Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/07/04 21:22
- 名前: どうふん
- 第十四話 : 君の夢と僕の夢
一体何がどうなったんだ。全身から汗を噴出させつつハヤテは頭を全速回転させた。 やがて閃くものがあった。
昨晩、ジュエリーショップで婚約指環を受け取ったハヤテは、店による包装を断り、そのまま持ち帰った。 念入りに選んだ包装紙とリボンを掛ける前、箱を開いてヒナギクの反応を思い浮かべては悦に入り、取り出しては磨き、指に嵌めてみたりを繰り返していた。 さらに渡し方を何パターンも想定し、シミュレーションと練習を繰り返した。 その時に、もし指環を落として傷つけたりどこに行ったか分からなくなっては大変だ・・・。 そんなことを考えたハヤテは、魔が差したように大切な指環をいったん机上の小物入れにしまったのだった。
そこから指環を取り出した覚えは・・・ない。
「す、済みませんでした。あ、あの・・・これはですね・・・」 「ハ・ヤ・テえええええ。ドジなのはわかってるけど、こんな肝心な場面で・・・。な・・・何をやってるのよ」場を憚った小声ではあったが、ヒナギクの瞳の中と背後に炎が見えた。
ハヤテは焦りつつも内心で幾分安堵していた。以前なら問答無用で吹っ飛ばされていたところだ。やはり、付き合い始めてからの五年間は伊達ではなかった、と言えようか。 しかし、マズい状況に変わりはない。プロポーズはやり直せばいいが、ヒナギクの大切な誕生日を台無しにしたら、一生悪夢にうなされることになりかねない。 ハヤテはヒナギクを宥める、いや喜ばせる方法を必死に考えた。
(そうだ・・・。「いろんな意味」にはもう一つあったじゃないか) 「ヒナギクさん。ほんとカッコ悪くて済みません。だけど、恥の掻きついでに・・・」 「何言ってるのよ。恥をかいてるのは私の方よ」つい先ほどの自分の姿を思い出したヒナギクは、膨れっ面で腕組みして背を椅子にもたれさせた。 「ご・・・ごもっとも。だけど、僕を信じて、もう一言だけ言わせて下さい」 ヒナギクの表情は変わらない。しかし話を聞く気はありそうだ。
ハヤテが取り出したのは一枚の紙だった。(ん・・・、何かの賞状?) 「これ・・・、僕の気持ちです」 「?」ヒナギクは目を遣った。それは司法書士の免状だった。ハヤテが司法書士の資格をとったことが書かれてあった。 「ハヤテ・・・これ・・・一体・・・?」
「改めてヒナ、名門事務所への就職おめでとう。でも、ヒナの本当の夢は独立だよね。その時は僕にも手伝わしてほしい。夫婦で一緒に法律事務所をやっていかないか」 やっと気づいた。ハヤテはずっと、そのつもりで法律の勉強を重ねていたのだ。そしてそれは、ヒナギクが長い間胸に温めていた願いだった。 (ハヤテ君も、私と同じことを考えてくれていたんだ・・・)全身がの体温が急激に熱くなるのを感じた。しかし、ハヤテの方から言い出されると、本当にそれでいいのか、との思いも湧いた。
「あの・・・ハヤテ。気持ちは嬉しいけど、あなたにはあなたの人生があるんだし、仕事まで私に合わせることはないのよ」言って後悔した。我ながら可愛げのないセリフだと思った。 ちょっと照れながらもハヤテは目をそらさず、きっぱりと言った。「僕の夢はずっとヒナの傍にいてヒナを支えることだから。
ヒナの未来をずっと守りたいんだ。この気持ちは何年経っても変わってないよ。」 「でも・・・、ナギは・・・。執事のことはどうするの」 「お嬢様にはお許しをもらったよ。『たまには里帰りするんだぞ。家族なんだから』だって」 「ナギが・・・」 「あと、『縁がなかったらいつでも戻ってこい』、とも。・・・何か・・・お嫁に行くみたいだね、僕」苦笑しながら頭を掻いた。 ヒナギクは笑わなかった。「そんなことないわよ。ハヤテは私の最高のヒーローなんだから。一緒にやっていきましょう。家庭もお仕事も・・・一緒に」 「ありがとう、ヒナ。一緒に助け合える事務所と幸せな家族を作ろうよ」ハヤテは身を乗り出した。テーブルが遮らなければ、ハヤテはヒナギクを抱きしめていただろうが、そうもいかず、ヒナギクの手を握りしめた。 「お礼・・・、私も言わなくちゃ。いつか、ハヤテと二人で法律事務所を開くのが私の夢だったんだから」 ハヤテは笑い出した。「何だ、そうだったの。僕はずっと、ヒナをどう説得しようか考えていたのに」 「残念?」 「とんでもない。嬉しいよ。ヒナが僕と同じ夢を見ていたなんて」 「実現はもう少し先になるけど。これからは二人で同じ夢を目指すことができるのかしらね」 「そうだね、きっと」ヒナギクはハヤテの免状を胸に抱くようにしてハヤテを見た。 「これ、夢が叶うまで私が預かっていていい?」 「え・・・、そ、そうだね。じゃ、とりあえずこの場は指環の代わりということで・・・」 「ううん。指環よりずっと嬉しいわよ」つい先ほどの膨れっ面から一転した笑顔が満面に広がった。ちょっと呆気に取られたハヤテは苦笑した。 (やっぱりヒナは単純・・・い、いや違った。本物の天女なんだな・・・)
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二人でアパートに帰った。自分の部屋にヒナギクを連れて行ったハヤテは、小物入れを開いた。思った通りだった。 傷がつかないようにハンカチで丁寧に包んでいたものを改めて拾い上げたハヤテは、息を吹きかけ念入りに拭いた後、ヒナギクに向かってひざまづき、両手で捧げるように差し出した。せめてものサービスだった。
四月になり、ヒナギクが初出勤の日、法律事務所で失望に満ちたどよめきが起きた。言うまでもなく、原因のすべてはヒナギクの左手の薬指に光る指環にあった。
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