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対象スレッド 件名: Re: 聖母の福音 〜憧憬は遠く近く
名前: どうふん
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Re: 聖母の福音 〜憧憬は遠く近く
日時: 2016/08/17 20:25
名前: どうふん

第2話:聖母の述懐


「同じって・・・どういうことです、マリアさん」訊くまでもないことを、訊かずにはおれなかった。ハヤテの全身から冷たい汗が噴き出している。
「ハヤテ君も言ったじゃないですか。ナギは成長してもう私の役目は終わったんです・・・」
「な、何を言ってるんです。マリアさんは、お嬢様にとって心の支えで・・・」お母さんで・・・という一言は飲み込んだ。
マリアは軽く首を振って微笑んだ。その笑顔が寂しげな影を帯びていて、ハヤテの胸は締め付けられた。

マリアが初めて会った時のナギは、人見知りでワガママな引きこもり娘だった。そのナギがマリアだけには懐き、甘えてきた。そんな姿が何とも言えず可愛くて、そしてある意味優越感を持ってマリアは進んでナギのメイドとなり、実際には母親のように温かく見守ってきた。
『この子には私が付いていないと・・・』
だがそれは当人のために良かったのか。マリアがメイドになってから、ナギが目に見えて成長した、ということがあっただろうか。

ナギの成長を感じることができたのは、ハヤテと一緒に暮らすようになってからだった。
恋をして、振られて、それを耐えて昇華させることができた。夢を目指して頑張ることを覚え、同じものを目指す恋人や仲間も得た。その夢のほんの一部でも成し遂げることができた。
そしてその多くは自分とは直接に関わりのないところで導かれたものだった。

自分がナギの傍にいてもナギの力にはなっていない。
いや、むしろ自分が愛情を注いで、甘えさせることでナギの成長を阻害していたのではないか。
いつからかそんな疑問に捉われるようになっていた。
例えそうでなくとも、自分は、成長したナギにとって家事をするだけの単なるメイドに過ぎなくなるのではないか。
それだけはイヤだった。ナギの特別な存在でないとしたら、ナギの傍にいる必要もない。

「ハヤテ君も、あの子が変わったって思っているでしょ。だから私ももう子離れする時かな、と思っているんです」
そのセリフは聞いたことがある。マリアが誰にも気づかれずに大学を受験し、ハヤテ、ナギそしてヒナギクと一緒に入学する時に。
「そ・・・それならマリアさんも大学に通っていますし・・・子離れならもう十分・・・」
「確かに大学に通って良かったですわ。私自身、外に出て色んなことを知ることができましたし。
でも、もともとはナギが心配で大学でも一緒に付いていて上げようと思ったのがきっかけです。だけど・・・私はナギを見縊り過ぎていました。もうナギは親離れして、自分の意思で頑張ることができるんです」
「で、でも。確かにお嬢様は頑張ってはいますけど、マリアさんがいなくなったら・・・。お嬢様には身寄りもないのに・・・」
「だから大学を辞める気はありませんよ。お屋敷は出てもナギやハヤテ君の前から完全に姿を消すわけじゃないんです。
ただ、ナギのメイドであるマリアとはサヨナラしようと思うんです。ハヤテ君と一緒ですよ」

ハヤテは反論の言葉を失った。「でも・・・、それは・・・」と意味のなさない言葉を発していた。何か声を出さなければ、それを認めてしまうような気がした。
「ハヤテ君、気付いてます?私、もうすぐハタチになるんですよ」立ち上がったマリアは、見とれるような微笑みをハヤテに向けた。寂しげな影を振り切ったように思えた。「私もそろそろ卒業するには良い時期です。だから笑顔で見送って下さい」


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ハヤテは一睡もできず朝を迎えた。引き留めるべきだ・・・とは思うが、その理由は何だろうか。そもそも自分もいずれはナギの元を離れることを考えているのに、マリアを引き留める資格はあるのか。


(そうだ、朝ごはんの準備をしなきゃ・・・)キッチンにはいつもと変わりないマリアの姿があった。
「あら、ハヤテ君、お早うございます」
「あ、お早うございます、マリアさん。手伝いますよ」流し台でせっせと手を動かすマリアの横に立った。
「じゃあ、お願いしますね、ハヤテ君」○○をして下さい、などという言葉は必要ない。マリアの動きとキッチンの様子を眺めるだけで、ハヤテは自分が何をすべきかわかる。以心伝心の二人に掛かれば、たちまちのうちに調理から盛り付けまで終わろうとしていた。
ハヤテはマリアを手伝いながら、横目でちらちらとマリアの横顔を眺めていた。軽くハミングしながら作業を進める楽し気な表情を見ていると、昨晩の出来事が夢だったように思えた。
「あ、あの・・・、マリアさん」
「はい、何ですか」マリアの屈託のない笑顔は変わらない。ハヤテは口ごもった。
「え…ええと・・・」
その時、欠伸をしながらナギがダイニングに入ってきた。昔のナギを知る関係者にとっては驚くべきことだが、最近は自分で起き出すこともしばしばある。
「ん・・・、どうしたのだ、お前たち」
「い、いえ・・・何でもないですよ。ちょっと世間話を」演技力のない鈍感執事はいかにも誤魔化しています、と言わんばかりに顔の前で両手をふっていた。マリアさえ、ちょっと慌てた素振りで黙り込んでいる。
「・・・何か怪しいな。まさか浮気の相談でもしているんじゃないだろうな」