはいえ、つい先日まで究極級の令嬢で生活力もないナギがいきなり世間の荒海に放り込まれては溺れるのが目に見えている。 (だったら、ナギの手助けは私がやってあげる。大好きな人のために最後にできることを)それは胸の中に留め、涙を拭ってヒナギクはハヤテに背を向けた。もう振り返らなかった。 その背中を見送るハヤテの頬に一筋の涙が流れていたことをヒナギクは知らない。
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