Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く |
- 日時: 2016/09/13 22:25
- 名前: どうふん
第6話:贖罪と夢の狭間に
ハヤテとヒナギクにアテナから手紙が届いたその夜−
駅前での路上ライブが終わった。 肌身離さず大切にしているギターの手入れを済ませた桂雪路は、近くの公園のベンチに腰掛け、コンビニオニギリを頬張りながら缶ビール(いわゆる『第三のビール』)を呷っていた。 ぷはーっつと息を吐いて夜空を見上げた(今日も星が綺麗ね・・・) 一日にこれ一本、と決めていた。 それは物足りないが、今の生活は気に入っていた。 (今日はいつもより人が集まってくれたわね)以前は時々足を止めて聴いてくれる人がちらほらといる程度だったが、最近はスケジュールを確認して足を運んでいる人も次第に増えている。
十数年前− 両親が借金を雪路と妹ヒナギクに押し付けて姿を消したとき。 押し込みに近い状態で居座ることになった養父母の家の近くに、ヒナギクより二つ三つ年上のその男の子はいた。 その子がヒナギクと仲良くなったいきさつについて詳しいことは知らない。ヒナギクの寂しい心の隙間に入り込んできた、というところではないか。 雪路にわかっているのは、沈み込んで感情の半分を失っていたようなヒナギクがその子を好きになり、笑顔を取り戻した、ということである。
「あたしね、ショウタくんのおヨメさんになる。約束したんだ」ヒナギクの弾んだ声と満面の笑顔が嬉しくて、雪路はつい口を滑らせていた。 「もうこれで、いつお姉ちゃんがいなくなっても安心ね」 ヒナギクの顔が一瞬で凍り付いた。「お姉ちゃん、いなくなっちゃうの?」 「や、やあねえ。そんなにびっくりしないでよ。冗談よ。お姉ちゃんはヒナにずっと付いているから」 「ほんと、ほんとね」真剣な表情のヒナギクは、両手で雪路の服の袖口を掴んでいた。
「私のせいだ・・・」ずっと十字架となって雪路の心にのしかかっていた。 養父母とショウタの家族、二世帯で海に行った時のこと。 大人たちがバーベキューの準備をしている間、雪路はショウタとヒナギクが海辺で遊んでいるのを見守っていた。 「まあ、ヒナは危ないことはしないし、小学生がついてるんだから大丈夫よね・・・。お邪魔しちゃ悪いし・・・」その油断が悲劇につながった。雪路が居眠りをした隙に、二人は立入禁止の柵の中に潜り込み、岸壁から海に落ちた。ショウタはヒナギクを守るようにして亡くなった。
病院のベッドで、起き上がる気力もなく虚ろな瞳でヒナギクは呟いていた。 「あたしの好きな人は・・・みんな・・・みんないなくなっちゃうんだ・・・。お父さん・・・お母さん・・・。ショウタくん・・・」 「そ、そんなことないわよ。大丈夫よ。ヒナにはお姉ちゃんがついているから」雪路の言葉はヒナギクに届かなかった。 「・・・お姉ちゃんも、きっといなくなるもん」
辛い記憶を心の奥に封じ込め、ヒナギクはようやく立ち直った。 だが、心に深い傷を負ったヒナギクは、高所恐怖症になった。時々前触れもなく意識を失った。恋愛にも臆病になった。自分で意識せずとも過去を引き摺っていることは明らかだった。 (私がずっとヒナを守る。ヒナを安心して任せる人が現れるまで傍を離れない) 雪路なりの贖罪の決意だった。 もっとも最近は妹を困らせることの方が多かったような気もするが。
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「そろそろ・・・お酒、控えませんか」「お姉ちゃん、いい加減にしなさいよ」ハヤテとヒナギクの声がすぐ傍で聴こえてきた気がした。 辺りを見回したが、周りに人影はない。少し離れた所にスーツ姿の男性が一人立っているのが見えただけだった。 (ああ、あの時のことだったわね・・・。まだ半年は経ってないか)
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この春、ヒナギクは、ハヤテを養父母の家に招いて食事会を開いた。雪路も同席した。厳密にはまだ未成年だが、大学生のハヤテやヒナギクもアルコールを嗜むようになっていた。 二人の仲を肴にしてクイクイとグラスを空ける雪路のペースはいつにも増して早い。 最初から諦めたような養父母に代わり、繰り返しハヤテやヒナギクがたしなめるが、気にする様子もない。
匙を投げた感のヒナギクがハヤテに目配せして風呂場に向かった。 さっそく雪路がハヤテに絡んだ。「何やってんのよ。あんたも一緒に入っといで」 「恐ろしいこと言わないでください。ヒナにぶっ飛ばされます」 「何言ってんのよ。ヒナは待っているんだから」 「ちょ、ちょっと勘弁してくださいよ。ヒナはそんな人じゃありません」 「全く度胸がないんだから。あんた、そんなことじゃ、一生尻に敷かれるわよ」 「え、ヒナのお尻なら喜んで・・・、柔らかそうだし・・・気持ちいいだろうなあ・・・」念のため繰り返しておくが、かくいうハヤテもアルコールが入っている。 「ちょっとツラ貸しな」雪路がハヤテの耳を引っ張って無理矢理庭へと引きずり出した。 養父母が止めるような声を上げたが、知ったことではない。
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