Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く |
- 日時: 2016/09/28 21:00
- 名前: どうふん
- 暫く不在の間に、スパム投稿が多数あったそうで・・・。サイトを運営するのは大変なんだなと、管理人さんに改めて感謝する次第です。
本編はこれにて最終回となります。管理人さんはもちろん、目を通して頂いた方々に心より御礼申し上げます。
第8話:夢と絆のコンチェルト
「お・・・大方そんなことだろうと思ったわよ」ようやく刀を収めたヒナギクが、お決まりのセリフを吐いた時に、その顔は真っ赤に染まり汗に塗れていた。
「何のつもりよ、お姉ちゃん」ヒナギクは安心するやら恥ずかしいやらで何とも感情の持って行き方がわからず、目の前で正座している二人にはそっぽをむいて腕組みしていた。 「あ、あはは・・・。もうヒナも幸せを掴んだことだし、あたしの役目は終わったかな、と思いまして・・・」 「だからって・・・、何でお姉ちゃんまで私に黙っていなくなっちゃうのよ」ヒナギクの心の傷に触れてしまったかと、雪路は焦った。 「そ・・・そんなつもりじゃないのよ。ただ、言っちゃうと引き留められるだろうし・・・」 「で、お姉ちゃんはどうしたいの」 「は・・・。もう一度ミュージシャンを目指して旅に出ても・・・。あの・・・、それでもいいでしょう・・・か・・・」 「いいわよ」あっさりとした答えが返ってきて、二人は呆気にとられた。
「お姉ちゃんの夢だったんでしょ・・・。ミュージシャンになるって。その夢を目指すんなら妹として応援するわよ。私は昔からお姉ちゃんの大ファンだったんだから」 「ひ・・・ヒナ・・・」 「だけどね、今、いなくなることは許さないわよ」 「え・・・」 「まだ新学期が始まったばかりじゃないの。今辞めたら学校に迷惑が掛かるでしょ。せめて一学期が終わるまで、職務を全うしなさい。そしてそのことは早めに理事長に伝えること」 ごもっとも。だけど・・・、ハヤテはヒナギクと雪路を代わる代わる見比べた。 「ま・・・全くヒナは真面目なんだから・・・。と、とにかく飲むわよ、まだまだ」立ち上がった雪路は家の中に駆け込んでいった。 「ヒナ・・・。それでいいの?」ハヤテはまだ姿勢を崩さず、恐る恐るヒナギクの顔を見た。 「大好きな人が夢を目指して頑張ろうとしているんだもの。応援しなくてどうするの」さりげなく答えるヒナギクの瞳に涙が溢れていた。 「それにね・・・お姉ちゃんはまだ肝心なものを持ってないでしょ」
部屋に戻った雪路が、ヒナギクが席を外した隙にまたハヤテに絡んできた。 「あんたにもう一つ頼みがあったわ」ハヤテはため息をつきながら雪路を見た。 「ヒナはね、完璧を目指し過ぎるのよ。あんたがヒナを天女と思っていたら、ヒナはきっと天女以上の存在になろうとするわ」 ハヤテはどきりとした。確かにありえないことではない。ヒナギクが自分の夢を追いつつも、何よりハヤテのことを優先していることはわかっていた。そして、ハヤテの期待以上のことを常になそうとしていることも。
「今言っても聞かないと思うけど、いつか、あんたの口から言ってあげて。 人生ってのはさ、多分・・・失敗してもいいのよ。ヒナはそういうの苦手そうだけど・・・。でも、どんなにブザマでも、十年も経てば酒の肴になるから。これ、私が言っても説得力ないからね」 「そんなこと・・・ないですよ。先生だからこそ説得力あります。いつか、ヒナが落ち込んでいる時に、お姉さんがヒナを心配したセリフとして伝えます」 雪路は小さく鼻を鳴らした。「全く・・・余計なお世話よ・・・」 「お姉さん・・・、ありがとうございました」 「何のことよ」 「やっとわかりました。ずっとヒナを支えて、こんな素敵な女の子に育ててくれたのはあなたです。知りませんでした。あなたは僕が思っているほどダメな人ではありません」 黙ってグラスの酒を空けた雪路が、いわゆる余計なことを最後に言われたと気付くのは翌日のことになる。
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(結局、夏休みと同時に家を出てから3ヶ月か・・・)公園のベンチに腰掛けたまま、雪路はずっと回想に耽っていた。
今日はこのまま寝るとするか・・・。ちょっと涼しくなってきたけどまだ大丈夫みたいね。缶の底に残っていたものを舐めとるように飲んだ。すっかり温くなっていた。 雪路はベンチから立ち上がった。歯だけは磨いてベンチや芝生で横になって眠り、翌朝(正確には昼近く)にコインシャワーを浴びる。たまにはインターネットカフェに泊まる。昼間は忙しそうな店や現場に入り込み、強引にバイトに加えてもらって日銭を稼ぐ。そんな生活が続いていた。
この時初めて気付いた。先ほどのスーツを着た男性がいつの間にか近くに立っていた。 「んー、何よアンタ。ナンパならお断りよ」 「いえ、決してそんなものでは。私は芸能事務所で働いている者ですが・・・」そっと差し出された名刺を見た。 「水蓮寺 ・・・さん?」どこかで聞いたような名前だが思い出せなかった。 「普段はマネージャーをやっていますが、スカウトも兼ねてます。こう見えて結構目は利くんですよ。あ、耳っていうべきですかね」あはは・・・と笑った。面白くもないが冗談のつもりらしい。 「あなたに、相談があるんです。CDを出してみませんか」 その意味するものを理解するまで、暫くの時間がかかった。 「あんた・・・、もしかして・・・詐欺師?」水蓮寺を名乗る男はずっこけた。
雪路は懐から封筒を取り出した。それは、ヒナギクが別れ際に雪路に手渡した手紙だった。頼りない姉を思いやり、励ます文言だけでなく、一人暮らしにあたって気を付けなければならないことが並べられていた。 その先頭には『簡単にデビューさせてくれる、CDを出してくれる、と言う人は詐欺師と思うこと』とあった。 苦笑したその男は「では、明日、この事務所に来て下さいませんか。名刺を持って来れば話が付く様にしておきますから」 水蓮寺が去った後、雪路はしばらく名刺と手紙を見比べていた。考えてみれば、雪路の夕食を邪魔しない様に、この人はずっと離れて待っていたのか。そういえば、最近の路上ライブにはいつもいたような気がする。 (明日・・・行ってみるか。ヒナに連絡するのはその後でいいわよね) 手紙には、最後の行にこう書かれていた。 『判断に迷ったときはどんな些細なことでも必ず私に連絡すること。今度は、私がお姉ちゃんを守るから』
歯を磨いてベンチにごろりとなると、降るような星空がどこまでも広がっていた。 星座のことはさっぱりわからないが知る必要もない。星の光を勝手に辿ると色んなものを描けることは昔から知っていた。 最愛の妹の顔が星空に浮かび上がった。その横にはハヤテも・・・そんな気がした。 雪路は右手を伸ばした。遥か彼方にあるものにその手は遠く届かない。 (でも・・・昼間は見えなくても、空にはこれだけ沢山の星があるんだから・・・、こんな私にも掴める星がきっとあるはずよね・・・。ヒナ・・・お姉ちゃんはまだまだ負けないわよ)
寝っ転がったまま抱きかかえたギターを撫でた。その手つきが彼氏を愛撫するようだと、酔客から揶揄われたことがある。 「彼氏よりもっと大切なものよ」そう答えた。ギターには贈り主のサインが描かれている。 「HINA」「HAYATE」 ケースの上からでも温もりと勇気を伝えてくれるそれは、夢を叶える相棒・・・というばかりでなく抱き枕でもあった。 (一升瓶よりずっといいわね・・・)雪路は呟いて目を閉じ、即時に眠りに落ちた。
夢と絆のコンチェルト【完】
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