Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/05/16 22:07
- 名前: どうふん
第6話 不機嫌の理由
テーブルに置きっぱなしのコーヒーカップを手に取り、一口啜った。半分ほど残っていたコーヒーは氷の解けたアイスコーヒーほどに冷めていた。 ヒナギクは千桜の言葉を思い返した。言われてみればそうかもしれない。しかし何故・・・?
ここしばらくハヤテとの接点が減っているのは確かだ。しかし一緒に過ごす時間がなくなったわけではない。ヤキモチといっても、いったい誰に対して?ハヤテ以外の男友達と親しくした覚えはない。 まさか私が両親に会っていることを知って、そっちを優先させていることがまずいのか。だとしたら今はどうしようもない・・・。 (いや、そうだとしても、もっとハヤテに気を遣わないと。本当のことはまだ言えないからって、ごまかそうとされたら気分が良くないわよね)恋人同士でいる時間が長くなるとともに、いつの間にか馴れて甘えていたかもしれない。 とにかくこのまま放っておくのはまずい。ヒナギクは立ち上がり、ハヤテの部屋へ向かった。このあたり明らかにヒナギクは成長している。ここで昔のように意地を張っていたらどこまでこじれたかわからない。
そっと戸を開けると、ハヤテがベッドに寝ころんでいるのが見えた。 「ごめんなさい、ハヤテ。ちょっと気になっていたんでしょ」 「な、何のことだよ」いきなり声を掛けられたハヤテは動揺していた。半身を起こしたハヤテにヒナギクは有無を言わさず抱きついた。ハヤテのネガティブな感情や思考を吹き飛ばすには、これが一番手っ取り早い。 「あ、あの・・・」 「最近、二人の時間が減っちゃっていたわね。あんな顔されると寂しくって」目が泳いでいるハヤテは、腕をヒナギクの背に回しながら縺れる舌を懸命に動かした。 「ぼ・・・僕こそごめん。僕の方が謝らないといけないんだ。ええと・・・あんな態度を取って・・・」実際ハヤテは部屋に戻ってから後悔に駆られ、今までずっと自己嫌悪に浸っていた。「僕がごちゃごちゃ言うようなことじゃないんだ。ヒナにとっては大切なことなんだから」
(やっぱり気付いているんだ。私が両親に会っていること)自分の両親をクズ呼ばわりしているハヤテにしてみれば、娘を同じ目に会わせたヒナギクの両親に好意が持てない、ということか。 「だったら、やっぱりごめんね、ハヤテ。私の方こそ。あなたにとっては不愉快なことかもしれないけど、しばらくの間だけだから目を瞑っていてほしいの」 「う、うん。当然だね。ちょっと妬いちゃっただけで、不愉快なんてことはないよ。間違いなくヒナには惚れ直したから」 迷いを吹っ切ったようにハヤテの腕に力が籠った。いつもより力強くて息苦しい程だった。 (ちょ、ちょっと緩めて)もがく様に体をくねらせたヒナギクに構わず、ハヤテは体を入れ替えて圧し掛かった。
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差し込んできた朝日に目を覚ましたヒナギクは、隣に眠っていたハヤテが消えていることに気付いた。きっと執事として朝食の準備に取り掛かっているのだろう。 この律儀さは好きなのだが、時々物足りなくなる。(今朝くらい、目を覚ますまで傍にいてほしかったな・・・。でも、良かった。すぐに仲直りできて)心から安堵したように背中と両手を伸ばした。レース越しに朝陽を浴びた素肌が気持ち良かった。 (でも、たまにはハヤテに妬かれるのも悪い気はしないわね)安心さえできれば、勝手なことを考えるのは人間の性みたいなものである。 だが、開放感が溢れ出した頭に疑問が浮かんだ。『ちょっと妬いただけで・・・』 (何でハヤテが妬いているの?)
自分の親は行方知らずなのにヒナギクの親が戻ってきたから?いやそんなはずはない。ハヤテはヒナギクが不思議に感じるほど両親を嫌悪している。 そもそもハヤテはそんな人間じゃない。現に同じような環境の水蓮寺ルカのケースでは積極的に両親をルカに会わせようとした。 (そういえばあの時、ハヤテ君はスーパーカーの前方トランクに入っていたのね・・・)今にして思えば怖いことをしたものだ。いやそれはともかく。 ハヤテが妬く原因は他にあるはずだ。 しかし繰り返すが、ハヤテの疑いを招くような行動は何一つ覚えがない。何よりハヤテはヒナギクの気持ちそのものを疑っているようには思えなかった。 それなのにヤキモチ・・・?そういえばこうも言っていた。『ヒナには惚れ直したから』 妬きながら惚れ直す理由って一体・・・?
まさか・・・あのこと?だけど、それがなぜ・・・。 しばらく考え込んでいたヒナギクの両拳がわなわなと震えた。ヒナギクの頭の中で、幾つもの疑問点が直線で結ばれ、一枚の絵を描きつつあった。
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