【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く |
- 日時: 2016/08/23 22:56
- 名前: どうふん
少々、考えるところありまして、当初構想を大幅に変更します。 それに伴い、タイトルを変更することにしました。
第3話:スクールライフ
この日、ハヤテはナギやマリアと三人で大学に行った。ヒナギクも合流し、午前中の授業の後、四人で学食に行った。 「自分で起きてきたの?ナギも成長したわね」ころころと笑うヒナギクにナギは膨れっ面をしていた。 「で、この後の予定はどうなっているのかしら」 「んー、午後のことか?心配せんでもハヤテは貸してやる。好きに料理していいぞ」 「な、何ですか、その例えは」 「マリア、私はすぐ帰るが、お前も午後は好きにしていいぞ。あ、ハヤテはちゃんとヒナギクに差し出すんだぞ」 「だ、だからお嬢様」 「ヒナギク、気を付けろよ。朝、こいつら二人が変な雰囲気で密談していたぞ」 ナギのきわどい冗談にも優美な微笑みを崩さないマリアが口を開いた。 「ナギ、久しぶりに二人でお買い物して帰りませんか」世間話のようなさりげない物言いではあったが、ハヤテはどきりとしてマリアの顔を見た。(まさか・・・マリアさん・・・) ちょっと首を捻ったのはヒナギクだった。マリアがそんなことを言い出すなんて珍しい。ハヤテの反応も過敏に思えた。 一人ナギは気付いている様子もなく、「私は早く漫画のネームを上げないといけないからな。コンテストも近いんだ。今度こそ最優秀をとって、賞金で皆にご馳走してやる」 息まくナギの様子に釣り込まれ、三人が笑った。外見上は。
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その日の夕方、ハヤテとヒナギクは喫茶店で向き合っていた。 「何か・・・、気になっているみたいね、ハヤテ」慌てて否定しようとしたハヤテだが、ヒナギクの射るような目を見て諦めた。今、胸の中で燻っているものを、半日一緒に過ごしてヒナギクに気付かれないわけがないのだ。 「何があったのか話しなさい」ハヤテは戸惑った。こうした場合にヒナギクを止めるのは難しい。だが、当然ながらマリアには口止めされている。一方を立てれば一方が・・・そんな後ろめたさが話し方を丁寧に変えた。 「す、済みません。でも・・・他人に言うことはできないんです」 「他人?私のお姉さんになる人のことよ?」ハヤテは困惑した。 「あの・・・、『お義兄さんになる人』じゃなくて・・・?」 ヒナギクは苦笑した。 「残念だけど、そんな人はいなかったわよ。今はどうか知らないけど。 マリアさんのことよ。ランチの時にちょっと違和感があったのよね」
結局、ハヤテはヒナギクに全て白状することになった。もちろん、自分の司法書士の勉強については何も言わなかったが。 「それで・・・、僕はどうしたらいいかわからなくなって・・・。お嬢様にとって大切な人であることに変わりないのに・・・。でも、マリアさんの言っていることもわかるんです」 一言も口を開くことなくハヤテの話を聞いていたがヒナギクが手を伸ばし、紅茶を口元に持っていった。 「マリアさんが、そういうなら仕方ないんじゃないの?」そのあっさりした口調に、ハヤテの胸の奥に反発が沸いていた。 (ヒナにとっては所詮他人事なのか・・・) 「ハヤテ、大切なことは受け入れなさい。マリアさんがナギにとって、心の支えと言ったわね。でもね、マリアさんにはマリアさんの人生があるんだし、一生ナギのメイドさんで居てくれなんて、私たちが言えることじゃないの」 「それはそうですけど。だけどそんな簡単に割り切る問題じゃないんですよ。マリアさんは身寄りのないお嬢様にとってはお母さんで、僕にとってもお姉さんみたいな存在で」その声にはあきらかに苛立たしさが混じっていた。 「わかっているわよ、ハヤテ。だから言ったじゃないの。私にとっても『お姉さん』だって」 「わかってませんよ。だったら何で!」とっさに口走ったハヤテだが、自分の言葉の無神経さに気付き、口を噤んだ。
ヒナギクはしばらく俯いて瞳を瞬かせていたが、改めて顔を上げた。その表情は意外なほどに優しかった。 「マリアさんはハヤテやナギの家族なんでしょ?だったらお母さんやお姉さんがメイドである方が変じゃないの」 「・・・それは・・・そうですが」話が変な方向に飛んでハヤテは首を傾げた。 「マリアさんにメイドでいてもらう必要なんかないのよ。ナギのお母さん、ハヤテのお姉さんでいいじゃないの」 ハヤテは頭をぶん殴られたような気がした。マリア=メイドが当たり前に思っていた。 (そういえば・・・初めて見たマリアさんはメイドじゃなかった・・・) ナギと初めて会った夜、それはマリアに出会った夜でもあった。あの時のマリアは普通の外出着だった。 『こんな綺麗な人を初めて見た・・・』その人に優しくされ、ほとんど一目惚れに近い感覚を覚えた。出会いの衝撃に限って言えば、ナギやヒナギクの時以上に大きな出来事だった。
そのマリアと一緒に暮らしておよそ三年。色んなことがあった。挫けそうなとき、励ましてくれた。白皇学院に通えたのはマリアの尽力に依るものだった。ヒナギクとの恋も応援してくれた。何よりも一緒にいて楽しかった。怒られることもしばしばあったが、すぐに許して笑顔を向けてくれた。 女装させられるのは迷惑だったが、自分がマリアにやらかしたセクハラや破壊行為とは比較にならない。
(ヒナの言う通りだ)マリアはメイドの姿をしているというだけで、実際にはそんなものを超越した存在だった。ナギだけでなく、ハヤテにとっても。 ナギの成長が目に見えるようになったのは、ハヤテが来てからであるかもしれない。しかし、それはずっと昔からナギを母親のように見守り、愛情を与えてきたマリアの存在あってこそではなかったか。
「どんなに仲の良い家族だってね、結婚やお仕事でいつかは離れていくものなの。私だって義父さん、義母さん、お姉ちゃんと別れて一人で暮らしているでしょ。それは寂しいけど仕方ないの。また笑って顔を出せるような・・・ふらりと帰って来れるような別れなら。 だけどね、心が離れた悲しい別れにしちゃいけないのよ」 ヒナギクの言いたいことがやっとわかった。ハヤテと同じく、いやそれ以上にヒナギクは辛く悲しい別れを経験していた。 (それだけじゃない。涙をこらえて背中を押す別れだって・・・。ヒナは両方を知っているからこそわかるんだ。 マリアさんは『卒業』って言ったけど、こんな別れは悲しい思いばかりが残るじゃないか) 「そうだ。そうだよね、ヒナ。メイドかどうかなんて関係ないんだ」立ち上がったハヤテはテーブルに乗っているヒナギクの手を握った。「ヒナは本当に最高だよ。ありがとう!」その声の抑制が利かなかった。 「ちょ、ちょっと。場所を弁えてよ、もう」左右に首を振ったヒナギクが真っ赤になっている。喫茶店の客や店員が皆、二人を凝視していた。
頭を掻きながらハヤテが駆け去った後、ヒナギクは呟いた。 「私もね・・・いつかはハヤテと一緒に暮らして、二人の事務所を開きたいのよ・・・まだ、半分しか気付いていないだろうけど」
もっとも気付いていないのはヒナギクも同じだった。
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