Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/07/09 22:08
- 名前: どうふん
第十五話: 未来予想図
ヒナギクが婚約指環を嵌めて半年が過ぎ、ハヤテとヒナギクは結婚した。 三年の間に二児をもうけた後、桂法律事務所として独立を決めた。 子供二人を抱えて夫婦だけで事務所を運営するのは予想以上に大変そうなので、別の事務所に勤めていた千桜にも声掛けし、三人での出発となった。それが唯一の計算違いと言えるだろうか。 しかし、それは二人だけの事務所よりずっと楽しく、負担も減らすことにつながった。
勤めていた大手の法律事務所からは引き止められ、周囲からは早すぎる、と心配されたが、今のところ、桂法律事務所は順調に業績を伸ばしている。
「千桜さんに来てもらって本当に良かったね」夕方、営業時間も過ぎて、事務所を片付けながら、ハヤテが言った。 「そう言ってもらえると、付き合った甲斐もあったというものだな」 「ところで、ハル子はまだ結婚しないの?」 千桜はヒナギクを見て苦笑した。その一瞬、ヒナギクは、自分に向けられた千桜の目が妖しい光を帯びたように見えた。 気のせいよね・・・、ヒナギクは首を捻ったが、実は間違いではなかった。(私はまだ、美少女やヒロインの方に興味があってね・・・。もし、ヒナから誘われたら・・・同性愛に嵌りかねんな) ヒナギクやハヤテが聞いたら驚くだろうが、千桜がヒナギクの事務所に加わった動機は案外そんなところにあったのかもしれない。 「ところで、今日は二人とも(水蓮寺)ルカのコンサートに招待されていたんだったな。子供の方は、歩に頼むのか」 「それはちょっとね。夜遅くなっちゃうし。歩も妊婦なんだから。久々にお祖母ちゃんの出番ってところね」 なるほど・・・。あのハヤテを大好きな義母は、孫のことになると溺愛そのものである。ヒナギクから頼まれて、喜び勇んで駆け付けたのだろう。 (あんな親に恵まれたかったな・・・)そんな思いが頭を掠めた。 ハヤテもヒナギクも実の親から捨てられた。ハヤテの親は刑務所から出てくる気配もなく、ヒナギクの親も行方は杳として知れない。そこへくると離婚はしたが一応の親子関係を保っている自分はまだマシかもしれない。 しかし、血のつながりはなくとも本当に仲の良い両親に見守られ、助けられている二人が羨ましくなる。 「どうかしたの、ハル子」 「あ、いや、何でもない」 「ハル子も一緒に招待してくれればいいのにね」今回の招待状は二人宛てだった。 「まあ、いいじゃないか、特等席なんだし。たまには夫婦水入らずで楽しんできてくれ」
三人で事務所を出た。千桜と別れた二人は、腕を絡めて歩き出した。ハヤテの腕にもたれるヒナギクの後姿は、事務所の中とは別人のように見えた。 (あの二人に倦怠期はないのかな。二児の親とは思えんな・・・)千桜は、二人が今どんな顔をしているのか、回り込んで正面から覗きたい衝動に駆られた。
それは友達、というより作家としての好奇心だったかもしれない。 千桜は、弁護士業の傍ら、リンクフリーのサイトに投稿し、密かにライトノベル作家になる野望を燃やしていた。 (ナギだってあれだけのことができたんだ・・・)
千桜の作品は常に主人公は女性である。小説の面白さはヒロインの魅力にあるとの信念は変わっていない。そして、千桜からすれば、ヒナギクほど魅力に満ちたヒロインは他にない。比肩する、と言えば、二次元の世界ではあるが「め○ん一刻」の音無○子さんくらいだろうか。 主人公は才色兼備の生徒会長だったり、超人的な剣士だったり、辣腕の法律家だったりするのだが、そのキャラはほとんど変わることはない。優しくて、意地っ張りで、不器用で、子供みたいな純粋さと難しさを持っていた。
そんな奥手のヒロインの相方は、ほとんどが心優しき鈍感男であるが、たまに百合が入ったりする。その場合のお相手は、メガネをかけた真面目なコか、やたらと陽気なメイドさん、と相場が決まっていた。 ちょっと気恥ずかしいので、投稿にあたっては男を装っている。ひらがな4文字で奇妙なハンドルネームを付けた。本当は意味も由来もあるのだが、歴史マニアでもない限り気付く人はそういないだろう。 先輩作家から手厳しい批評が入ることもあるが、それもひっくるめて、偶に入ってくるレスを眺めてにやにやしていた。 もちろん、ヒナギクもハヤテも全然気づいていない。
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ルカは30歳近くなり、いわゆるアイドル路線を次第に変更し、実力派シンガーへの道を進み始めた。歌もダンスも卓越しているルカのコンサートは今でも東京ドームを満員にできる。ハヤテとヒナギクが手にしているチケットは、最前列の中央のものだった。
「すごいな・・・」 「本当ね・・・」 ハヤテとヒナギクは、会場の、さながら亜熱帯気候のような熱気に圧倒されていた。 台風のような時間が過ぎた後も、アンコールの拍手が鳴りやまない。 拍手に応えてルカが姿を現した。 「みんなー、ありがとう。最後に、私が初めて作った曲を聴いてくれるかな。披露するのは初めてなんだよ」一段と大きな歓声が沸いた。 会場の灯りが落ちた。真っ暗になった舞台の一角にスポットライトが当てられた。 ギターを抱えて腰掛けているルカが浮かび上がった。 ルカが初めて歌うスローバラードの伴奏は一本のギターだけだった。
「ハヤテ、これ・・・」 「え、ええと・・・」 そのルカによる歌詞は昔の恋人との偶然の再会を描いたものだった。大好きだったのに自分が夢を目指したがため別れざるを得なかった二人。 主人公は何年かぶりに元カレと再会してお互いへの想いは当時から変わっていないことを確信する。しかし今さらよりを戻すことはできない。元カレが結婚している今となっては。 二人は別れ際に握手を交わし、そのまま反対方向に歩き出した。
が、立ち止まった。久しぶりに感じた温もりの残る右手を見つめた。 主人公は振り向き。寂しそうに去る背中に向かって駆け出した・・・。
いわゆる不倫ソング・・・。いやその一歩手前ということか。アイドルからの方向転換はこんなところにも表れているらしい。 歌い終わったルカは、万雷の拍手に手を振って応えた後、最前列のハヤテとヒナギクに向かい、親指を立てて拳を突き出した。 その目は、してやったり、とばかりに悪戯っぽく輝いていた。
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