Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/04/30 20:46
- 名前: どうふん
第四話:もう一つの過去
「ここに何か御用ですか」ヒナギクは静かに尋ねた。「それとも私に用があるんですか。一ヶ月ほど前にも会いましたよね」 メモリアルパークにいた二人に間違いない。確信していた。
ヒナギクに睨みつけられた男は、口ごもりつつ、手を振って去ろうとした。 「待ちなさい」ヒナギクの凛とした声に、二人は背を向けたまま足を留めた。 「あなたたち、一体誰なの。何か目的があるんでしょ」 「それは・・・何も・・・。不愉快な思いをさせたことはお詫びします」再び歩き始めた二人の背中には何とも言えない寂寥が漂っている、ようにも見えた。 そして、それだけではない。ずっと俯いたまま向き合おうとしないその顔には、かすかな見覚えがあった。あの時に感じた疑念が次第に膨れ上がり、形をとろうとしていた。 「待ちなさい」もう一度、ヒナギクは声を掛けた。今度は振り向く気配はなく、足早に過ぎ去ろうとする。 「待って、お父さん。お母さんも」二人が凍り付いた。
「ひ・・・人違いだよ」呻くような声が、男の口からもれた。 やっぱり・・・そうだったのね・・・ヒナギクは思った。
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喫茶店でヒナギクと二人は向き合っていた。顔を隠すように伏せたままの二人はまともにヒナギクの顔を見ない。
ムラサキノヤカタの前で三人の動きが止まった時、気配に気づいたクラウスが出てきた。クラウスは週の半分、こちらで執事を務めていた。 「どうかされましたか、ヒナギクさん。この方々は?」 「い、いや、私の知り合いよ。ちょっと通りがかったみたいで」 それでしたら中へ、というクラウスをヒナギクは遮った。さすがに、家の中に入れる気はしなかった。
「で、一体何で、今更やってきたの」平常心を保とうとしている声が微かに震えていた。喉が渇いていることに気付き、氷水の入ったグラスを持ち上げた。 「ヒナギク・・・立派になったな。やはり、家を出て正解だった・・・」 「親はなくても・・・よく言ったものね」 ぬけぬけした物言いにヒナギクの瞳が燃えた。グラスは口元まで運ばれることなく一瞬で粉々になった。テーブルの上に溢れた水には、赤いものが混じっていた。 「ま、待ってくれ、ヒナギク。全て説明するから」腰を半分浮かしていたヒナギクだが、気を落ち着かせるように椅子に体重を掛けた。 「手、手を・・・」 「そんなことはどうでもいいから、説明しなさい」 「・・・お前に対してやったことに弁解する気はない。今更会うつもりだってなかった。だが、私たちは逃げたんじゃない。攫われて監禁されたんだ」 え・・・。ヒナギクの動きが止まった。
父親の説明によると、事業に失敗した両親は、騙されてヤミの借金を背負い、取り立て屋に押し込まれた。娘二人を売るか、タコ部屋で働くかの選択を余儀なくされた両親は、子供には罪はない、と自身が働くことを選んだ。 その代わり、子供の前から黙って姿を消すことを余儀なくされた。ただ、ヒナギク達が金持ちの家の養子となってまともに生きている、ということだけは借金取りが教えてくれた。 それを心の支えにして生きながらえてきた二人だったが、借金取りにガサ入れが入り、ようやく自由になった。 「だからせめて一目だけでも、ヒナギクの顔が見たくて戻ってきたんだ。お前が元気にしている、ということだけは確かめたかった」
「それはおかしいわよ。お姉ちゃんがいてくれたから助かったけど、私たちは住む場所も食べ物もなくて二人で野宿していたのよ。そして借金だって一億円近く押し付けられて」 「やつらの手口だったんだ。借用書を回し持って、同じ借金をあちこちで主張する。だから、私たちは全て借金を被ったはずなのに、奴らはお前たちにも同じものを押し付けた」 私たちが馬鹿だった・・・。項垂れる父親の横で、母親はすすり泣いていた。 初めて、胸が締め付けられるような思いが湧いた。
(お父さんとお母さんは私を捨てたわけじゃなかったの・・・)まさかとは思いつつ、信じたい、との気持ちは抑えが効かなかった。 「私の部屋に来る?」両親は首を振った。それはできない。今更親を名乗る資格なんかない。ただ、時々会ってもらえるなら、それで十分だ、という。 「お金はあるの?」両親は苦り切って顔を見合わせた。ガサ入れのどさくさで、働いた金の一部は戻ってきた。だから大丈夫、とは云うものの貧しい暮らしをしていることは見当がついた。そもそも服すらあちこち破れ、擦り切れている。ヒナギクは財布の中にある紙幣から小銭まで加えて無理に握らせ、先に喫茶店を出た。
手からは血が流れていたが、痛みは感じなかった。
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