Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く |
- 日時: 2016/08/30 21:14
- 名前: どうふん
第4話:聖母の福音
ハヤテは駆け足で屋敷に戻った。扉を開けるや大声で叫んだ。 「マリアさん!」しかし、返事はない。ハヤテは屋敷に駆け込んだ。
「ん、今日はムラサキノヤカタに泊まって来るんじゃなかったのか?何しに帰ってきた」 ダイニングにナギが腰掛けていた。その不機嫌な表情に身構えるような気持ちになったところ、ナギの腹が空腹を大声でアピールした。 (ああ・・・、お嬢様の不機嫌の原因はそれか)これを口に出さない程度の分別は、今のハヤテにはあった。身に着けたというべきか。ヒナギクと付き合えばよくあることだった。
「あ・・・お嬢様、マリアさんはまだ帰ってませんか?」 「まだだよ。全く、私の夕食をほったらかしてどこをほっつき歩いているんだ・・・。ん、どうした」 「・・・・・。え、い、いえ、何でも・・・」 「・・・何だ、今の間は。何か知っているのか」 知っているわけではない。しかし、ハヤテにしてみれば、昨晩からのマリアの言動と結び付けて考えるのは無理もない。
こうなるとナギはそれほど鈍感ではなく、見逃すほど人格者でもない。 かくして、ハヤテはヒナギクに続き、ナギにまで全て白状してしまうことになった。 盛大な打撃音と共にハヤテは吹っ飛んだ。 「バカハヤテ!何でそんな大事なことを黙っていたんだ!私の家族はもうマリアとお前しかしないということは分かっているだろう。それで・・・それでマリアは帰って来るのか」 「は、はい・・・済みません、お嬢様。でも、何も言わずに姿を消すなんてことは・・・」 「お前の憶測なんかアテにならんわ。と、とにかくマリアを探すぞ」
二人とも興奮し混乱していた。そのためダイニングのドアが開いたことにも気づかなかった。 「随分と賑やかですわね、何の騒ぎです?」 「マ、マリア(さん)!」 ナギは力が抜けてへたへたと座り込んだ。 「ど、どこに行っていたのだ・・・」 「昔の友達に声を掛けられまして、ちょっと話し込んでいました。お腹が空きましたよね。済みません、すぐ準備しますから」キッチンへ向かおうとするマリアの背中へナギが叫んだ。 「待て、待ってくれ、マリア。行かないでくれ!」
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「あらあら、ハヤテ君、全部教えちゃったわけですか」 「す、済みません・・・。隠しきれずに・・・」 「だったら私も全部ばらしちゃおうかな・・・」ハヤテは見るも無残なまでに狼狽した。 「冗談ですわよ、冗談」 「何だ今のは・・・?冗談には見えなかったぞ」 「ハヤテ君も男の子ですからね。部屋でこっそりと女の子には言えないような恥ずかしいこともしているんですよ」否定したかったが、そうもいかずハヤテは俯くしかなかった。 真に受けたナギもそれ以上の追及は控えた。それよりも大事なのはマリアのことだった。
「マリア、私はお前をメイドとして雇ったが、メイドなんて思ったことは一度もない。お前はハヤテが来るまで、たった一人の家族だったんだ。 ハヤテが来て、家族が二人になった。それは嬉しかったが、お前は今でも大事な家族だ。私のお母さんなんだ・・・」言葉が詰まった。マリアを睨みつけるように見据えるナギの目には涙が浮かんでいた。 「マリアさん、聞いてくれましたよね。マリアさんはお嬢様にとってのお母さんなんですよ。特別な存在なんです。僕にとっても大切な家族です。メイドでいてくれなんて言いません。このまま一緒に暮らしてください」
マリアはナギとハヤテに代わる代わる目を遣った後、ゆっくりと口を開いた。 「ええ、そうします」ナギもハヤテも拍子抜けして呆気にとられた。 「で、出ていく・・・んじゃないのか」 「ええ、メイドは辞めると言いましたけど、家族から離れる気はありませんよ。親離れ、子離れなんて、どこのお家でも一緒じゃないですか」 (そうだったっけ・・・?確かお屋敷を出るって言っていたような気がするけど・・・) ハヤテは頭を振った。そんなことはどうでもいい。とにかくマリアは残ってくれるんだ。それで充分じゃないか。
「でも、一つだけ条件がありますよ」マリアの口調が変わった。反射的に二人とも背筋を伸ばし、姿勢を正した。 「私はまだ十九歳なんです。お母さんなんて早すぎます。お姉さん、にしておきましょう」その口調は優しかったが、目の奥の光は鋭く二人を貫いた。 「はい、お姉さん」二人の声が唱和するように重なり、マリアは満足げに頷いた。 「では夕食を準備してきますね」 「あ、待ってください。僕も手伝いますよ」 「わ、私も。もうマリアはメイドじゃないんだからな」 「そういう問題もありましたね。家事は今まで以上に大変になりますわ」 「な、何おう。手伝うって言ってるんだぞ」マリアもハヤテもこれ以上の突っ込みは控えた。
マリアを追いかけるナギの顔は憤然と膨らんでいたが、その目はいそいそと輝いていた。 そんなナギを微笑ましく眺めながらハヤテは考え込んでいた。 (ところで・・・、僕はどうすべきなんだろう)ヒナギクと二人で築く未来の夢は失くしていない。だが、それは屋敷を出ることにつながる。やはりナギを悲しませることになるのではないか。
(いや、それでいいんじゃないか。動機さえ間違っていなければ) 喧嘩や失意が原因でなければ、マリアはもちろんナギだって、少しぐらい寂しくても理解してくれるだろう。 マリアが結婚してハヤテより先に屋敷を出ることだってありうる。それをナギが許さず引き留めるとは思えない。
そして、その時までは・・・。 (僕は執事として、そしてお嬢様やマリアさんの家族として、ここでかけがえのない時間を一緒に過ごしていこう)
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「ハヤテ、何をサボっている。包丁はどこにある」 「え、お嬢様が包丁を使うんですか」 「当然だ。できるだけ大きな出刃包丁がいいな」 「ナギ、大根を切るのに出刃なんて使わないの」 「いや、刃が大きいほうが早く切れるではないか」 「大した差はありませんよ。それよりお嬢様の指が心配です」 「だから大丈夫だと言ってるだろ」 「ナギ。あなたは漫画家になるんでしょ。指を怪我したらどうするんです」 「う・・・。それは確かに困るな」
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