Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/05/21 19:49
- 名前: どうふん
- ヒナギクさんが気付いた真実。暴いた真相というべきでしょうか。
説得力がどれだけ持ちうるかは分かりませんが、以下、第七話を持って本作の前半は終了します。 やはり予想より長くなったな・・・。まあ、毎度のことですが。
第七話:真実の瞬間
その日の夕刻、負け犬公園。
「急な呼び出しだね、ヒナギク。ど、どうしちゃったのかな」 おどけたように言う父親の声には怯えたような響きがあった。「ここじゃ落ち着けないし、どこか喫茶店でも・・・」 「いや、ここでいいわ」静かに語るヒナギクには有無を言わさない凄みが漂っていた。 「・・・で、何の御用なのかしら」母親は心持ち父親の後ろに隠れるように立っていた。 「会ってもらいたい人がいるのよ」両親がわなわなと震え、逃げ腰になった。「安心して、お姉ちゃんじゃないから。フィアンセに両親を紹介したいの」 最後まで聞いていなかった。ヒナギクに背を向けて駆けだした二人の前に腕組みしたハヤテが立ちはだかっていた。 「何のつもりだよ、父さん、母さん」
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借金と共に塵となっているはずのハヤテが生きている、それどころか大富豪の執事として何不自由なく過ごしている。ハヤテの両親がそう聞いたのは一年以上も前になる。 この最低の人格の持ち主にすれば、そのおこぼれに預かろう、ハヤテをうまく利用すれば大金持ちに・・・、と考えるのは当たり前の話であった。 そのためずっと情報をかき集めようとした。しかし、さすがに三千院家のガードは高く、うかつには近寄れなかった。一度など屋敷に不法侵入し、マシンガンを乱射するSPに追い掛け回され、命からがら逃げ帰ったこともある。
だが、父親は付け入るスキ、というよりすぐ近くにターゲットを見つけた。 ハヤテの恋人はハヤテ同様、両親に捨てられ姉に去られた過去を持っていることを知った。そして美貌に加え、高い能力と円満な人格を持ち、元カレの墓参りを繰り返す情の深い人間であることまで。 両親になりすませば、この小娘をきっと篭絡できる・・・。
そのため、ヒナギクの両親のことを調べて架空のストーリーを作り、写真まで入手してそれらしく見えるため変装した。そして思わせぶりな演技を繰り返し、一度はヒナギクをごまかすことに成功した。 後はヒナギクの実の両親として、しかし表には出ることなく、社会的成功を収めること間違いないヒナギクに生涯たかり続けるつもりだった。
しかしハヤテにばれては元も子もない。ハヤテが二人の正体に気付く前に別れさせないと。ハヤテは両親にとって金ヅルから障害物に降格した。いや、昇格というべきか。 まず両親は、ヒナギクがショウタの墓の前で一人涙している写真を隠し撮りしてハヤテに匿名で送りつけた。 これにハヤテは動揺した。当時、ヒナギクが沈み込んでいた原因はわからずじまいとなり、一人で外出することが増え、行先を教えてくれないことも重なった。 (ヒナはショウタ君のことを思い出して、僕への気持ちが冷めたんじゃ・・・)まさか、とは思いつつ、嫉妬というより不安の黒雲はゆっくりと、しかし着実に膨れ上がっていた。 ハヤテがそれをヒナギクに言えないことは両親の計算づくで、さらに二の矢、三の矢を考えていた。
「そして失恋したヒナギクさんを慰めれば、私たちの存在も高まって一石二鳥、と思ったんだけど。ちょっと甘かったな。まさかこの世間知らずのお嬢ちゃんに見抜かれるとはね」完全に開き直った父親は薄笑いを浮かべていた。さながらラスボス気取りだが、数限りない悪行を重ねながら大した成功例がないのはなぜか、ろくに考えたことはないらしい。こんな安直な作戦が長期に亘って露見しないと本気で思っているのだろうか。 だが、当事者としてはそれでは済まない。ハヤテが形相も凄まじく父親に飛びかかろうとした。
「止めなさい!」ヒナギクの声が響いた。ハヤテの動きを一瞬にして止める迫力があった。 「だ、だけど、ヒナ。こいつらは・・・」 「私は法曹の世界に進もうとしているのよ。こんな連中に騙されるようではまだまだ人の見方が甘いわね。いい勉強になったわ」 意外なほどに穏やかな声を耳にして、両親は醜悪で卑屈な本性を曝け出した。ヒナギクの前に土下座して口々に許しを乞うていた。「ゆ、許してくれるんですね」「もうこんな人を騙すようなことはいたしません」だが、その鼻先にヒナギクは木刀を突きつけた。 「勘違いしないでね。私を騙そうとしたことは許しても、過去の悪事は法の裁きを受けてもらうわよ」
二人はその後警察に突き出され、取り調べられた。後日判明した結果は驚くべきもので、殺人と脱獄を除くほとんどの罪状が適用されることになった。叩けば叩くほどホコリは出てくる一方らしい。 ちなみに、数年後、この父親は一人で脱獄、という新たな罪状を重ねた挙句、懲役を延ばすだけの結果となったが、それは全く別の話である。
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「ヒナ、あれで良かったの?」ハヤテはおずおずと尋ねた。 「ええ、平気よ。さっきも言ったでしょ。ちょっとした実地訓練だったわよ」 ハヤテの胸が痛んだ。平静を装ってはいても、ヒナギクが大きく傷つき惨憺たる心情にあることはわかった。 恋人の両親が本物のクズであることを改めて知った。本当の親の微かな思い出を利用され汚された。まして一時的にとはいえ詐話師に騙された屈辱は、プライドの高いヒナギクにとって耐え難いものであったろう。 「さ、もう帰りましょう。今晩は僕が腕に縒りを掛けてとびきり美味しいハンバーグを作りますよ」殊更に明るい声を掛け、ヒナギクの肩に腕を回した。 ヒナギクを後押しするように歩き出したハヤテの腕に、ヒナギクが重く感じられた。
「ハヤテの言う通りだったわね」帰り道、ずっと無言だったヒナギクの口が開いた。 「え・・・?」 「自分の子に悪事を躊躇わない親って、本当にいるのね。私の親も・・・そうだったのかしら。」胸が抉られるような気がした。 「信じたかったの。何か事情があったはずだって・・・。やっぱり・・・お父さんもお母さんも私たちを本当に見捨てて借金を押し付けていったのかしら」 「う、ウチの親はクズの中のクズで例外中の例外ですから。ヒナギクさんの親はそんなことないですよ・・・。きっと・・・」 ヒナギクの足が動かなくなった。俯いたその表情は今にも崩れそうになっていた。 もう言葉なんか何の意味もない。そう思ったハヤテは背中からヒナギクの肩を抱いた。少しでもヒナギクの気持ちを軽くしたかった。
だが、今のヒナギクにはそれさえ通じなかった。 「ごめんね、ハヤテ。今日だけは一人にしてほしいの」 ハヤテの手を振り払うと、一人、方向を変え、ヒナギクは歩き去っていった。 ヒナギクの背中がこれほど小さく見えたことはない。その姿が闇に溶け、見えなくなるまで、ハヤテは立ち尽くしていた。 (何て僕は無力なんだ・・・)
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