Re: タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/06/24 08:19
- 名前: どうふん
- 第十二話 あの夜のこと
七年前−
ハヤテの両親を警察に突き出した夜、ヒナギクは一人当てもなく歩き回った挙句、喫茶店どんぐりに辿り着き、浴びる様に酒を飲んでいた。 「ヒナギクちゃん、ここはそういう場所じゃないんだけど・・・」マスターが恐る恐るといった風情で目を向ける。 「いいじゃないの。折角お酒を置いているのに、誰も飲んでないんだからあ。在庫一掃セールよ」ヒナギクも姉譲りでアルコールへの耐性は強い。とはいえ、さほど飲んだ経験がないヒナギクは、やがて酔いつぶれる時が来た。遠のく意識の中で、目元が果てしなく熱くなるのを感じながら、必死に堪えた。 泣いてしまっては本当に負けを認めたことになる。そんな気がした。
ヒナギクが目を覚ましたとき、ハヤテの背中にいた。 「ち、ちょっとお。なんなのよ、ハヤテえ」「ごめんね、心配だからついてきちゃった。もうすぐ家に着くよ」全く気付かなかった。ヒナギクは腕時計を見た。結構な時刻となっている。一体どれだけの時間ハヤテは自分を陰から見守ってくれていたのか。しかし今は恥ずかしい気持ちの方が先に来た。 「お、おろしてえ。ころもじゃないんだからあ」呂律がまわっていない。構わず歩き続けたハヤテは首に手を掛けられ、危うく窒息するところだった。
息も絶え絶えになりながらヒナギクをようやく部屋のベッドに運び、よろめきながら部屋を出ようとするハヤテにヒナギクはしがみついてきた。 「どこお・・・いくのよ、はやてえ。ひとりにしないで・・・」先ほどとは一転し、泣きそうに顔をゆがめて縋ってくるヒナギクに、さすがのハヤテも目眩がした。 喉がようやく解放されたハヤテとしては、一刻も早く外の新鮮な空気を吸い込みたかったが、アルコール濃度の高い二酸化炭素で我慢せざるをえなかった。そして誠に遺憾なことに、天女であろうが聖母であろうが、酔っ払いの息はシラフの人間にとって臭いのだ。
いつか雪路に言われたことが頭に浮かんだ。『長い間一緒にいると、ヒナにがっかりすることだってあると思うけど・・・』 (大丈夫ですよ、お姉さん。がっかりなんてしてないから)本気でそう思っている自分に気付いた。ヒナギクのこんな姿さえ新鮮で、可愛くて仕方なかった。やっぱり自分はヒナギクのことが大好きなのだと改めて思った。 (それにこんなことが偶にはないと、バランスがとれないしね。やっぱりヒナには僕がついていないと・・・、あはは、これは図々しいかな)
ヒナギクが静かな寝息を立てるまでそれほど時間はかからなかった。その顔は真っ赤に染まりながら、指はしっかりとハヤテの服を掴んだままだった。 (やれやれ・・・)息をついたハヤテがヒナギクの髪を撫でると、ヒナギクの口元がぴくり、と動いた。その固く瞼を閉じた横顔にしばらく向き合っていたハヤテは、手は休めずに静かに語り掛けた。
「ヒナ、お姉さんが教えてくれたことだけど・・・人生ってさ、失敗したっていいんだよ。たまには負けたってね。どんなにブザマでも挫けてしまわなければ、きっと笑って思い出せる時が来るから」ヒナギクの寝息が聞こえなくなった。 「僕は今まで失敗だらけ、負けっ放しの人生だったけど、今本当に幸せなんだよ。最高の恋人が傍にいて、僕に甘えてくれるんだから・・・」ヒナギクの指に力がこもったのがわかった。瞼の隙間が潤んでいた。 「今までの不幸を全部ひっくるめても、今の幸せにかなうもんか。今日のことだって、いつか二人で笑い合えるよ・・・きっと。その日までずっと・・・僕がついているから」 最後の一言に力を籠めるとヒナギクの固く閉じた瞳からが涙が零れ落ちた。一粒二粒ととめどなくハヤテの胸に浸み込んでいく。 (ほとんどお姉さんの受け売りだけど・・・、自分の言葉も付け加えることはできたかな) 僕は決して無力じゃないんだ・・・そう思うことができた。
翌朝、ヒナギクは頭に響く痛みと身を捩る気恥ずかしさに苛まれるのだが、結果的にこの夜の出来事が早く立ち直ることに繋がった・・・はずである。
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