Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/06/29 22:30
- 名前: どうふん
第十三話:プロポーズの景色
「お疲れ様。もう二人とも寝ているよ」 ヒナギクが少し遅れて事務所から戻った。手早くヒナギクの夕食を準備したハヤテは、食卓についてヒナギクと向き合った。 「ヒナ、あのね」歩の妊娠を報告しようとしたハヤテだったが、「あ、教えていなかったわね」と笑われてしまった。 ちょっとむくれたハヤテに向かい、ヒナギクはなだめる様に手を振って立ち上がった。 「ごめんごめん。まだ安定期に入っていなかったし、とっくに気付いているとばかり思っていたから。ま、折角だから乾杯しましょ。今、ワインを開けるから」
控えめにワイングラスを合わせる音が響いた。 「それで、西沢さん・・・歩さんは子供が生まれる直前までお手伝いしたい、と言ってくれたけど、やはり母体第一に考えないと」 「歩の好きにさせてあげましょ。もともと歩が立候補してくれたことだし。」 「ヒナがそういうなら。でもシオリも歩さんには懐いているし、ホントにありがたいな」 「ただ体調が悪いときは無理しないようハヤテが目を配ってあげて」 何のこだわりもない口調にハヤテの顔が綻んだ。今更ではあるが。
「家政婦でもベビーシッターでも任せとき。親友二人のためなら。私の花嫁・・・じゃなくて母親修業でもあるんだから給料は安くしとくよ」かつて自分を売り込んできた歩もそうだった。むしろヒナギクの方が気を遣ってとまどっていた。歩は笑顔を崩すことなく強く頷いた。「いつかきっとね」
「畏まりました、所長」口調だけ恭しく改めたハヤテは、今、ヒナギクに千桜を加えた法律事務所で、司法書士としての事務から経理・庶務まで引き受けている。 そして、家事・育児は夫婦で分担しているが、やはり所長のヒナギクよりハヤテの比率が高くなる。 かつて二人が思い浮かべた結婚生活が、千桜や歩の援けを受けて実現した。そう言ってもいいだろう。
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四年前のヒナギクの誕生日。ハヤテはヒナギクを高級ホテルのディナーに招待した。 ホテルの最上階にあるレストランの眺望は、ヒナギクをして「綺麗・・・」と呟かせるほどだった。 相変わらずその左手は、向き合うハヤテの右手をしっかりと握りしめていたが。
「まずは、お誕生日おめでとう、ヒナ。それと就職も」ヒナギクは司法修習生を卒業し、大手の弁護士事務所に就職が決まっていた。 「ありがとう、ハヤテ。でも、こんなに奮発しちゃって大丈夫?」一年前に大学を卒業し、三千院家の執事として給料をもらっているハヤテだが、ここまで張り込んだことはない。 「お任せください。こう見えても僕は一足お先に社会人だからね。それに今日はいろんな意味でお祝いの日なんだし」
乾杯の後、ヒナギクはハヤテの目を意味ありげに覗き込んだ。 「ところで・・・今日の『いろんな意味』・・・って、教えてくれないかな」ニッと笑ったハヤテを前に、ヒナギクの心臓がバクバクと鳴った。 「そうですね、まずはヒナの誕生日、就職祝い・・・、ここまでは言ったよね」ここでハヤテは言葉を切った。ヒナギクがごくり、と息を飲み込んだのに気付いた。
(気付かない振りはしているけどやっぱりお見通しだったんだな・・・)苦笑するような気分が湧いた。(ホントにわかりやすいんだから)もっとも、あっさりとサプライズを見破られているハヤテのわかりやすさは、ヒナギクを遥かに凌いでいることも確かであった。 (勿体ぶるのはここまでかな)ハヤテはポケットからリボンの掛かった小箱を取り出した。 「え、ええと・・・。開けてもいいかしら」期待通りの展開にヒナギクの声が震えている。 「も、もちろんだとも。受け取ってもらえたら嬉しいな」やはり普段とは違う。ハヤテの表情に余裕がない。それにいつもなら「喜んでもらえたら」となるところだ。つまり、受け取 ること自体に大きな意味がある。
頬を染めたヒナギクはいそいそとリボンを解き、包み紙が破れないよう細心の注意を払いつつ開いた。 姿を見せたのは紛れもない指環ケースだった。
瞳を輝かせてハヤテに笑顔を向けたヒナギクは、指環ケースを持ち上げ頬ずりした。 ハヤテはやや硬めの笑顔を浮かべ、ヒナギクを食い入るように見つめている。
ようやく指環ケースを下に置いたヒナギクが、ゆっくりと開いた。その手が震えている。 しかし、顔を上げたヒナギクの表情は何とも言えない困惑に満ちていた。 どう解釈すべきかわからず、戸惑うハヤテに向かい、ヒナギクはケースの向きを変えた。
ケースには、肝心なものが入っていなかった。
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