タガタメニ・・・家族〜「憧憬」未来図 |
- 日時: 2017/04/09 10:01
- 名前: どうふん
- 最終回までに何とか(第一話が)間に合ったかな・・・
当方、過去二作を投稿しております「どうふん」と申します。 いずれも原作では起こり得ないハヤテとヒナギクさんのカップリングを目的とした作品です。 もっとも原作の設定においてもチャンスはあったと思いますが、恋愛下手で不器用な二人(特にヒナギクさん)にとっては越えるべき障壁が高すぎた、というところでしょうか。それを乗り越えるには、キャラクターやタイミングに少々(多少?)力を加える必要がありました。 この作品はそのうちの一つである「憧憬は遠く近く」の続編となります。大学生になって漸く憧憬に辿り着いた二人がその先に見るものは何か。 障壁は乗り越えても、まだまだ障害は転がっている中、大人になった二人が、よろめきながらも本当にハッピーエンドに辿り着くことができるのか、そんな世界を描いてみたいと思います。
現時点の構想としては十話程度の中編を考えておりますが、例によって全く当てにはならないこと、申し上げておきます。 しかしながらタイムアップとならないように、スムーズな更新を目指しますのでよろしくお願いします。
タガタメニ・・・家族 〜 「憧憬」未来図
第一話: 真珠の一粒
満開の桜はピークを過ぎ、散りゆく花びらが風に舞っている。 葉桜が目立つメモリアルパークの中に人影は見えなかった。ほんの数日前、(場所柄を弁えてよ・・・)と眉を顰めた花見客の姿もない。 行き慣れた場所なのに、何となく心許なくて入口で足が止まった。門を潜る手前で、桂ヒナギクは一人佇んでいた。 ほんの少し顔を横に向けた。そこにはいつも優しい笑顔を向けてくれる恋人、綾崎ハヤテの姿はなかった。
遠くで電車が通過する音が聞こえた。それが合図であったかのように、体に力がこもり、足が動いた。ヒナギクは持参した花束を改めて胸に抱き、ゲートを潜った。 やや小ぶりな白い墓石を前にして足を止めたヒナギクは、花束を供える前に、墓石に刻まれた名前を見た。 (ショウタ君・・・) ここにヒナギクの昔の恋人が眠っている。
墓参りの時は、いつもハヤテと二人だった。 ハヤテはショウタとの面識はない。しかし、ヒナギクにとってどれほど大きな存在であったかは知っている。十年以上も前に亡くなっているとはいえ、また命の恩人であるとはいえ、こそこそと一人で元カレに会いに行かれては不愉快だろう、とヒナギクがハヤテに気を遣ったことからそうなった。 ヒナギクが墓参りに行くと伝えると、ハヤテはいつも笑顔を見せてついてくる。 しかしこの日は、ハヤテがご主人様である三千院ナギのお供をして一週間ほど海外に出張していた。 ハヤテが大学生でありながら三千院家の執事を務める以上、仕方ないことはわかっているが、何となく面白くないような感情が働き、一人で墓参りすることにした。 別に対抗意識を働かせたわけではない。そう言い聞かせながら。
花束を供え、線香に火をつけたヒナギクは、いつもより胸を締め付けられていることに気付いた。 困惑を振り払うようにヒナギクは頭を振り、瞳を閉じて掌を合わせた。瞼の裏に浮かぶショウタは、優しい眼差しをヒナギクに向けて微笑んでいた。 ただし、その表情は変わらない。遺影のものだった。 いや、厳密に言えば、少し異なる。初めて見たショウタの遺影は寂しそうに笑っていた。それが、明るい笑顔に見える様になったのは、気の持ち様によるものか。それともほんの少しだけ記憶が戻ってきたのか。 (まだ・・・全然ダメ。思い出して上げたいのに・・・。ごめんね、ショウタ君・・・)
小学校に入る前のヒナギク、そして姉である雪路に借金を押し付けて両親が失踪した時、ヒナギクは辛くて寂しくて泣いてばかりいた。そんな頃、近所にいた小学生のショウタはヒナギクを慰め、可愛がってくれた。だから笑顔を取り戻すことができた。 (二人でいつか結婚する約束までしていたのよね・・・) 何と幼くて無邪気な初恋であったことか。それはほんの一ヶ月で消え去った。ショウタの事故死によって。
しかし、幼くとも、短くとも、当時の想いが曖昧なものとはヒナギクには思えない。二人が崖から落ちる時、ショウタはヒナギクを庇い守ろうとした。そして重傷を負いながら、必ず元気になる、と約束してくれた。だから泣かないで、とも。 そしてヒナギクは、ショウタの死に耐えられず、自ら記憶を喪った。ショウタがどんな子だったのか、全て他人から聞いたものであり、自分自身の思い出はない。
十年以上の間、ショウタを思い出すことなく、今でも記憶のほとんどは戻ってはいない。 初恋の相手にして、私の身代わりとなって死に、最後まで私を気遣っていた婚約者。 その人の記憶を取り戻せない自分を、一年以上の時間を掛けてようやく受け入れることができたものの、寂しさと申し訳なさは心の片隅に残っていた。
涙が溢れていることに気付いた。しばらく忘れていたものだった。 (ハヤテがいないからかしら・・・。どれだけ感傷的になっているのよ、私は) 一粒の真珠が頬を伝って流れた。一粒だけだった。 ショウタに申し訳ない気がする一方で、ハヤテにも後ろめたさを感じていた。 (このくらいなら許してね、ハヤテ。今だけだから)
ヒナギクがショウタの墓に背を向けた時、いつからか二人連れの年配の男女が左手に少し離れて佇んでいた。 一瞬だけ目が合って、二人はすぐ横を向いた。まあ偶然だろう。しかし、一人きりの心情に不躾に闖入されたような気がして、ヒナギクは指で顔を拭き、足早に二人の横を擦り抜けた。
メモリアルパークのゲートを潜ろうとして、ふと気になった。ヒナギクは足を留め、振り向いた。 やはり・・・というのか、二人はこちらを向いていた。 (あの二人・・・、どこかで見たことがあるかしら)顔をはっきりと見たわけではないし、判断する材料もないが、何となくそんな気がした。
だが、ヒナギクはそれ以上考えるのを止め、足早にその場を去った。今感じたものは、懐かしさではなく、むしろどんよりとした重苦しさに似ていた。
|
|